3
バンと言う音とともに店内から戸惑いと剣幕な気配が消えたのを見計らってぱちりと目を覚ます。軽くため息を吐きながら起き上がり埃を払う。
「みなさんぐっすりですねえ……」
眼前には爆睡する双蓮たち。酒の助けもあったのだろう、みんなすやすやと気持ちよさそうに眠っている。念のため呼吸と脈を確かめてから外の様子をこっそり伺った。
八百鼡さんが本気で殺しにかかっているが、それにしてはあまりに可愛らしい攻撃。さすがの八戒も相手が女性とあってか下手に出れないようで躱すばかり。
薬の配慮からわかるとおり、彼女はあまりに人殺しに向いていないと思ってしまう。
「あんなの、自分にはただのお香にしかなりませんよ」
それでもまだ見ぬ紅孩児という主に心酔し、忠誠を使っているところは何とも健気で美しく、自己中心な自分には到底真似できない。例え世界がひっくり返ったとしても無理だろう。
「さて、彼女は八戒に任せてそろそろ“おねむ”さんたちを起こしますかね」
名前を呼びながら揺り起こせば簡単に目を覚ます。
「あれ水櫁……?」
まだ眠たそうに目を擦る双蓮。自分もさもたった今起きましたよという体でさらに三蔵たちも起こす。
「詳細は省きますが、敵襲です。いま八戒が一人で戦っています」
全員の目が外に向く。
と言ってもちょうど八戒が武器を取り上げ、丸腰で向かい合っているところだった。
「……ク……こうなったら最後の手段です」
苦々しい表情を浮かべながら八百鼡さんは何かを取り出した。それは何かのスイッチのように見えた。
「本当はあまり被害を広めたくなかったのですが……その酒場に大きな爆薬を仕掛けておきました。このスイッチひとつで……!」
彼女の言葉に双蓮と悟空が「マジかよ!?」とまだ中にいる人たちを起こしにかかる。しかし彼女はやむを得ないと目をつぶりながらボタンを押した。
ところが酒場は爆発することなく、まだ寝ている人たちのいびきが広がっていた。
おかしいと思い、八百鼡さんが何度も起爆スイッチを押してみるが、酒場はぴくりとも反応しなかった。
すると八戒が少し申し訳なさそうに後頭部を撫でながらあるものを取り出した。
「えーと、コレのことですか?」
持っていたのは八百鼡さんが酒場に仕掛けたはずの爆薬だ。いつの間に見つけたんですか八戒。
最終手段も見事失敗に終わってしまった八百鼡さんは完敗と言わんばかりにその場に座り込んでしまった。人のいい八戒はつい目線を合わせるようにしゃがむと命を狙われていたのにも関わらず彼女を気遣い、手を差し出す。
「――触らないで!!」
しかし彼女はその手を振り払った。
「八百鼡さ……」
「敗北した上……敵に情けをかけられたなど、私はもう紅孩児様の許へ帰る資格が無い!」
大きな瞳からこぼれ落ちる涙とともに彼女は意を決して後ろに差していた短刀を引き抜いた。
「――もはやこの命など必要ない……!!」
いままで余裕のあった八戒の顔が一気に暗転する。咄嗟に駆け寄ろうとするが、どうにも様子がおかしい。まるで魔法にかけられたようにぴくりとも動こうとしない八戒。何かを恐れているような、脅えているような。
「やめ……!!」
鋭い短剣が彼女の細く柔い喉を突き刺そうとしたとき、突如赤い突風が2人を包み込んだ。自然発生したものではないそれに2人の姿が見えなくなる。
風が止んだとき、青い空に映える長い赤髪を靡かせたひとりの男が彼女を抱いて飛んでいた。
「――こ、紅孩児様……!」
八百鼡の一言により自分含め、全員が反応し、臨戦態勢を取った。
紅孩児様とやらは優雅に酒場の屋根に着陸すると「三蔵一行だな?」と重々しく口を開く。
石林での一件以来、どんな男なのだろうとあれやこれやと想像していたが、それよりもずっと若く、多くの妖怪を従えるだけの威厳とカリスマ性を持ち合わせていた。そしてイケメンだ。
