第2話 戯れるナイト
俺の足は真っ直ぐ森へ向かっていたのだが、かれこれ12時間帯ほどクローバーの塔の中をぐるぐる回っているようだった。
「相変わらず迷いやすいよな……今回ばかりはやんなっちゃうぜ」
これでさっき退出した会合に行き着いてしまったら格好がつかない。そして、……また煩い女に会ってしまう。
『なあ、アリス。俺は自分みたいな奴がいたら殺してやりたい。こんな性格でも自分だから許せるんだよ』
ハートの国で……ユリウスとまだ一緒にいれた頃にアリスに言った言葉をふと思い出していた。
まだ出会って間がなかったからアリスには理解できなかっただろうが、爽やかとか明るいとかじゃない。
自分みたいに仮面を被ったのが嫌いなんだ――――
「ルールだけで好きとか言えるのっておかしいよな……ルールだけ、で」
………刺客さーん、今は俺に向かってこない方がいいぜ。
こちらを伺う気配はするけど、あまり独り言が過ぎると変人みたいだから、これは心の中で言った。
多分、手加減も何も出来ない 。あっという間に殺してしまうかもしれない。
ぶらぶら歩いていると前方から声が聞こえ始めた。
廊下の直線上にはいないから、途中の曲がり角からだ。
「――――それで、ここの見回りは手練れと足の早いのをお願いします。彼らが動くなら役なしは勝てないので伝えることを優先するように、とも伝えてください」
「はい」
口調は違うものの前者は聞き慣れた声。……後者はどうでもいい役なし。
「それと丈夫なネットを買ってきてください」
「…はい」
やや疑問符の付いた返事だったが、流石はクローバーの塔の職員。表にあまり出さないぜ。
「……別に用途を聞いても構いませんよ」
一方、クスクスと笑い出しそうなクリアの声。
「よろしいのですか?」
「だって、ナイトメア様用ですから」
少しだけ怒っているときのトカゲさんに似ていた。
「ナイトメア様に?」
「はい、あの人は窓から逃走します…か………ら……」
「どうされました?」
話しながら、角を曲がってきた妹さんと目が合った。合ってしまった。
「………」
やれやれ……どうして俺はこんなに運がないんだ
戯れるナイト
飛びついてきたら斬りつけてやろう、とエースが剣の柄に手をかけるとクリアの後ろに控えていた二、三人の部下が身構えた。
「エース様!!」
「だ、駄目です、クリア様。グレイ様に叱られますよ」
誰最寄りも先に動いたのは意外にもクリアの部下達だった。
「何かを処分すると脅されましたでしょ!?」
宥めながらも、エースに何かをするのではなくクリアを左右から押さえ込んで抱えた。
「大丈夫です!!また現像すればいいですから!!」
左右から持ち上げられて、宙に浮いた足をじたばた、とさせて抜け出そうとする。
きっとグレイは一生クリアにスカートの類を履かせないだろうな。こんな調子なら男の目を楽しませることになるからと、エースは思った。
「自分たちが怒られます!!」
「私とエース様の愛のために頑張ってください。それにお兄ちゃんの怒りは多分、全部私行きですから。はーなーしーてーくーだーさーいっ」
「「駄目ですから」」
絶対に捕まえた相手を離さない。日頃の逃走する上司を捕まえているのが役に立っているのだ。
「妹さん、“現像”ってなんのこと?」
「それはいくらエース様でも……乙女の秘密ですよ」
わさわざにっこり、とエースが笑うと大人しくなり、恥ずかしそうに体を縮こまらせた。
だが、エースの知りたい答えを出さない。
「……ふーん、君って俺のこと好きって言う割には俺に嘘吐くんだ?」
「えっ……?」
「そっか。……あっ、気にしないでくれよ。ただ隠し事をされるのが残念だっただけだからさ。じゃあ、仕事頑張って」
クリアが弁明する合間がないほどに言うがエースの表情は残念そうではない。
柄から離した手を振りながら、クリア達の横をすり抜ける。
「あ、あのっ…」
「ん?」
振り返ると捨てられた動物のような目と目があった。
「実は……エース様の隠し撮りを」
ややばつが悪そうに答えた。
