「〜〜〜〜っうっぜえ!!」
 椅子の背に全体重をかけ座りこんだ青峰の姿を、無表情で見つめる級友の眼孔にはどこか不憫そうな色が漂っている。青峰は、ひたすら唸り声をあげては担当の英語教師を呪う言葉を紡いでいる。「青峰くん、手伝ってもらえる?」「あ、青峰くん次の授業なに?」「ねーねー青峰くん」ある日を境にして突如――他人の目にはそう映った――黄瀬は何かと青峰に関わろうとしていた。人に好かれる笑顔を振りまき、隙あらば青峰の名前を出す。青峰の苛立った様子も、ここ数日、また一層目撃頻度が上がった光景である。つまりは黄瀬の絡む頻度も比例して上がっているということだった。最初は怖がっていたクラスメート達も、今ではすっかり日常風景として流している。
「すごく好かれてますね」
「なんで俺なんだよ…女子と遊んどけクソ教師……」
 眼前の黒子と会話しているのか瞼の裏に描いた姿に文句を言っているのか、見分けづらい声音でそう吐き出した。意外にも本気でまいっている顔に、黒子はふっと笑みをこぼした。小うるさいと青峰は表現する幼なじみでも、一番仲が良いと言われている自分でも、ここまで影響を与えることは出来なかった。昼寝を邪魔されるのが癪に障るからという理由にしろ、先生の計画通り、授業にも出るようになっていますしね。かめのぞき色の髪の毛が、梅雨時期の湿った空気を含んで、色濃くなった。


 気持ちが落ちがちな六月からようやくカレンダーは進み、入道雲が盛んに出勤する空が続く季節に突入した。久々の屋上での昼寝に喜びを噛みしめつつ、青峰はお気に入りの場所に横になった。しばらくして聞こえてきたリズムよく続く足音に、人物の判別がつくようになってしまった自分に頭を抱える。どうせ起こされるなら、と青峰が体を起こす。同時に扉が開け放たれ、金糸が夏風に舞った。
「またサボってる」
 青峰が嫌いな薄っぺらな笑顔で飽きもせず笑うと、ネクタイを緩めながら黄瀬がつかつかと近寄ってきた。その手慣れた指先の動きを目で追い、青峰は条件反射のように黄瀬を睨みつける。それをものともせず、黄瀬は青峰が片手に持った雑誌に視線を移した。
「バスケとグラビア、どっちが好きなの?」
 唐突の質問と黄瀬の口から初めて出たバスケという単語に、青峰は答えに詰まったが、シルバーピアスが太陽に反射してきらめいたのを見て我にかえった。会話を繋げるための意味のない言葉に、本音を返す必要はない。そもそも、なんで俺がこいつと話さないといけないんだ。
「お前には関係ねえだろ。…バスケは好きとかじゃねえし」
 思わず口を突いて出た言葉を後悔して、青峰は首の後ろに手を寄せた。黄瀬は驚いて少しだけ眉を上げ、いつもとは違った笑みを浮かべた。口角を上げて生意気に、さも楽しそうに。
「へー……俺結構強いっスよ?」
「…素人がなに言ってんの?」
「放課後、体育館で確かめて見ればいいんじゃないっスか?」
 誰が行くか、断ろうと青峰が口を開こうとしたその瞬間、授業終了の鐘の音が鳴った。晴れ渡った空の下で馬鹿げたひよこ頭がしてやったりという風に笑う。
「まさか青峰くん、逃げたりしないっスよね」
 意識的に鼻につく喋り方をした黄瀬は、青峰の返事を待たずに背を向けて屋上から出て行った。気付く由もないが、青峰は二か月前の黄瀬と同じ状況に残される。数分も経たずに八重歯が現れてにやりと呼吸した。
「やってやろうじゃん」
 挑戦的な反応までほとんど一緒など、双方も知らないところで不思議な糸が繋がる。久しぶりにうずく気持ちを見てみぬふりをして、青峰は立ち上がった。


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