「――我が部下を引取りに来た。用件はそれだけだ」
「ハッ、なるほど真打、王子様の登場ってところか」
珍しく挑発に回る双蓮の言葉にも一切耳を貸さない。
「そんな安い挑発に乗ると思うか。誰だか知らんが、女ども、貴様らも玄奘三蔵に荷担するなら容赦はしないぞ」
赤い眼を光らせながら自分と双蓮を睨んだ。
「まあいい。貴様らはとはいずれ又会うだろう。その時まで命を大事にしておくことだな」
八百鼡さんを優しく下ろし、それだけ一方的に告げて去ろうとするが、予期せず出会えた親玉をみすみす逃がすわけにはいかない。悟空が許さなかった。
「――待てよ!! せっかく来たんだから……エンリョしねーで遊んで行けって!!」
瞬時に如意棒を召喚し殴りにかかるが、
「開」
紅孩児の左手から生まれた炎が渦となり、悟空をいとも簡単に押し返した。
「おい悟空!!」
「悟空!!」
八戒と双蓮が叫ぶ。追撃を恐れて悟浄が舌打ちをしつつもフォローに入る。派手に錫杖を振り回して錯乱を図ろうとしたが、片手どころか指二本であっさりと止められ、地に落ちた音が虚しく響く。
いままで出会ったことない格上相手にさすがの悟浄も自嘲の笑みを浮かべた。
「今度は俺の番か?」
そう言って詠唱を始める紅孩児。咄嗟に八戒が防壁を張るが、力はほぼ拮抗していた。あと一歩、防壁が破られる手前で動こうとしたとき、隣にいたはずの三蔵と双蓮が仲良く紅孩児の背後を取っていた。
「そこまでだ」
と第一声まで揃えて。どうやって登ったかは知らないですけど、よくもまあ。
それは紅孩児も思ったようで素直に「よく登ってきたな」と言う。
「おかげで無駄な労力を使った」
「ついでに服も汚れた」
いつも口では争いが絶えない2人ですけど、実は仲いいですよね。
「ずい分派手なご挨拶をどーも」
「例えふたりがかりでもそんな銃(モノ)じゃ俺は殺せん」
「それくらい見てりゃわかるよ。――あんたには聞きたいことが山程あるんだ」
「情報を吐かすのにわざわざ殺す必要もないからぴったりだろ、王子様?」
表情ひとつかえない三蔵とは対照的に双蓮はニヒルな笑みを浮かべた。
「生憎だが日を改めて出直すとしよう。この界隈で戦うと民家を巻き込みかねん。今迄の部下の非礼は詫びておこう――だが、貴様らが我々の計画を阻む限り、必ず貴様らを抹消させてもらう」
「人づきあいは苦手なんでな、手短に願いたいもんだ」
「同感だ」と一言残して紅孩児たちは自分たちの前からあっさりと姿を消した。結局自分の出番はなかったなとちょっと胸をなでおろした。
そういえば悟空は大丈夫でしょうか。圧倒的な力の差の前に凹んでないといいんですけど。
しかし自分の心配は杞憂だったようで、凹むどころか、強敵出現で完全にやる気スイッチオンになっていた。ああ、ああ、顔に血がにじんでるのに何てまっすぐな目なんでしょう。
三蔵たちも思うことは一緒のようで四人だが、三者三様だ。
「ま、オレ的にもカッコ悪ィままは御免だけど」
「しかし結局何も聞き出せずじまいだな」
有力な情報は何も得られなかったが、八戒が異を唱える。
曰く、紅孩児がいかに妖怪たちの中でカリスマ的存在である理由が。
「八百鼡さんは、いままでただ数撃てば当たるというような妖怪たちとは違ってわざわざ自身を危険に晒してまで取り返しに来るとは、よほど大切な部下なんでしょうね」
まさかコレだったりして、とわざとらしく小指を立てれば悟浄が「いやぁそれはねーだろ」と笑い返してくれた。「そうだとしても彼女の片思いだろ〜」とも。
「まあなんにせよ、避けては通れない道だな」
「……だな」
「次会った時はぜってぇ負けねえからな!」
「おーおーおさるちゃんはやる気があっていいねェ」
「コラ悟浄。茶化さない」
「いいじゃないですか。元気があるってことは素晴らしいことなんですから」
