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 最初の茄陳の街から石林、それから旬麗と別れ、三蔵一行はさらに西へ進む。
 今日は天気もよく、髪をすり抜ける風は爽やかだ。

「なあ、水櫁、もうそろそろか?」
「そうですね。もう少ししたら小さいですが町が見えてくるでしょう」

 片手で双蓮の胴に腕を回し、もう片方で懐から出した地図を確認する。それから太陽と見比べて「まあお昼時には着けますよ」と言った。

「ほらほらみなさん、寝てないでそろそろ起きたらどうです?」
「えっご飯!?」

 誰もご飯とは言っていないが、いの一番に反応したのは悟空だ。

「えっえっ飯どこ!? 飯は!?」
「ぶぁあか!! まだだっつってんだろ」
「え、飯の時間じゃないのか。……飯ぃ……」

 ご飯に悟空の顔が咲いたかと思えば、すぐに萎んでしまった。
 コロコロと表情が変わる悟空に水櫁が「大丈夫です。もうすぐですから」と慰める。

「どこかの猿じゃねえけど、さすがの俺でも腹ペコだわ」
「さすがに朝缶詰一つじゃ持たねえしな」

 朝、なかなか起きてこない双蓮、悟浄、三蔵たちは、先に起きていた八戒の「今日の朝ごはんは早い者勝ちにしましょうか」と言ってしまったため、慌てて起き上がったもののそこにはすでに空になった缶詰がほとんどで、食べられるものはほんの少ししか残ってなかった。

「それは素直に起きないみなさんが悪いんですよ? ねえ?」
「そうですよ。こういう不規則な生活だからこそしっかりしなければなりません」
「説教は勘弁して……」

 双蓮の声は今にも力尽きそうなほど小さかった。



 水櫁の見立てとおり、お昼には小さいが、町についた。
 先に宿の予約を、と言うはずだったが、お腹が減った大きな子供3人があまりに駄々を捏ねるので、先に昼食を済ますことになった。
 このあたりで食事ができそうなのは酒場が1つしかなかったが、中に入れば小さいながらも町民たちで溢れていてとても賑やかだった。
 6人で囲むには少し小さいテーブルに付き、さっそくメニューを開く。

「うほほおお! 美味そう!! 全部食いてえ!!」
「全部はやめろ」
「見た目中華っぽかったが、結構なんでもあるんじゃねえか」
「あっ、串物あるじゃないですか! どうしよう日本酒も頼もうかな」
「真昼間からはやめろ……」

 ガヤガヤと店の喧騒に紛れながらメニューを吟味してると、ぴくりと悟浄がメニューから目を離した。つられて双蓮も悟浄の真似をする。
 二人の視線の先には、女性店員にセクハラを働く呑んだくれた男がいた。
 はっきりとは聞こえないが、何か揉めているのは確かで、さらに女性店員に手を出そうとしていた。
 
「この今誰も灰皿使わねえよな?」

 メニューに集中してる3人の耳には入らなかったが、双蓮は「ああ」と短く答えた。

「そぉら、よっと」

 フリスビーの要領で安いステンレス製の灰皿を投げた。一拍置いてからカァン! と甲高い音とともにセクハラしていた男のこめかみにクリーンヒット。
 鮮やかなそれに双蓮は「ナイスシュー」と思わず口笛を吹いた。
 灰皿に気づいた店員が振り向くが、その頃には水櫁に「双蓮は何にします?」とメニューに意識を向けていた。

「じゃあコレとコレと……」
「ビール2本な」
「じゃあ自分も芋焼酎を」
「お前ら真昼間から酒かよ。あ、アタシ天津飯と坦々麺な」
「モツ焼きモツ焼きっ」
「野菜を食え野菜を」

 あれやこれやと自分が好きなものをバラバラに言っていく協調性のなさ。しかし誰も突っ込むことはない。
 その後ろでは先ほどのセクハラ男が灰皿をぶつけた犯人を探しているが、悟浄と双蓮の耳に入ることはなかった。

「あ、ここ店員呼ぶボタンないんですね……」
「なんで残念そうな顔してんだ、ガキか」
「えーほら、バスの降車ボタンとか押したくなりません?」
「ないな」

 くだらない会話をしている間に悟空が店員を呼んだ。
 各々好きなもの矢継ぎ早に言っていき、結局メニューに載ってるものの8割強を頼むことになり、その量は伝票3枚を超えた。

