(臨也視点)



青い空が広がる日は尚更君のことが嫌いになる。


「いぃざぁぁやぁあああ!!!今日こそぶっ殺してやる!」

「シズちゃんたら朝っぱらから物騒だねー!」

あの化け物が片手で投げた教壇を軽々避けながら、俺は屋上へと続く非常階段へと走った。



珍しいことに俺より早く登校していたらしいシズちゃんは、律儀に靴箱で待ち伏せまでしてくれていた。ああ見えて意外と真面目な奴である。
なんだってそんなに怒ってるのかな?と今回は本当に身に覚えがなかったプラス「いつ」やった「どの」嫌がらせで怒っているのか検討もつかなかったので、あいつが大嫌いな優しい笑みと冷たい声で問いかけると、ずずいっと俺の眼前に何かを突き出した。

「…手紙……?」

「てめえが仕掛けたんだろうが!今度は何考えてやる!!靴箱の中に入れるとかこった真似しやがってよぉ…」

靴箱ね、ふーん……ラブレターか。俺は毎日といっていい程の頻度で貰っているが、シズちゃんは初めてなんだろう。
今にも人1人くらい殺気で消せそうなシズちゃんは俺が近くにいるというのに、手も出してこない。よほどこのラブレター(多分)の真偽のほどが気になるらしい。

「さーあ?俺は知らないなぁ、情報は入ってきてないし今回に関してはマジで関係してないしね。まあ信じるか信じないかはシズちゃんの勝手だよ?でもさ、」

差出人不明のラブレターを奪った俺は、先ほどのお返しにシズちゃんの視界いっぱいにラブレターを写し出すよう、その紙切れを近づけた。

誠実な彼は、これが目の前にあるのに攻撃なんて出来やしないだろう。

「もし仮に俺の嫌がらせじゃないなら、この子が可哀想だよ。君みたいな化け物に可愛らしい愛情を注いだ人間の彼女がさ!」

これについては本当に何も知らないんだけどね。
と思ったがこいつにそこを強調する必要なんてないだろう。素直に俺の言うことを信じるとは思えない。

ビキビキと嫌が応にも聞き慣れた音が聞こえてきたので、そろそろ逃げるために、小さなクローバーのシールで封されたラブレターをシズちゃんの手に返してあげた。

「何はともあれ、読んでみればいいんじゃない?それ」

くいくいっと彼の手の中に所在なさげに収まったそれを指差した。常に俺が言ったことの正反対をつっ走る、が座右の銘のようなシズちゃんが少しだけ悩んだ顔をした。
気付かぬうちに一時間目は既に始まっていたようで、ざわめいていた靴箱は俺とアホ面下げたこいつの呼吸音しか聞こえなくなっていた。

「…それよりさ、相手の子はシズちゃんが文字読めないこと分かってるのかな?」

じーっと穴が開くほど手元の紙を見つめていた彼はゆっくりと俺に視線を移した。

にっこり笑ってシズちゃんを見ていると、ブチブチと幾分ビキビキより大きな音が鳴った。さっきまで宝物のように扱っていたラブレターを握り潰して俺に向かってロッカーを投げ飛ばしてくる姿を見てホッとした。…正直のところ。読んでみればと提案したのは自分のはずなのに。




そこで冒頭に戻るというわけである。
もちろん屋上というベタな場所に居てあいつに見つからないわけがないと分かっていたが、今は元気に跳ね回る気にはなれなかった。

勝手に作った合鍵で錠を外し、重い鉄の扉を開くと晴天が広がった。
雲さえないどこまでも広がる青が、網膜いっぱいに存在を主張する。

嫌いだ。青空が、じゃない。
青空を見ると女のような情けない思考をしてしまう自分が。


ゆっくりドアを閉めると、すぐ側の壁に背中を預けてずるずると座り込んだ。

今日は本当に疲れた。

無意識に大きなため息が零れた。

シズちゃんがラブレター、貰った。


その事実だけが頭を支配して、冷静な考えなど浮かんでこない。
今すぐにでもシズちゃんが俺を殴りにドアを開けるかもしれないのに鍵は親切にも開け放したままだ。


いつかこんなことになるとは覚悟してた。

意外とかっこいいよね、放課後女子が集まって話しているのを見かけたことがある。

意外と優しいよね、シズちゃんに荷物を持ってもらった後の女子がこわばっていた頬を赤く染めてそう友達に報告していた。

意外と可愛いよね、いちご牛乳のパックをストローで飲んでいるシズちゃんを見て先輩は笑った。

意外と、意外と、意外と


彼が自分で思っているよりずっと、周りは「彼のことが好きになれる」と仄かな信号を発していた。それが、たまたま彼に届いた。それだけだ。


シズちゃんがかっこいいなんて俺が一番知ってる。シズちゃんが優しいことくらいあいつらよりずっと前から知っていた。シズちゃんの可愛いところは俺が一番身近で見ていた。

でも俺は女じゃない。

柔らかな胸の膨らみも、ふるりと揺れる唇も、程よい肉付きの太ももも持っていない。それどころか股間にはシズちゃんと同じものがついている。


笑えるじゃないか、俺は入学式で会ったその時からシズちゃんに惚れていたんだ。


はぁ、もう一度吐いたため息につられて涙が零れそうだった。

「シズちゃん、付き合うのかな。……ありうる」

人に嫌われ怖がられた。高校になってから、そう仕向けたのは俺だけど。
愛情も人の体温の高さも、シズちゃんには、喉から手が出るほど欲しいもの。

どこまでも広がる青を見ると、まるでシズちゃんの未来を見ている気持ちになる。
これからの可能性なんていくらでもある。結婚して家族を持つことだって出来るだろう。


そこに俺はいない。


ならば、隣に立てる今のうちに、君の心をズタズタにする。どんなに幸せになっても俺を忘れさせはしない。

だって俺はきっと、一生シズちゃんのことを忘れられないから。


「俺からの手紙だったら読んでもくれないくせに」

自嘲気味に笑って鼻から息が漏れる。代わりに今まで青空と一緒にいた空気を吸ってむせそうになった。

「シズちゃんなんか、」


風が前髪を揺らして、衝撃で鼻の奥がつんとした。



チョコレート漬けの窒息死
(このまま息が止まった方がまだ楽だ)





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20121028





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