退屈しのぎにお供した旅ですが、ますます楽しくなりそうですね。
「みなさんぐっすりですねえ……」
眼前には爆睡する双蓮たち。酒の助けもあったのだろう、みんなすやすやと気持ちよさそうに眠っている。念のため呼吸と脈を確かめてから外の様子をこっそり伺った。
八百鼡さんが本気で殺しにかかっているが、それにしてはあまりに可愛らしい攻撃。さすがの八戒も相手が女性とあってか下手に出れないようで躱すばかり。
薬の配慮からわかるとおり、彼女はあまりに人殺しに向いていないと思ってしまう。
「あんなの、自分にはただのお香にしかなりませんよ」
それでもまだ見ぬ紅孩児という主に心酔し、忠誠を使っているところは何とも健気で美しく、自己中心な自分には到底真似できない。例え世界がひっくり返ったとしても無理だろう。
「さて、彼女は八戒に任せてそろそろ“おねむ”さんたちを起こしますかね」
名前を呼びながら揺り起こせば簡単に目を覚ます。
「あれ水櫁……?」
まだ眠たそうに目を擦る双蓮。自分もさもたった今起きましたよという体でさらに三蔵たちも起こす。
「詳細は省きますが、敵襲です。いま八戒が一人で戦っています」
全員の目が外に向く。
と言ってもちょうど八戒が武器を取り上げ、丸腰で向かい合っているところだった。
「……ク……こうなったら最後の手段です」
苦々しい表情を浮かべながら八百鼡さんは何かを取り出した。それは何かのスイッチのように見えた。
「本当はあまり被害を広めたくなかったのですが……その酒場に大きな爆薬を仕掛けておきました。このスイッチひとつで……!」
彼女の言葉に双蓮と悟空が「マジかよ!?」とまだ中にいる人たちを起こしにかかる。しかし彼女はやむを得ないと目をつぶりながらボタンを押した。
ところが酒場は爆発することなく、まだ寝ている人たちのいびきが広がっていた。
おかしいと思い、八百鼡さんが何度も起爆スイッチを押してみるが、酒場はぴくりとも反応しなかった。
すると八戒が少し申し訳なさそうに後頭部を撫でながらあるものを取り出した。
「えーと、コレのことですか?」
持っていたのは八百鼡さんが酒場に仕掛けたはずの爆薬だ。いつの間に見つけたんですか八戒。
最終手段も見事失敗に終わってしまった八百鼡さんは完敗と言わんばかりにその場に座り込んでしまった。人のいい八戒はつい目線を合わせるようにしゃがむと命を狙われていたのにも関わらず彼女を気遣い、手を差し出す。
「――触らないで!!」
しかし彼女はその手を振り払った。
「八百鼡さ……」
「敗北した上……敵に情けをかけられたなど、私はもう紅孩児様の許へ帰る資格が無い!」
大きな瞳からこぼれ落ちる涙とともに彼女は意を決して後ろに差していた短刀を引き抜いた。
「――もはやこの命など必要ない……!!」
いままで余裕のあった八戒の顔が一気に暗転する。咄嗟に駆け寄ろうとするが、どうにも様子がおかしい。まるで魔法にかけられたようにぴくりとも動こうとしない八戒。何かを恐れているような、脅えているような。
「やめ……!!」
鋭い短剣が彼女の細く柔い喉を突き刺そうとしたとき、突如赤い突風が2人を包み込んだ。自然発生したものではないそれに2人の姿が見えなくなる。
風が止んだとき、青い空に映える長い赤髪を靡かせたひとりの男が彼女を抱いて飛んでいた。
「――こ、紅孩児様……!」
八百鼡の一言により自分含め、全員が反応し、臨戦態勢を取った。
紅孩児様とやらは優雅に酒場の屋根に着陸すると「三蔵一行だな?」と重々しく口を開く。
石林での一件以来、どんな男なのだろうとあれやこれやと想像していたが、それよりもずっと若く、多くの妖怪を従えるだけの威厳とカリスマ性を持ち合わせていた。そしてイケメンだ。
「――我が部下を引取りに来た。用件はそれだけだ」
