ある日の酒盛り

※若干19巻のネタバレ、メタ発言(中の人の代弁)があります。
※原作キャラ同士の恋愛(片想い要素あり)。
※中の人は自分自身に対して原作至上主義(過激派)です。
※若干『戦力外通告』の話に触れてます。


「あ〜〜〜〜〜もうだからやめとけって思ってたのに!!」

 今日は21歳限定の忘年会。普段は隊内、もしくは支部内での交流がメインだが、たまには同年代ならでは、もしくは後輩には聞かれたくないような話をするために定期的にひっそりと行われている。
 伊吹は空のグラスを片手に個室の壁を見るように決して広くないテーブルに突っ伏していた。向かいの席では木崎がメニューを開き、本部組の風間や諏訪、寺島が好みそうな軽いツマミを探していた。

「ちょっとレイジ聞いてる?」
「ああ」と生返事。
「くっそ、それ聞いてないよね!?」

 聞いてないわけではないが、真面目とは言えない。しかしこれ以上雑な扱いをしていると悪化するだけなので「聞いてるぞ」とメニューを畳んだ。少し伊吹の機嫌は良くなった。

「わりとありがちな名前だよなぁとは思ってたのよ。そりゃ表に出なかっただけで結構昔から決まってた名前だけどさぁ。それにしたって他にもっと別のがあったと思わない?」
「だからといってこう愚痴ったところでどうにもならないだろ」
「そ、う、な、ん、だ、け、ど!!」

 がたんと腰を浮かす。それから普段は滅多に吐かないため息をひとつ。もともとこんな風に荒れることもない。この会限定で見られる伊吹で、もちろんそれを知っているのは会員のみ。

「まさか公式と名前が被るとは……」
「表記は違うがな」
「いやいやいや。表記が違うなんてもんじゃないよ。よりによって旧時代の子だよ? しかも黒塗り加えて黒トリの可能性だってあるし、もう申し訳なさしかない……」

「15歳以上ならいまからでも名前変更出来る……」「いやこっちが決まる以前に神の中で決まってたやつだよ」「いっそ自分の存在自体消えるしか」とぶつぶつ言いながらごつんと額を机につける。本当にメンタルが死んでいる。
 こんなことを言えるのも旧時代からの木崎だけで、この愚痴を受け止められるのも彼だけだ。木崎としては今ここで何を言っても無意味だと思っている。もちろん心配はしているが、いつもの寡黙さを貫き、自分の名づけ人への愚痴、いやもはや呪詛に近いものを聞くだけ。出来る筋肉の二つ名が光る。

「もう無理。人生緊急脱出(ベイルアウト)するしかない」

 そう呟いたところで個室の戸が開いた。

「おいおい、いきなり物騒なセリフだな」

 入ってきたのは諏訪。そしてその後ろには風間もいる。一番最初に聞いた言葉に、諏訪はもちろん普段は死んでいるとも言われている風間の表情筋も働き、あからさまに眉を寄せた。二人の合流に伊吹は先程よりはマシな顔を上げ、無関係な二人を巻き込むまいと「まあね」と話題を濁す。
 「そうか」とだけ言って風間は木崎、諏訪は伊吹の隣へ座る。木崎が先にツマミは頼んであるから飲み物を選んでくれとメニューを差し出す。
 荒れている伊吹を見て風間が「なんだもう飲み始めてるのか」と木崎に耳打ちをすると、「飲んでません〜ただのお水です〜」とずっと空だったグラスに小さな氷が音を立てながら水がくるんと渦を巻く。

「寺島はどうした。一緒じゃなかったのか?」
「アイツは今回パスだってよ。まあちょっとしたアクシデントに巻き込まれたらしい」
「ええ〜あのお腹が唯一の癒しだったのに……」

 諏訪は端に置かれた灰皿を手元に寄せ、煙草を吸い始める。今回の会はちょっと奮発したいい店なだけに不参加になってしまったことを寺島は酷く悔しがっていた。とはいえ、開発長の鬼怒田の命令に背くことはできない。彼には、今度なにか差し入れを持っていくかという話で終わった。



 風間の次に酒に弱い伊吹は、もともと荒れていたこともあってペースを考えず、乾杯してすぐに潰れた。

「まあ暴走しないだけマシだな」

 諏訪は冷えないように自身と伊吹の上着をかけてやる。
 以前、ボーダー成人限定で行われた飲み会では、いきなり「はーい! いっぱつげーやりまーす!」と立ち上がった。しかも酔った風間も一緒に。

「蒼也と〜」
「伊吹と〜」

 なんてお互いの名前を呼びながら。この時点でシラフの一部はサァとほどよく回ってきている酔いが冷め、既に飲まれた面々は「よっ待ってました〜!」などとはやし立てる。ちなみに主に悪乗りしていたのは諏訪をはじめ、冬島、太刀川、加古である。ちなみに加古はシラフだ。
 そんな周りの期待に飲み会はますます盛り上がりを見せる。
 どこから出したのか小学生ぶりに見る赤と白のリバーシブルになっている帽子を器用に形を整え、

