(高尾視点)



真ちゃんと部活後の部室で、何をするわけでもなくゆっくり過ごす。俺の好きな時間の一つだ。

俺が着替え終わってもぐだぐだしていると、早く帰るのだよなんて言ってさも迷惑そうに眉間に皺を寄せる。だけどほらな、無言で見つめ続けたら鞄を下ろしてベンチに腰かけた。この一連の作業は毎日のことだ。

真ちゃんは参考書や本を読み、俺は窓からぼんやり空を眺める。振り返ると、繰り返される日常が積み上がっていた。

夕焼けが本を読む彼の整った横顔を照らす。産毛がまるで後光のように輝いている。左手につけられたテーピングさえ、俺には「天才の証」に見える。
「真ちゃん」


聞こえなくてもいいと思いながら呼びかけた声を、律儀に掴まえた真ちゃんがこちらを向いた。

長い睫毛のせいで頬に影が出来ている。今読んでいる本はロシアの人が書いた何とかっていう、古いけど有名なものだと言っていた。真ちゃん、昔のロシア人の気持ち理解出来るの?もしかしてそれロシア語で書いてあんの?とふざけて言うと、冗談が通じないのがデフォなエース様は眼鏡のブリッジを上げながら真面目な顔で答えた。時代や国が違っても、分かり合えることはあるのだよ。


「なんだ」

「…真太郎っていい名前だよな」


特に用はなかったから、前々から思っていたことを伝えた。出席名簿やメールの画面や何かと見る機会が多いその名前は、とてもよく似合っていた。真。うそいつわりのないもの、完全でまじりけのないもの。お前にぴったりだ。

夕方から夜へと移り変わる。徐々に部屋が闇に包まれて、真ちゃんの綺麗なボトルグリーンの目や髪が見えなくなっていく、この瞬間がたまらなく好きだった。
このまま俺も真ちゃんも分からなくなって一つになってしまえたら、出会ってからずっと胸に潜み続ける痺れるような気持ちが伝わるのに。お前も味わえ、真ちゃん!
でもそしたら相棒にはなれないのか、それは嫌だな。真ちゃんの隣は俺のものだ。


「そうか?俺は、和成、もいい名前だと思うがな」


低めの穏やかな声が耳を震わせる。馬鹿みたいだけど、てか馬鹿だけど、真ちゃんが初めてはっきり呼んだ俺の名前が飛び上がりたいくらい嬉しかった。真ちゃんが覚えてた。絶対顔緩んでる。
読み終わったのか文庫サイズのロシアを閉じると、真ちゃんは鞄にそれをしまい立ち上がった。


「あまり俺を見くびるな、高尾。お前が考えていることなど全て分かっている」


俺の隣に立つと、20cmも差がある彼は俺を見下ろした。遠くで楽しそうに話す女子の声が聞こえる。ふわりと風が二人の髪を揺らした。
まじで真顔だと人形みてえ。精巧に全てが配置された顔は、驚くことに、ふっと笑った。


「泣きそうだな」


そして、真ちゃんは俺を抱き締めた。なんだこれ偽物なのか記憶喪失かもいやドッキリ?宮地先輩あたりが仕掛け人か一体どうなってんの。
ちょうど顔の少し下で聞こえる、明らかに早い鼓動だけが、本当にこいつは真ちゃんかもしれないと思わせた。


「……高尾、お前が言え」

「…えええ!?ここまでしといてそりゃねーよ!」


早くしろと急かす不遜な言葉で俺は確信した。真ちゃんだ。
真ちゃんが俺を抱き締めてるんだ。理解すると恥ずかしくて、顔を見られないように背中に手をまわして自分から抱きついた。真ちゃんの学ランで目の前が真っ暗になる。ああこれで、夜を待たなくても、いつでも君と一つになれる。


ほんとは少し期待してた。傍若無人でワガママなこいつが、小言を言いつつも毎日一緒に帰ってくれていた。家が近いわけでもないから一緒に帰ると言ってもどうせ途中までなのに、日が落ちると冷える季節も個人練習の後で疲れていてもベンチに座って待っていてくれた。

そういうところとかで、多分俺は真ちゃんにハマっていたんだろう。


「ったくしょうがねえなー。エース様には敵わねえよ。 俺は、真ちゃんが、」


今日からはさっさと帰ろう。少しでも忘れようと夜に翡翠を隠す必要もなくなった。
今分かった気がする。きっと昔のロシア人とも盛り上がる話題は、こういう泣きそうな気持ちだろ。な、真ちゃん?



本をめくる指がきれいだとか、必ずご馳走さまを言うのだとか、ゆっくり確かめるような喋り方とか、たぶんそういう些細なこと

(君に興味を持ったきっかけは)




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20121111





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