「ハッ、なるほど真打、王子様の登場ってところか」
珍しく挑発に回る双蓮の言葉にも一切耳を貸さない。
「そんな安い挑発に乗ると思うか。誰だか知らんが、女ども、貴様らも玄奘三蔵に荷担するなら容赦はしないぞ」
赤い眼を光らせながら自分と双蓮を睨んだ。
「まあいい。貴様らはとはいずれ又会うだろう。その時まで命を大事にしておくことだな」
八百鼡さんを優しく下ろし、それだけ一方的に告げて去ろうとするが、予期せず出会えた親玉をみすみす逃がすわけにはいかない。悟空が許さなかった。
「――待てよ!! せっかく来たんだから……エンリョしねーで遊んで行けって!!」
瞬時に如意棒を召喚し殴りにかかるが、
「開」
紅孩児の左手から生まれた炎が渦となり、悟空をいとも簡単に押し返した。
「おい悟空!!」
「悟空!!」
八戒と双蓮が叫ぶ。追撃を恐れて悟浄が舌打ちをしつつもフォローに入る。派手に錫杖を振り回して錯乱を図ろうとしたが、片手どころか指二本であっさりと止められ、地に落ちた音が虚しく響く。
いままで出会ったことない格上相手にさすがの悟浄も自嘲の笑みを浮かべた。
「今度は俺の番か?」
そう言って詠唱を始める紅孩児。咄嗟に八戒が防壁を張るが、力はほぼ拮抗していた。あと一歩、防壁が破られる手前で動こうとしたとき、隣にいたはずの三蔵と双蓮が仲良く紅孩児の背後を取っていた。
「そこまでだ」
と第一声まで揃えて。どうやって登ったかは知らないですけど、よくもまあ。
それは紅孩児も思ったようで素直に「よく登ってきたな」と言う。
「おかげで無駄な労力を使った」
「ついでに服も汚れた」
いつも口では争いが絶えない2人ですけど、実は仲いいですよね。
「ずい分派手なご挨拶をどーも」
「例えふたりがかりでもそんな銃(モノ)じゃ俺は殺せん」
「それくらい見てりゃわかるよ。――あんたには聞きたいことが山程あるんだ」
「情報を吐かすのにわざわざ殺す必要もないからぴったりだろ、王子様?」
表情ひとつかえない三蔵とは対照的に双蓮はニヒルな笑みを浮かべた。
「生憎だが日を改めて出直すとしよう。この界隈で戦うと民家を巻き込みかねん。今迄の部下の非礼は詫びておこう――だが、貴様らが我々の計画を阻む限り、必ず貴様らを抹消させてもらう」
「人づきあいは苦手なんでな、手短に願いたいもんだ」
「同感だ」と一言残して紅孩児たちは自分たちの前からあっさりと姿を消した。結局自分の出番はなかったなとちょっと胸をなでおろした。
そういえば悟空は大丈夫でしょうか。圧倒的な力の差の前に凹んでないといいんですけど。
しかし自分の心配は杞憂だったようで、凹むどころか、強敵出現で完全にやる気スイッチオンになっていた。ああ、ああ、顔に血がにじんでるのに何てまっすぐな目なんでしょう。
三蔵たちも思うことは一緒のようで四人だが、三者三様だ。
「ま、オレ的にもカッコ悪ィままは御免だけど」
「しかし結局何も聞き出せずじまいだな」
有力な情報は何も得られなかったが、八戒が異を唱える。
曰く、紅孩児がいかに妖怪たちの中でカリスマ的存在である理由が。
「八百鼡さんは、いままでただ数撃てば当たるというような妖怪たちとは違ってわざわざ自身を危険に晒してまで取り返しに来るとは、よほど大切な部下なんでしょうね」
まさかコレだったりして、とわざとらしく小指を立てれば悟浄が「いやぁそれはねーだろ」と笑い返してくれた。「そうだとしても彼女の片思いだろ〜」とも。
「まあなんにせよ、避けては通れない道だな」
「……だな」
「次会った時はぜってぇ負けねえからな!」
「おーおーおさるちゃんはやる気があっていいねェ」
「コラ悟浄。茶化さない」
「いいじゃないですか。元気があるってことは素晴らしいことなんですから」
退屈しのぎにお供した旅ですが、ますます楽しくなりそうですね。