#1 モブ気質ですが、運はいいのです
目立った事が嫌い。
小学校の学芸会でも役を渡されそうになったが、端役でも拒否。私は裏方の大道具で、美術をしていた。
中学校では委員会に推薦されたが、絶対に無理だったので美術部に入り、ひっそりと外で写生していた。
高校では屋上から私の名前を叫ばれ、告白されたから、速攻で私も階段を駆け上がり屋上へ行き、右ストレートをかました。
大学では美術サークルの先輩が私のことを熱く見つめてきたので、ミスコン1位の後輩とくっつけた。
シンデレラの物語なら、私はシンデレラのドレスを持つ鳩にもならない。
魔法使いのお婆さんが、魔法をかける瞬間に私は魔法の粒子が外へ飛ばないようにする係でいい……そんな係があるかわからないけど。
兎も角、私は裏方だ。端役にも満たない裏方だ。エキストラだ。モブだ。
……でも、私にも良心がある。
痴漢がいれば、それを止めるし、逃げれば追いかける。
落ち着いて、免罪?それなら、話し合いましょうと駅員室に向かおうとしたが、ホームで突き飛ばされて、偶々入って来た電車に跳ねられてしまった。
白い世界に飛ばされて、天国の入り口まで行ったのはいい。
私の名前は台帳にないようで、門の番人が困ってしまった。
何処かに名前があるはず、そう言って門の番人が消えて、戻ってきたら、天国ではなく転生の台帳に名前があったと言われた。
天国に行って、お婆ちゃんに「こんな早く来たのかい」と怒られることを覚悟したが、肩透かしを食らった。
そのまま何度も頭を下げる門番に誘われて、別の門まで来て、神様に謁見し、門通ったら、ワンピースの世界だった。
……私が別の世界で物心ついた時には既にフーシャ村の教会に置き去りにされていた。
シスターが教会の椅子に寝かされているのを見つけてくれた。
……モブな私の物語なんていいだろう。
ルフィに絡まれて、シャンクスに「夢を持て」と言われ、エースに誂われて、サボに慰められるという幼少時代なんて詰まらない話をするつもりはない。
私は何も知らなければ、このフーシャ村で静かに一生を過ごすつもりだった。
……最初に言ったように、私にも良心がある。
天竜人の船からの砲撃で沈んでしまったサボの船を見て、泣き叫ぶルフィと声を堪えるエースを見て、胸が痛まないわけはない。
この先の未来で、記憶を失ったサボがエースに会わずに、エースが死んでしまうのを「運命(物語)」だからと見過ごすことが出来ない。
一度交わってしまった人生の友人たちが泣くのを見過ごすことは出来ない。
サボの船が沈んでいくのを静かに見つめながら、私はポケットのコインを握り締めた。
サボから貰った竜の刻印が入ったコインを握り締めた。
時が流れ、エースが旅立ち、ルフィが旅立つ。
そして、私は……。
「シャトラン、貴女も行くんですか?」
「ええ、シスター。でも、すべき事が終わったら戻ってきますよ」
「戻らなくてもいいんですよ。
戻らなくても貴女の家はいつだってここです。
でも、生きたい場所が見つかったら、そこで生きてください」
旅支度をしたリュックを背負った私の両手を握って、シスターは優しく微笑んでくれた。
「……シスター、貴女も知っているでしょう?
