第5話 好奇心のストレンジャー
会合の期間外、ハートの城の豪華な薔薇庭園でより薔薇が咲き誇る場所で、アリスとビバルディがお茶会をしていた。
「ねえ、ビバルディはクリアに会ったこと勿論あるわよね?」
「ああ、ある。妾が知る限りのジャバウォックはあやつだけだが、一番優秀なジャバウォックと言われておるぞ」
「一番?他にもジャバウォックがいるということ?」
ビバルディは優雅にカップに口づけると、味合うために伏せ目だった目を開けて、にっこりとアリスに微笑む。
「妾の可愛いアリス。ジャバウォックにお気をつけ。
あれは恐怖の象徴。恐怖そのもの。余所者には毒じゃろう」
「私にとって害があるというより、エースが一番影響受けているみたいなんだけど。
ビバルディはどう思う?本当に彼女がエースに恋しているって思う?」
「ふふ、役持ちが恋をするなんて珍しいことだから気になるのは仕方がないのう」
ビバルディとアリスはまるで内緒話をするように顔を寄せ合って、話に花を咲かせようとする。
「妾が思うに、あれは……」
ビバルディが勿体ぶるようにして、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
アリスは期待に胸を膨らませる。が……。
「あれは恋をしとらん」
と、ビバルディは顔を戻してしまった。
「えーっ。なんでそう思うのよ」
「恋は人は狂わせるものじゃが、狂った人間の思いは恋を呼べるか、否かじゃな。
クリアは恋をしているのではない、殺したいのじゃ。殺したいから恋をしている、愛している。
なんとも愚かなゲームじゃ」
と、クッキーに手を伸ばして食む。
「余所者にはわからないじゃろうな」
「また、そう余所者っていう……。この世界に大分馴染んできたと思うのにな」
「ふふっ、可愛い子。妾はそのままのアリスでいて欲しいぞ」
「それはありがと」
好奇心のストレンジャー
アリスは本人にも話を聞きたくなり、クローバーの塔の前まで来た。
クリアとはほぼ初対面のアリスはなんとなく気が引けて、城の厨房で作ったお菓子を携えて訪ねてきている。
「ああ、アリスさん。こんにちは。ナイトメア様にご用でしょうか?」
アリスを見かけた顔見知りになった職員がアリスに近づいて、話しかけてくる。
「ううん、今回はクリアに用なの。彼女、仕事中かしら?」
「クリアさんにですが?……あの人なら……ほら、あそこに。塔の上にいます」
職員は塔の天辺に向かって指差す。そこには小さくスーツを着た人間がぎりぎりいるのが見えた……塔の屋根の上に。
「え」
「クリアさん、あそこで外を見るのがお気に入りなんですよ。
ああ、すみません。俺、グレイさんに用事を言いつかっているので、これで。
中の職員に声をかけてくだされば、誰かクリアさんを呼んでくれますよ」
「ごめんなさい。止めてしまって。いってらっしゃい」
と、職員と入れ違いにアリスは塔に入る。
職員がクリアを呼んできてくれると言っていたが、アリスは職員に案内してもらってクリアがいる塔の上までやってきた。
塔のベランダから、見上げるとバランスを崩せば塔の下まで真っ逆さまの屋根にクリアがいた。
肩や周囲には白い鳩を止まらせて、外を見ている。
「クリア」
アリスが声を掛けると、鳩が一斉に飛びだった。
そんなに大きな声だったかしら、とアリスは口に手を当てる。
「……」
グレイと同じ黄金色の瞳がアリスを見た。
その瞬間、ぞっとするような背筋の冷たさを一瞬感じた。ひゅっと、息を飲んだ。
だが、その一瞬後にクリアが微笑むとその冷たさも消えた。
……アリスは遅れて、これが”恐怖"だと認識した。
「どうかされましたか、アリス様?」
屋根の上に軽々と立ち上がり、足場も迷わずにアリスのもとへやってくる。
「い、いえ……ただ、お話しようと思って遊びに来たんだけど、良ければお話しない?」
「いいですよ、私も余所者は珍しいお客様ですから。……お客様の案内ありがとうございます。もう平気ですよ」
と、案内にいた職員を下がらせた。
「こうやって押しかけても怒られないって、余所者の特権よね」
アリスが肩をすくめると、クリアはまた笑みを深くして。
「誰でも愛したくなる存在ですからね」
クリアに案内されて通されたのはクリアの自室。
