(黄瀬視点)



つまらない毎日だった。刺激がない、何でも手に入る、自分だけの「特別」はどこを探しても見当たらない、そんな日々を過ごしていた中学時代。

イヤミな奴だと陰口を叩かれた。調子に乗っていると子どもじみた嫌がらせをされた。それを知った女子がいじめを行ったそいつらを馬鹿みたいに責めるのも、嫌がらせはなくなったけれど男子に見えない結界を張られたのも、全部全部画面の向こうの出来事だった。

君に会うまではずっと。


モノクロで退屈だった世界は君とバスケでカラフルに動き出した。君が笑うたび、バッシュが音を鳴らすたび、汗が空中を舞うたびに、俺の心は跳ねていた。
鼓動が刻まれて、生きていると感じた。


あの年代にはありがちかもしれない。君に陶酔していた。まるで神様だった。

君の「特別」になりたいと望んでいた。だけど、深海のような濃い青と青空のような爽やかな青が並ぶのを見てしまうと駄目だった。どうしようもない諦めを感じた。
隣にいるべくして立っている二人。柔らかな笑み、俺のものじゃない。出された拳、あああれも俺のものじゃない。
俺は光にも影にもなれない。青色と黄色に共通点なんてない。平行線は一生交わらないと教わった。


ある時俺の神様は気付いてしまった。そしてひどく落胆した。ついていけない俺たちに、いつの間にか登りつめてしまった自分自身に。それはとても誇るべきことなのに。
俺は理解した。彼は神様なんかじゃなかったんだ。同じ人間だった、万能なんかじゃなかった、一年前の俺と同じようにどしゃ降りの中立ち竦んでいるんだ。次は彼の世界が色を失ったんだ。


結局、卒業までに俺は雨を止められなかった。心から求めた人一人さえ、救えなかった。



忘れようと思った。離れたらきっと大丈夫だと考えた。俺を起こしてくれたのは確かに彼だが、それが何だというんだ。皆自分の出産を手伝った助産師のことを覚えているとでも言うのか。
だから違う高校に行くことは手っ取り早い手段だった。どこでもいい、遠くへ行きたかった。
それならじゃあ、今の学校一番遠かったのかと問われれば否定するしかない。東北でも関西でももっと離れた場所はいくらでもあった。
ただ、やはり俺は青から逃れられなかった。ユニフォームを見て決めたんだ。俺はここが良いと。
とんだ代償行為だと笑えたらまだよかった。


高校では、敗北する悔しさを知って努力する楽しさを再確認した。新しい仲間と協力し合ってじゃれ合って、満足していた。

だけど君にもう一度会ってしまった。見慣れない黒いユニフォームに身を包み、君はまだ濡れていた。昔とは変わってしまった鋭い視線が俺を貫いた時ようやく納得した。俺は、神様じゃなくてもこの人のことを、強く想っている。

今なら救えるか。
憧れを捨てて立ち向かった。
俺の傘には穴が空いていた。彼を暖めることはまたもや叶わなかった。

不毛な恋慕を認めてもいっそおかしいくらい望みは薄かった。隣から浅葱色は消えたけれど、俺よりよほど打たれ強い桃色は彼を癒し続けていた。
せめてあの強さが俺にあったなら、敵としてでいい、彼を支えることが出来たかもしれない。今となっては何もかも無意味だ。



ついに君は抜け出せた。
その手助けをしたのはもちろん俺じゃない。

いつまでたっても君の唯一の相棒と、加わった燃えるような赤。
君は久しぶりの晴れた空に見ただろう。透けるような水色と、夜と間違えて過ぎた彗星の光を。

救われたことは嬉しかった。
またバスケが楽しいと思えるようになったのは俺にとっても多分良いことだった。あの笑顔が戻ってきたと知って俺は心底ホッとした。
だけどもやもやが残る。だって俺は結局何もしてない。なんにも。

どんなに彼に気持ちを寄せ憂えていたとしても、そんなの関係ない。綺麗事並べたって、所詮横から見ていただけじゃないか。勝手に好きになって逃げて悔しがって。画面の向こうにいたのは俺の方だった。
お返しも出来なかった。俺のスタートボタンを押した君の、役に立ちたかった。





だから、高校二回目の春、君が桜の樹の下で「ずっと好きだった」なんて告げた今この瞬間、俺はひどい冗談だと笑った。笑いながらも、内心切望せずにはいられなかった。
夢ならどうか覚めないで、囚われ続けた瞳が今だけは真っ直ぐ俺を射抜く、奇跡のような時間を止めてくれ。