「ウル○ラマン!!」

 前に風間、後ろに伊吹が例の帽子をかぶり、決めポーズ。帽子のゴムが顔を縦に分断し、新品なのか、若干顎に食い込みケツ顎状態。さらに伊吹に至っては銀のスプーンで両目を飾る。
 酔っ払いというものは箸を転がしただけで笑う生き物で、諏訪たち三人は腹を抱えて笑い転げる。加古はスマホを掲げ、連射モードのシャッター音が止まらない。東は「懐かしいなぁ」と普段と変わらない顔色でくつくつと笑い、寺島は「定番すぎる」なんて毒づくも顔は笑いを殺しきれていない。ほぼ最後の砦であった二宮は冷静になろうとお冷を小まめに飲むことで第一波は乗り切ったが、たった二人のチューチュートレインを前に腹筋が緊急脱出。
 と、まあ他にも彼らの暴走をあげると少なくとも2時間はくだらない。
 もちろんボーダー主力の中の主力を誇る者たち名誉のために、彼ら含む酒宴などの失敗は参加者全員に箝口令がしかれている。彼らを慕う後輩の夢を壊すわけにはいかない。

「しかしこいつがここまで荒れるなんて珍しいな」

 己の弱さを知っている風間は乾杯だけビールにし、今は烏龍茶で口を濡らしながら言う。

「確かになァ。決まって愚痴るのはレイジだもんな」
「あれは愚痴というより一種のノロケだろ」
「……否定はしない」と咳払いを一つ。

 言わずもがな同支部の支部長の某姪君のことである。いまはスカウト組と一緒に支部を離れているため愚痴の方が多いが。

「……まあ端的に言えば、自分の名前でこうなってる」

 当人が潰れてることをいいことに木崎は本質であり、当たり障りのないところだけを話す。

「名前だァ?」
「ああ」
「名前なんてものにこだわりなんてあったのか? あいつが隊を組むときだって『隊名なんてどうでもいいよ〜』と未城を名乗ることなど気にしてなかっただろう?」

 大抵隊名はその隊で一番実力がある者、または最年長の名前をつける。いまは草壁隊や玉狛第二の三雲隊が例外としてそう珍しくはないが、当時は杜隊ではなく、未城隊として登録されることが少し話題になった。ましてや隊長となる未城――紗世は戦闘員ですらなく、オペレーターと異様すぎた。

「……僕に出来るのはそれぐらいだったんだよ」

 ひくりとしゃっくりと一緒にコートの塊が動く。

「自分が使い物にならないってわかった瞬間、すーぐ身の振り方を決めた彼を縛るにはこれが一番だったんだ」

 不慮の事故により紗世のトリオン量、機能はほぼ完全に失われてしまった。その結果、彼は自らを使い捨ての実験用モルモットとしてボーダーの礎になろうとしていた。結局彼の思惑は城戸により見事切り捨てられたが。

「仮にもずっと一緒に戦って来てお互い信頼しあってたのに、自分に価値がないってなったらびっくりするほどの手のひら返し。僕がどんなに言っても彼は聞く耳を持たなかったし、ホント取り付く島がなかった。城戸さんのおかげでボーダーに残ることになったけど、ああ見えて頑固なところあるから、表向き納得したふりして手札が揃ったら絶対同じことを繰り返す。それが次いつくるかわからないし、それなら先手必勝。外堀を埋めるのが手っ取り早い。僕が出来る、僕だけが出来るのがそれぐらいしかなかっただけ」

 早い話、頑固でありながら真面目な彼の名前を隊名に使うことで、隊長としての責任という名の枷と重りで無理やりつなぎ止めた。そして伊吹の思惑通り、紗世はいまもボーダーに籍を置いている。加えてほとんど裏事情を知らない無垢な千莉と龍之介を隊員として迎えることでさらにそれを強固なものにした。

「どんな形であれ、もう誰かを失うのは嫌だ――って、なんだよいきなり!」
「今だけはお前のド自正論に敬意を示すべきだと思っただけだ」
「情がないやつだと思ってて悪かった」
「ホントな」

 三方から伸びた大きさの違う手に頭をわしゃわしゃとかき乱される。「やめてよ!」と抗議の言葉は撫で回すうちに絆されてまたぐぅと眠りに落ちた。

「これで喋るたびにキムチの臭いがしなければ、最高にいい話で終わったのにな」と諏訪が新しい煙草を咥える。
「全くだ」と風間は烏龍茶から運ばれてきたカルーアミルクに鞍替えする。
「まあたまにはこんな日があってもいいだろ」と木崎はキャベツとごま油のシンプルなつまみに手を付ける。

 今日の21歳組の酒宴は、晴れた夜空の下穏やかに続く。
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