4.俺の可愛いキティ、誰が何と言おうと可愛いキティ

食堂で私を持ち上げて、サボは「誰の猫だー?」聞いて回ったが、勿論、私に飼い主などいない。
包帯でぐるぐる巻きで薬品臭い私。シャオンドールはそれを見てやり過ぎだと笑っていた。

「じゃあ、今日から俺の猫だな」

にいっと笑って、私を腕に閉じ込めた。








サボ君が猫を飼い始めた。ボロボロの黒猫だ。マオちゃんと同じ金色の目だったが、サボ君の「マオと同じ目」というのは言い過ぎだと思う。人間の目と猫の目だ。違い過ぎる。

「名前は何にしようか、猫だから、キティか?」

「それ、子猫って意味よ。どう見ても大人の猫じゃん」

「いいんだよ、俺の可愛い子猫だ」

そのキティはというと、出された魚を焼いて解しただけのご飯を黙々と食べている。
サボ君に横から、指で顔を突かれても意に介さない様子で食べ続けている。

「なあ、キティ。お前は俺の可愛いキティだもんな?」

そうサボ君がにっこりと笑いながら猫に問うと、猫はにゃーと短く返事をした。
そうだよ、とも、どうでもいいとも、取れるような鳴き声だ。

ご飯を食べ終わると顔を洗い始めて、目を瞑って、食べていたテーブルの上で手をしまう形でまるまる。
可愛いけど、得体のしれない猫だ。凄く、凄く、大人しい気がするし。

「ご飯食べたら、部屋へ帰ろうな」

サボ君はサボ君でご機嫌な様子で、包帯だらけの猫……キティを抱えて、食堂を出て行った。

……サボ君が元気になったのはいい。マオちゃんが死んでしまってから、サボ君は見ていられなかった。
ミオンっていうナースがサボ君に近づいたみたい。新しい恋人かと、アルディオンさんにデリカシーなく聞かれたけど、ミオンさんにもサボ君にも否定されたらしい。

サボ君は薄情だと言う人がいる、すぐに他の女性と関係を持ったから。でも、私はそうは思わない。
精神の安定をギリギリで保っているんだと思う。

……あの状態で、マオちゃんが帰ってきたらどんな思いをするのだろうか。

そう思ったが、マオちゃんが死んでいることを思い出し、私はまた少し隠れて泣いた。










バルディゴに戻ってくる前に食べていた生ゴミに比べれば、塩気のない焼き魚はご馳走だった。
私を腕に抱えて、鼻歌を歌いながら歩くサボを見上げると、サボは嬉しそうに私を見た。

サボってこんなに猫好きだったのだろうか。

「キティ、今度買い出し班の連中にキャットフード頼んでやるからな」

……キャットフード……味覚は猫になっていることを願うばかり。

サボの部屋に着くと、彼は私をそっとベッドに置いた。それから、また部屋を出て、5分程したところで戻ってきた。手には洗濯籠。そこにバスルームのタオルと敷き詰めると、私を再び抱えあげて、そこに入れた。
枕的な物はあったほうがいいと、私は猫がするように、タオルの上でタオルを前足で揉んで形を整えると、私は籠に収まった。
ありがとう、というように私はひと鳴きした。
すると、サボは満足そうに笑って、私の顎を撫で続ける。

「なあ、キティ。俺は頭がおかしいか?
お前にその目で見られると、凄く幸せな気持ちになるんだ。
幸せだった頃を思い出すんだ」

サボはポロポロと泣き出してしまった。
私は慌てて伏せていたた顔をあげる。サボの瞳には猫の私は映る。

「マオ……マオ……」

腕を目に当てて、ジャケットに涙を吸わせながら噎び泣くサボ。
私は何も弁明できずに、ただ、にゃーとひと鳴きして、彼を見上げるばかりだった。
今の私には彼の涙を拭うことはできず、拭う資格もない。

どれくらい経ったのだろうか。サボの部屋がノックされた。

サボは涙を無理矢理引っ込めさせると、「誰だ?」と短く応えた。
すると、ノックの主は勝手にドアを開けて、入って来た。

誰だろう。

サボは小さく「ミオン、勝手に入ってくるな」と言った。
けれど、ミオンと呼ばれた人物は、非礼を詫びることもなくサボに近づくと、後ろからサボを抱きして、頬にキスをした。

私は目を丸くしたことだろう。

そして、直ぐに悟った。この人が今のサボの相手か。

「ひとりで泣かないでください、サボさん」

私はそのシーンだけを見ると、私は顔を伏せて目を閉じた。
サボが新しい相手を愛を交わそうとも仕方がないことだが、見る勇気はない。

猫らしく、「飼い主さんご勝手にどうぞ」と思われるように、サボに背を向けるように体を丸めて、タオルに体を沈めきる。

すると、ミオンに誘われて、ベッドへサボは行ってしまった。

聞こえだす、服が擦れる音、ベッドの軋む音、荒い息遣い、喘ぎ声。
そして、雨の音。
私は降り出した雨の音に耳を傾けて、ぼんやりと、私は感じていた。

心が死んでいくのを……。

笑えた。私に”生”など残っていたのだろうか。








私は自分が抱き上げられて、目覚めた。
私が起きたことに気づいたサボが「ごめんな」と小声で言った。
ベッドの方をちらりと見るとシーツに包まったミオンが寝息を立てていた。

サボは私を抱き上げると、ドアを静かに開けて廊下へ、そして、屋上へ連れて行った。
小雨が降っていた。

サボは屋上への入り口のところで、ポケットから煙草を一本取り出し、片手でライターから火を点けた。
煙が抱えてる私の方に行かないように、煙を吐いたりしていた。

「キティ、俺は酷い人間か?」

問いかけに私は「にゃー」と鳴いた。どう取ったのか、わからないが、好意的に受け取って欲しい。
私はサボという人間に酷さを感じたわけではない。

「お前は優しいな」

(私が優しいなら、私は偽善じみた優しさを自分に向けて、マオが帰れるようにするのに)

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