#9 そして、新たに生活が始める


「……」

「……」

目を覚ますと、大きな女性が私の顔をのぞき込んでいた。この家の持ち主である山賊の女頭のダダンであった。

「おはようございます」

「ふんっ」

「ぬわっ」

手に持っていたタオルを額に叩きつけられるようにして、置かれた。ひんやりとした濡れタオルの冷たさが伝わる。熱が高いままだった。

「さっさと直しなっ。只でさえバカ食らいのガキが2人もいるんだからね!動けるようになったら働いて貰うから覚悟しな。……腹は?」

「お腹空きました。ふふっ」

「にやにや笑ってるんじゃない!」

私が今寝かされている部屋はエースにあてがわれた部屋でダダンがここまで布団ごと引きずってきてくれたのだ。居間として使われているところはうるさいだろうってことを遠回しに言われた。そして、お礼代わりに持っていた金細工の髪飾りを渡した時も、彼女は優しかった。

『随分とまあ、こじんまりとしたもんだね。いくらぐらい?』

『子供頃に亡くなった兄に貰ったので値段はわかりませんが、多分『亡くなった人間の形見をよこすんじゃない』

『……動けるようになったら働きます』

『そうしておくれ』

金細工の髪飾りは簪で、髪に挿すと金の糸で編まれた飾りがゆらゆら揺れた。サッチがくれたもので、手放すのは正直辛かった。でも、お金はエースに取られたようで、膨らんでいた財布は今、しぼんでいる。





この部屋で寝起きしているのは、エースともう1人……。

「トキ!また海の話をしてくれよ!」

「その前に、怪我の手当してきなさい」

にしししっ、と笑って寝床のそばにあぐらをかくルフィ。もう少し大人になったルフィに比べたら、泣き虫で、まだ麦わら帽子が浮いている感じだった。

「エースは?」

「エースは今、熊を解体してる!にしししっ、今日は熊鍋だってさ。俺も手伝ったから食える!」

「……私も手伝ってこようか」

布団をまくって、起きあがる。まだ足は折れているが、それ以外は直ってきている。熱は引いているので、時々出る咳は治る見込みのないものだろう。

「俺もいくー!

足が折れているので、腹筋とか使って起きあがり、ひょこひょこと歩くと横をトタトタとルフィが歩き抜いて行く。すっかり体が鈍ってしまった。ちょっとトレーニングしないと、治って直ぐに時間を越えても意味がないだろう。

次はどの時間に飛んで何をすればいいかな。
ティーチが私のことを覚えているのも気になった。あの口振りから言って、デジャブとかではなく確実に覚えている。何か対策を練らないと、直接対決も辛いものがある。

「って、こら、トキ。まだ起きてくんじゃねえよ」

外へ出ると盗賊団とエースが熊の解体をしていた。大きい熊だなあ。これをどうやって狩ったんだろう。

「あ、熊の骨頂戴。杖代わりにする。大腿骨がいい」

ちょっと代わって、と近くにいた男から大包丁を受け取って構える。
武装色の覇気を纏わせて、熊を見据えるとこちらにみんな注目した。そして、みんな熊から離れた。

片足だけで踏み込んで、皮を剥ぎ、胴体を真っ二つに、骨を断つ。肉を削ぐ。持ち運びやすい大きさにぶつ切りにしていく。
さあ、大腿骨貰おうかと思って気を抜いたのが行けなかった。

「いったあああああ!」

折れている方の足を地面に着けて、踏み込んでしまった。包丁を落として、うずくまる。

「「「あほか……」」」

「怪我人が動き回るんじゃねえよ」

エースが包丁を拾い、熊のところへ戻る。

「”だいたいこつ”ってこれか?」

「ああ、そうだ。おい、姉ちゃん。どっちでもいいんだろ?」

激痛に声にならない叫びをあげながら、親指を立ててOKを出す。

「杖にするならもっと長いのにしろよ」

「もっと動けるようになったら枝を切り出す。今のままじゃこの状態。ああ、もう痛い」

「肉を食え!」

「ルフィじゃないから、肉だけでくっつきません」

ダダンに手を貸して貰って、立ち上がる。このエースとルフィの生命力はどこからくるんだか。

「ちょっ、エース。大腿骨折らないでよ!」

「こんな使えねえ骨いらねえだろ」

いちいち睨むようにして言ってくるエース。どこで何を加えれば、あの太陽のように笑って、礼儀正しいエース隊長ができあがるんだろう。
どうしよう、私のせいで、バタフライエフェクトが起きて、エースがこのまま大きくなったら……っ。





そう、考えた時期も私にはありました。






朝起きると、右側にはお腹を出して寝ているルフィに、左側には見覚えのない白い杖があった。何の骨かはわからないけど、先日の熊の骨よりは大分私の身長に合った骨で、しかもやや歪だが真っ直ぐに整えられたものだった。
杖の先には、こちらに背を向けて寝ているエースがいた。

「……」

訂正。寝たふりをしているエースがいた。体が緊張しているのが丸わかりだ。

私は立ち上がると、白杖を便りにエースの傍で膝をつく。くしゃり、と髪を撫でて、頑なに目をぎゅっと瞑っているエースの額にキスを落とす。

「ありがとう、エース。すごく嬉しい」

なんだ、私の太陽。ここにもいたんだね。
嬉しさににっこりとして、私は杖を支えに森へ歩き出した。



新たに踏み出した、決意。


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