モノトーンで几帳面に整頓された部屋だった。定規で揃えたかと思える整頓された空間だったが、本棚の空いたスペースやベッドの上に可愛らしい人形やぬいぐるみが置いてあった。
ミニヒマワリの挿してある花瓶。
ぬいぐるみは色褪せたものから真新しいものが棚の上やベッドの周りにある……きっとこれ以上増えたらクリアは置き場所に困るだろう。
本棚にはハードカバーの厚い本から、雑誌まである。
机に畳んで置いてある新聞は何部かあるが全て別の新聞屋のもののようだった。
クリアの部屋の印象は整頓。無駄な動きはなく、全てあるべき所にきちんとある。
生活感のあるモデルルームみたいだった
「貴女も可愛いものが好きなの?」
「も?好きですね。特に小さい人形が好きです。集めて並べるのが好きなんです」
「私の知り合いにこういったものが好きな人がいるの」
「それはビバルディ様でしょう?あの人は噂とは裏腹に可愛いものも好きですからね」
「知っているの?」
クリアは食器棚からティーセットを取り出し、テーブルに置き、本棚を見ていたアリスをテーブルまで促した。
「私の目はいいですからね。大抵のことは知っています。……お茶の好みはあります?ダージリンでいいですか」
「あ、特に拘りはないけれどストレートでお願い」
「帽子屋のブラッド様とは違い熱狂的ではないんですね」
琥珀色の瞳が微笑む。先程のアリスに恐怖を与えて来た瞳とは不思議と違っていた。
「他の人のことを知っているのはわかったわ。貴女のこと教えて?」
「私?」
備え付けのキッチンで夜間に火をかけながら、クリアが小首を傾げる。
「ただのジャバウォックですよ。この塔に縛り付けられた化け物です」
「で、エースに恋しているのよね?」
瞬間、クリアの瞳が爛々と輝く。それは狂信的。エリオットのブラッドへの眼差しよりも狂信的な瞳だった。
「はい!恋してますよ」
にっこりと子供のように笑った。アリスは地雷を踏んでしまったと思ったのと、同時にペーター=ホワイトの言動も思い出していた。
「恋しています。愛しています。お慕いしております。狂おしいほど愛しています」
「それはルールだから?」
「そうです。でも、愛しています」
「え」
ルールがあっても心は縛られていないような住人ばかりの世界で、アリスの目の前にいるクリアは縛られていると堂々と言った。
「私はエース様を殺し損ねてしまいました。だから、恋をしてしまったんです。
ああ、なんて悲劇。恋をしているのに殺さねばならないなんて。
でも、愛しています。私はエース様に恋しています」
「お、落ち着いて、クリア」
「ふふふっ、考えるだけで胸が高鳴りますわ」
頬を赤く染めて、クリアは恥じらうかのように手を頬に添える。
先程までは凛とした女性だったのに、エースの名前だけで恋に狂った女になってしまった。
「……恋をしているのに殺すのをやめないの?」
「ルールですから」
「また、ルールね。どこの国へ行っても同じだわ」
「ルールあってこその私達ですから。
今度のはアリス様のことを教えてください。どういうところからこの世界に来たんです?」
「私のこと?そうねえ――――」
「あら、お湯が湧いたわ」
薬缶のお湯が湧いた音にクリアの敬語が取れて、素の言葉が出た。
「私にもそういう風に話してくれればいいのに」
キッチンに向かったクリアを見ながら、アリスはそうクリアに言った。
「仕事の癖なんです、こうやって話すことが」
「ねえ、クリア」
テーブルに両手で頬杖をついて、ポットのお湯を注ぐクリアを見つめる。
「もしも、ルールが無かったらエースに恋した?」
「……それは」
薬缶を置いたクリアはたっぷりと時間を使って考えた。
それをアリスはじっと待つ。
「……わからないわ。ルールがなきゃ、出会いもしなかったもの」
と、とても悲しそうに微笑んだ。
きっと世界の誰よりもルールに縛られた化け物
その化け物に余所者は好奇心にかられてそっと囁く
もしも、そのルールがなかったら?
(アリス様、紅茶が入りましたわ)
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[mokuji]
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