(青峰視点)



金曜日の夜、黄瀬が急に訪ねてきた。ひんやりと冷えた空気が澄んだ、冬の夜だった。
多分俺と違って部活帰りなんだろう黄瀬は、いつものような笑顔を浮かべていなかった。母親に名前だけ呼ばれ、一階に降りると、居間でもなく玄関でもなく、俺の部屋がある二階へ続く階段前の廊下に、申し訳なさそうに微笑んだ黄瀬がいた。

黄瀬は神奈川の高校に行った。
それでも泊まりにくることが無いわけではなかったし、中学生の時によく遊びに来ていたこともあって、うちの親ともすっかり顔馴染みだった。

それなのに、今日は、肩身狭そうに小さく笑っていた。

「黄瀬、」

「泊まっていいスか今日」

どうかしたか、言いかけた疑問は強めの言葉にかき消された。
今までは連絡を入れてから来ていたが、今日は驚く程急だった。だからといって断る理由はない。承諾すると、黄瀬は俺より先に階段を上りはじめた。

明らかに何かがあった様子だ。モデルの仕事か部活か。でも無理に聞こうとは思わなかった。俺は、黄瀬の悩みを知ったところで、テツのように深い言葉をかけてやることもあいつのとこの先輩のように力強く励ましてやることも出来ない。せいぜいあーとか、おうとか言って終わりだろう。
それを知っている黄瀬が俺のところに真っ直ぐ来た。それだけで充分だった。

部屋に入ると、黄瀬はベッドに座り込んだ、というよりは沈んだ。ベッドカバーの紺青はいつでも黄瀬を向かい入れる。こちらとも顔馴染みなのだ。
置き時計をちらりと見ると、もう11時だった。

「風呂は」

「入ってきた」

小さく返答して、つけっぱなしにしていたテレビに視線を移した。どうでもいい番組だった。

会話する気もないようなので、俺はカーペットの上に横になり雑誌を見ていた。
どれくらい時間が経ったか分からない頃、黄瀬がポツリと呟いた。

「何か喋って。なんでもいい」

「めんどくせえよ」

「じゃあ何かしよう」

いつもなら。一言で切り捨てて、雑誌を読むことを再開するのだけど。
黄瀬があまりにも縋った目で俺を刺すから、口が勝手に動いた。

「何がしてえの?」

なんでもいい、と言うと思った、絶対に。
しかし俺の予想に反して、黄瀬はまたちらりとテレビ画面を見て、そこに写っていたものをあげた。

「…ジェンガ、とか」

「…多分あったけど」

今から探すのか。昔の記憶を手繰り最後にしまった場所の検討をつけながら、ドアノブに手をかけた。



ジェンガ捜索は思った以上に面倒くさかったけれど、ちゃんと見つかった。
やるかと問うと、頷いたので、無言でジェンガを始めた。

黄瀬の長い指が、少し変色した木の棒に触れる、抜く、置く。
ひだまり色の睫毛に縁取られたアーモンドはじっと、少しずつ変形していく塔を見ていた。

何度めかの俺の番になった。棒に触れるか触れないかだった、テーブルについた方の俺の手の甲に、さっきまで観察していた黄瀬の手を重ねてきた。
驚いて指が動いた。ジェンガは揺れ大きく傾いた。夜中には似合わない盛大な音をたてて、積み上げてきた木片はテーブルに床に、俺と黄瀬の膝の上にちらばった。

転がる木片を追っていた顔をあげると、黄瀬のアーモンドが今度は俺をとらえていた。



そしてどちらからともなく、俺たちはキスをした。



グッバイラプンツェル



黄瀬が高くなるたび不安定で歪になっていく塔を見て、何を思っていたのかは分からない。

ただ唇を離した時、あいつの顔が随分緩んでいたから、ひどく幸せになった。




×

20121102





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