「――じゃ注文は以上で」

 ようやく全て書き終えた店員が席を離れようとしたとき、悟浄が灰皿を追加した。
 虚を突かれたように一瞬店員の顔から表情が消えたが、すぐに「すみません、いまお持ちします」と笑顔を取り戻して離れていった。
 店員が立ち去ったのを確認すると、三蔵はテーブルを囲んでる5人だけに聞こえるように「……どう思う?」と言った。

「どうって? 何が」
「あ、さっきの店員さんですか? 確かに結構な美人さんですし、出るとこ出てるナイスバ――っだあ!!」
「てめえもさっきのセクハラジジイと一緒か!!」
「失礼な!! いくら美人でも手ェ出すなんてもってのほかです!! 正々堂々正面から口説くにきまっ――あ゛いっ!! 暴力反対!!」

 三蔵と悟浄&悟空のやりとりも大概だが、水櫁と双蓮の漫才も大概である。
 仕切り直すようにわざとらしい咳払いをしてから三蔵は本題に移す。

「俺達が長安を発って今日で一月になる。倒した妖怪は星の数。そのほとんどが『紅孩児』が送り込んだ刺客だ。その『紅孩児』が牛魔王の息子なのはわかる。――しかし、本来はだれの指示にも従わないはずの妖怪達が自害に至るまでの忠誠を誓うとはな……」

 脳裏によぎるは、石林での一件。

「ここしばらく静かだったからな。そろそろ又何かしら攻撃をしかけてくるだろう」
「……結局僕らはまだ何も知らないんですよね。牛魔王蘇生実験の目的も、それを操るのが何者なのかも――」

 石林以降も幾度となく妖怪の襲撃を受けてきたが、誰ひとりとして『紅孩児』の素性や蘇生実験の詳細を口にすることはなかった。
 珍しく全員が真剣な表情をしていたが、ふと鼻腔をくすぐるような匂いがしてきたかと思うと、

「――あのぅ、ご注文のしなですぅ」

 と、出来立てでまだ湯気が立ち上る料理を運んできた店員に全てをひっくり返された。
 食欲に忠実な悟空と空気を読めない水櫁は「わーい」「待ってましたー!」と手放しで喜んだ。

「――ま、腹が減ってちゃ戦もできねってか」
「悔しいが、その通りだな」
「その様ですね」
「やれやれ……」

 運ばれてきた料理にさっそく手を付ける。一番乗りと言わんばかりに悟空が小龍包を一口で食べようとしたとき、再び店員の彼女に魔の手が忍び寄る。

「きゃあッ!!」

 思わず手を止めて彼女のほうを見ると、そこにはやはり先ほどの男が馴れ馴れしく絡んでいた。
 見かねた悟浄がさらりと口を出す。

「あーあ、オッサン下手だよ、女の扱い方がさ」

 あえて煽るような言い草に当然男は黙っていない。

「何だと若僧がァすっこんでろ!!」
「おー? まーた灰皿喰らいたいワケェ?」

 しかもわざとらしく頭に指をおいて「カコーン! てな」というジェスチャー付き。

「てめェかさっきのは!?」

 男の頭の中はすっかり悟浄への怒りでいっぱいになり、その腹いせに悟浄たちが囲っていたテーブルを蹴り倒した。彼女が運んできた料理は派手な音を立てて床に飛び散る。

「何てことするの!!」

 彼女が声を荒げるが、その前に悟空が立ちはだかる。

「てめえっっやっちゃイケねェことやったな!!? 絶対許さねエッ!!」

 食べ物の恨みは恐ろしい。せっかくの料理を台無しにされた悟空の怒りは男のもの以上だった。
 相手は一般人にも関わらず、妖怪と同じように羽交い締めを決めたり、蹴りを入れる。店内の喧嘩に自然と視線が集まる。

「オイ妖怪どころか人間とまで争ってどーする」
「血気さかんですねェ」

 三蔵、八戒はある意味通常運転の悟浄、悟空にため息を吐く。一方、双蓮は被害が飛び火しないように離れたところから野次を入れていた。水櫁は床に溢れ散った芋焼酎の徳利を惜しそうにつついている。

「飛さんやめとくれよ! 店がボロボロになっちまうっ!!」

 ようやく店長が喧嘩の仲裁に入る。男はなかなか言うことを聞かない。

「勝負をつけたきゃいつものヤツにすればいいじゃないか! な?」
「いつもの勝負ぅ? 何だそりゃ」
「酒場の男の勝負といやあ決まってんじゃねーか」

 てっきり麻雀や早撃ちだと思い込んでいた悟浄に男はようやく自分に運が向いてきたと言わんばかりにあるものを取り出した。

「飲み比べよ」

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