「ちなみに誰が撮ったんだ?」
誰か、など訊くほどではない。それでもエースは敢えて訊いた。
「自分で……」
「ふーん……」
別にクリアが嘘を吐いたような仕草は見せなかった。だが、彼はすぐに嘘だと確信する。
「まっ、君が誰をかばおうと関係ないけど。どうせお仲間さんだろ?」
隠し撮りをされていたのはエースは知っていた。だが、それは愛を囁くクリアと出会う前の時期――――彼女がエースの命を狙っていた頃の話。
「………それよりエース様!!また迷われたのですか?本当にエース様は迷いやすい方ですね。私はそんなエース様を愛してます!!」
分かり易い誤魔化し方だったが、クリアはそれを押し通そうとした。
彼女の真意は本人以外分からないが、エースに知られたくない秘密がある。
「あははっ、俺は――――」
エースの視線が目の前のクリアではなく、別の人物へ向けられた。もちろん、この場をどうするか悩める役なしではない。
今にも人を殺しそうな険しい顔をした蜥蜴。
誰かにクリアとエースが遭遇した情報を得て来たのだろう。
疾風の如く駆ける彼は、ナイフを取り出して文字通りの刃となる。
そんな彼を嘲る意味の笑顔をエースは浮かべて、柄に手をかけた。
そこまでが役なしの見えた騎士の動き。それから先の動きは捕らえることができなかった。
騎士の一閃。
確実に首を捕らえていたその一閃はさながら処刑人のように迷いがない。
目で追えたグレイはまだ側にいないが、クリアがエースの動きに着いていった。部下の二人の腕をすり抜けて、後ろへ突き飛ばす。けれど、そこまで。クリアは自分をどうする余裕がなかった。
「俺も好きだぜ」
だが、クリアに届いたのは刃ではなく音。剣の軌道はクリアの頭上……彼女よりも背が高い役なしの首の辺りだったので当たらなかったのだ。
「え……?」
剣が起こした威圧よりも、エース自信が起こした空気の振動の方がクリアにとっては大きかった。それでも――――否、それだからこそ受け取った脳がそれを処理しきれない。
きょとん、として瞬きを繰り返す。
そして。
「っ〜〜〜!!」
敢えて擬音を使うならば『ぼんっ』だろう。脳内処理が終わった途端にクリアは今までとは比べものにならないほど顔を一瞬にして紅潮させた。
「あっ、の……、そ……」
声を出そうとしているが、ほとんど音になせずに口を金魚のように開閉するだけ。
「うん?」
「ああ……あの…………………」
エースが首を傾げて、クリアの出方を待っていると彼女はまともな言葉を発することすら出来ず
………気を失った。
倒れ行くクリアを好きだと言ったエースは手を差し伸べることなく、見つめる。
「どういうつもりだ?」
代わりに床に落ちる前にクリアを支えたのは、兄のグレイだった。右腕だけで妹を支えて、左だけでナイフを構える。
その問い掛けにエースは答える言葉がなくて少し驚いた顔をする。
そして顔を無表情にし、
「さあ?」
いつもの爽やかな笑顔を浮かべた。
「俺は今、ユリウスがいなくて暇なんだ。だから、ちょっとした玩具かな」
「このっ……」
妹を暇つぶしの玩具扱いされて怒らない兄がいるだろうか?少なくともこのグレイ=リングマークは違っていた。
意識のないクリアを部下たちにやや乱暴に預けると、ナイフを両手に構え直した。
「あれ?トカゲさん怒ったの?あははっ、でもこんなに間を空けずに鍛錬できるなんてラッキーだぜ」
「黙るか死ね、この××××が。死に方も迷わないように俺が決めてやる。今すぐにくたばれ」
「どうしてこの世界の人間はこんなに愛情表現が激しいのかな。俺、困っちゃうぜ」
さあ、裏返っていたハートの騎士(ジャック)は表になった
ゲームの始まり、始まり
……でも、このカードに
裏表なんてないかもしれない
(どうやって遊ぼうかな)
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[mokuji]
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