幻の彼は、俺の表情に不機嫌そうに眉をひそめた。嫌だなそんなんじゃなくて笑ってよ、夢でもうまくいかねえのか。


「黄瀬、一回しか言わねえぞ。へらへら笑ってねえで耳かっぽじって聞け」


落ちた花びらが彼の肩にかかった。よく似合う桜や澄んだ青空、君に釣り合うたくさんの色が世界を囲む。そこに黄色はないはずだった。

いやだききたくない
一度見てしまった幸せな夢から目を覚ますのはひどく辛いから。


「、や」

「てめえが好きだ、黄瀬。誰でもねえ、俺はお前がいい」

「……ちがう、うそだ、俺じゃない、」

「違くねえよ。俺の気持ちは俺が一番よく知ってんだ」


だって、なんで、だめ、惑わされるな、期待するな、間違ってる、俺じゃない、俺は、俺は、


「オイ、ごちゃごちゃ考えてんじゃねーよ!好きだって言ってんだろ!それともなんだ?俺の言うことが信じられねえのか」

「違う!!だけど」

「黄瀬、他のことは全部忘れろ。この質問にだけ答えろ」


一際強い風が吹いて、彼は桜に包まれた。


「俺のこと好きか」


もう逆らえない、思惑することに疲れ痺れた頭は甘い罠と知っていても誘われる。
長年閉じ込めていた想いが、出ていきたいと跳び跳ねていた。


「……………すき」

「ほらな」


君が笑う。
俺の世界は、青に染まった。


「…好き、青峰っち、俺、青峰っちが好き」

「俺も好きだ」


信じられない、信じたい。

ほんとに俺でいいの?
何も出来なかった救えなかった役に立たなかったよ。青峰っちなら俺よりいい人いるっスよ、みんな青峰っちが好きだよ、なのに俺でいいの?


「青峰っち……ほんと、は?」


やばい泣きそう。一粒溢れた後はもう止まらない。水分で目の前の青峰っちがぐにゃりと歪む。その間に消えてしまったらと思うと怖くて、慌てて目元を拭うけど次々と流れて間に合わない。
バカな奴と言いたげにふっと笑った目が慈しむように細まったから、尚更止まらない。気のせい、じゃないっスよね?


「海常まで来て嘘つくかよ。本当だって。俺は黄瀬が好きだってだけだろ」


だけじゃないよ、だけなわけがあるか。俺にはそれが起こり得ない奇跡だったんだ。アンタはそんな常識、いとも簡単にひっくり返しちゃったけど。


「はっ………ふ、じゃ、じゃあ、俺は青峰っちの?」


しゃっくり上げながら言った後に変な質問をしたと後悔した。迷惑って顔されるかな。


「ふはっ、なんだそれ。でも、そーだな。今からお前は俺ので決まりだ。俺もお前のになってやってもいいぜ」


お望みならば、ふざけてそう言うと青峰っちは手を伸ばして俺の涙をすくいとった。「こんなに泣きやがって。目腫れちまうぞ」聞いたこともない優しい声色に頭がガンガンするほど幸せが押し寄せる。触っていいの、甘えていいの、青峰っちが俺を呼んだら駆け寄っていいの、わがままも言っていいの、俺アンタを好きで良かった。


「青峰、っちぃ…」

「なんだ?」

「俺胸ないっスよ」

「知ってるっつの。てめえが居るなら、おっぱいはいらねえ」

「…隣、歩いていいんスか」

「おー好きなとこ歩け」

「俺重いっスよ、多分思ってるより青峰っちのこと大好きっスよ」

「そりゃいいじゃねえか」

「ヤキモチやくし」

「俺もやくだろーな」

「すぐに会いたくなるし」

「そんときは電話しろ。夜は一人でふらふらすんじゃねえぞ」

「もっ、青峰っちが好きで、仕方なくなるっスよ……!」

「また泣く。良いことじゃねーか。つか俺以外好きになんじゃねーぞ」


青峰っちは、ため息をついて俺を抱き寄せた。なだめるように背中を叩く手がやっぱり優しくてでも暖かくて、夢じゃないと思い知らされた。


「黄瀬ぇ。知らないと思うけどな、俺はてめえがバスケ部に入ってきた時からひまわりみてえだなって思ってたんだよ」


えっ、青峰っちの肩に預けていた頭を思わず上げようとすると、素早く押さえつけられた。


「恥ずかしいから、そのまま聞いとけ。だから、俺がイライラしてた時も、てめえ見たらなんつーか晴れた気分になったんだよ」


ありがとな。
頭を撫でられながら呟かれた言葉に驚いて、そして、大泣きした。
俺、青峰っちの世界に色をつけてたんスね。少しはお返しできてたんスね。良かった、君がいつも一人じゃなくて。


「知ってるか?青と黄色はまるっきり反対の色なんだってよ。だから一緒にいるとお互いが映えるんだと。 分かっただろ、一緒にいるべきなんだよ」


耳元で囁かれた甘い蜜は俺をどろどろに溶かす。もう二度とこの人から離れられないと悟った。





桜の樹の下には死体が埋まってゐる


(心臓をにぎりつぶして欲しいと願っていた日々の俺よ、さようなら)




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20121109





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