小説 short | ナノ
*切甘?



「幸汰。」
「ぁ、慈童さ…っ!」

引っ越しの片付けをしているとドアの方から名前を呼ばれた。自分以外には誰も居ない部屋、誰か来たのだろう。声からして慈童さんだ。振り返ると慈童さんは入り口入って直ぐの所に立っていた。腕には震えている紅緒様を抱いて。
咄嗟に理解するのは難しかったが、

「紅緒を頼んます。」

そんな慈童さんのいつもの冷静な声にハッとして、直ぐに治療室へ二人を連れていった。


+++----
一先ず紅緒様にすべき事が終わった後、慈童さんの左腕の怪我の手当てをした。最初拒否されたが、拒否なんてさせない。少し無理矢理な感じで腕を引いて椅子に座らせる。
手当てをしている間に紅緒様がこうなった過程を聞いて、脳裏にこの間の暁緒様の怪我が過った。戦争が、もう鼻の先程の所にまで来ているのだろう。無意識のうちに慈童さんの左腕を支えている手に力がはいり、腕を強く握ってしまう。

「……幸汰は、この戦争に加わる必要ありまへん。」
「っ、……どうしてですか?」
「たしかに薬の開発には関わっとります。けど、」
「俺に力が無いからですか?」

慈童さんの目を真っ正面からしっかりとみる。ゴーグル越しに見える目は少し悲しそうで、違うと言っていた。
慈童さんの傷を腕に巻いた包帯に少し目を向ける。今回は軽い怪我だが、今度はこんなものでは済まなくなるかもしれない。

「私に力が無いことは、重々承知しています。」
「……。」
「人を苦しめ、助ける薬を作るしか能が無いことも。…でも嫌なんです。怪我を治すだけなんて、私の大切な人達はこんなに傷ついているのに、っ、俺だけ傷つかないで、こんな所に閉じこもってばっかで、皆が傷付いていくのを見ていくだけなんてっ、」
「幸汰。」

荒くなった声を止めるように慈童さんが名前を呼んだ。肩で息をするほど力が入っていた、少しでも心を落ち着けようと息を吸い込むと、頬に優しく触れる大きな手。落ち着く温もりに、何故だが吸った息をきちんと吐けなくて涙が込み上げてきた。

この温もりを失いたくない。この気持ちをまた強く実感させられて、泣きそうになった。どうすれば守れるのだろうか。涙が溢れないように我慢するが、優しい温もりは、俺の慈童さんを「大切」に思う気持ちと、不安や悲しみをもどんどん大きくしていく。瞬きをして、一滴涙が溢れたのが分かった。止まらない、堰を切ったようにぼろぼろ溢れる涙を優しい手が拭る。その手に自分の手を添え、頬に強くあてながら軽く息を吐いた。一呼吸して気持ちを少し整える。

「……嫌なんです。みんなが、慈童さんが傷付くなんて、嫌なんですっ、」
「…心配せんとも、簡単には傷付きまへん。傷付いた時は、あんたはんが治してくれる。」
「…、慈童さ、」

見上げた慈童さんの、優しそうに俺を見る目に引き込まれて。その目が見えなくなって、気付いたら慈童さんの腕の中に居た。慈童さんの落ち着いた心音と響いて聞こえる声に安心する…。「あんたはんが居るところが、帰るところ。その帰るところを失いたく無いんどす。」
「………」
「どうか、幸汰はここを、帰る場所を守っててくだせぇ。」

慈童さんに抱き締められて、顔を胸に隠すように押し付ける俺。涙も引いて落ち着いてきた。慈童さんの言葉が俺の心に染み込むように入ってくる。冷静さが戻ってくると、なんだか泣いてしまった事がひどく恥ずかしいことのよいに思えてきて、

「…ずるい。慈童さんは、ずるいよ。」
「……。」
「そんな事言われたら、此処で帰りを待つしかないじゃん。」
「………、?」
「…ふ、ふふふっ、」
「幸汰…?」
「っ、は、あはは、」

いきなり笑い始めた俺に驚く慈童さん。なんだがおかしい。慈童さん達は強くて負ける筈がないのに、深刻に考えすぎている自分が可笑しくなった。

「はぁー、ごめんなさい。心配させちゃいましたね。」
「……もう平気か?」
「はい、もう大丈夫です。紅緒様のあんな姿を見たからか、凄い不安になってしまって、…見苦しいところを見せてしまいましたね。」
「いや、ええんどす。」
「すみませんでした。…ありがとうございます。」
「今日みたいにもっと頼って下せえ。」
「ふふ、ありがとうございます。はぁー、もっと、ちゃんと慈童さん達を信頼しないといけないですよね…」
「……。」
「あ、」




慈童さんが、柔らかく優しい目をして微笑む。

その笑顔につられるように、私も笑みがこぼれた。




初めてみた慈童さんの笑顔はとても綺麗で、暖かかった。




えがお。
(あなただけは笑っていて)
(あんたはんは傷つけない)
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