私は穏やかに暮らしたいだけです」
「ええ、ええ、知っていますとも。
貴女の心がいつでも穏やかであることを、神様に祈っています」
私は革命軍に入ったサボを見つけるために、グラインドラインに入っている。
『ワンピース』の知識はドレスローザまでの知識しかない私がグランドラインで一人で生きていけた理由は一つだけある。
さっきまで乗せて貰った商船から降り、町の入口に来ると、私はまず思い出のコインを取り出した。
「表なら宿、裏なら食堂」
コインを指で弾いて投げて、手の甲で受け取って結果を見る。結果は、表。
前世から私は運がいいのだ。運任せで動いた時が一番良い結果を残す。……痴漢の時は良心で動いてしまったから死んでしまったのだろうが、コインを投げている暇なんてなかった。(『ワンピース』の世界に来てラッキーと思える程、私は夢女子ではない)
……なので、何かを決めるとき、旅立ちを決める以外は、今までコインで決めて来た。
でなければ、とっくに死んでいるか、奴隷として売り飛ばされたままであろう(奴隷として捕まったが”運”良く逃げ出すことが出来た)
私は結果を元に宿屋を探すべく、歩き出した。
宿屋に着き、前払いの料金を支払い、私はチェックインした。
「さて……」
フーシャ村から旅立った時よりも大きくなったリュックサックを床に置いて、またコインを投げてどうするか決める。何回か投げた結果、食堂に行くことになった。
宿屋の主人にオススメの食堂を聞く、情報収集をしたいので出来ればそれが出来そうなところ、と伝えると場所を教えてくれた。
……教えられた道に従い、大通りの人混みを通って向かう。
宿屋の主人いわく、今日はお祭りがあるそうだ。そういえば、宿も最後の一室と言っていた。
食堂へ着き、チャーハンとサラダを注文してそのまま手配書を注文を取りに来たウェイトレスに見せる。
「この人、この島で見てない?」
「んー、見ていないわね。こんなカッコいい人がいたら直ぐにわかるんだけど」
「ありがとうございます」
渡した手配書……サボの手配書を返してもらい、ウェストポーチに畳んでしまった。
一瞬、視線を感じて振り返ったが、ウェスタンドアの向こうには人混みしかなかった。
「サボ君、サボ君の手配書を持っている子がいたわ」
「賞金稼ぎか?鉢合う前にさっさと仕事終わらせて帰るぞ」
……だから、そんな会話も聞こえてこない。
サボは革命軍に所属している。だから、仕事の邪魔にならないように、私は最低限しか手配書を人に見せない。サボを探す方法はコインか「目の子の部分に傷がある人知りません?」と聞くぐらいだ。
花屋の女将さんに、聞くと、驚いたように肩を叩かれて、後ろを指さされた。
「え?」
私は目を丸くした。それと同時に腕をものすごい力で掴まれて、
「シャトラン」
名前を呼ばれた。
私の名前を呼んだサボは苦しそうに息をして、もう片手で痛そうに頭を抑えて、地面に倒れた。
「……え、ちょっ、サボ!」
私と女将さんは慌てて、彼を起き上がらせたが意識はなさそうだ。
賞金首をこのままにして置くわけにもいかず、女将さんに宿屋までの裏道を聞いた。そして、サボを背負って、彼を引きずるように裏道を歩き出した。
肩の乗せたサボの顔。時折、私の名前を苦しそうに呼ぶ。
……原作では、エースの収監の記事を見て、記憶が戻り寝込んだらしい。が、彼は何で思い出したのだろうか。
少し前から俺を探す女の噂を仲間から聞いた。撮った写真は何故か現像に失敗したりしたので、どんな顔か分からないが可愛い顔らしい。
「可愛い賞金稼ぎなら、会ってみたいな」
「サボ君、顔が緩んでる。賞金稼ぎか、サボ君が昔泣かした女の子じゃないの?」
「甘いな、コアラ。俺はそんなヘマしねえ」
……そして、仕事で偶然降り立った島の人混みに見つけた。
何を?
誰を?
見つけた横顔をおかけて、人混みをかき分けて、その腕を掴んだ。
頭がズキズキと痛んだ。意識が飛びそうになるが、倒れる訳にはいかないと意地で意識を保つ。
「シャトラン」
気がつけば名前を呼んでいた。
目の前の映像と、何かの映像が重なる。
『綺麗なコイン!サボ、ありがとう!!』
小さな少女が嬉しそうに満面の笑みを浮かべている。
少女のあどけなさが残る大人の彼女が、驚いたように俺を見る。
……嗚呼、シャトラン。俺は……お前のこと……
止まない頭痛に苛まれながら目を覚ますと知らない天井。額の上に冷たい布が乗せられる。
目を開けていることに気づいたシャトランが俺の顔を覗き込む。
「起きた?」
心配そうな顔をしたシャトランに、言いたいことはいっぱいあった。
けれど、出てきた言葉は弱々しいものだった。
「手、握っててくれないか」
左手を布団から出すと、シャトランが何か考えた様子だったが、それでも握ってくれた。
(外で花火が打ち上がる音がする……)
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