同い年でしょう?

「あら、紗世くんじゃない?」
「あ、月見さん。こんにちは」

 正午過ぎからの防衛任務だが、次のランク戦のデータをまとめようと早めに本部に来ると、深槻支部で同業のオペレーターである紗世がラウンジにぽつんといた。朝一番の本部は人がおらず、とても静まり返っていた。

「珍しいわね。こんなに早くいるなんて」
「ちょっとトリガーのメンテナンスを無視してたら鬼怒田さんに怒られてしまって……」
「それはあなたが悪いわね」

 率直にそういえば、紗世は「返すお言葉もありません」と苦く笑った。
 オペレーターをやっている紗世だが、ボーダーに入った当初は太刀川や風間と並ぶほどの実力者だった。しかし不運なことに交通事故に遭い、下半身の自由を奪われ、それ以降オペレーターに転向した異色の経歴の持ち主だ。太刀川からすれば「別にトリオン体になれば関係なくない?」と言われたらしいが、「そういうわけにもいかないんです」と紗世は誤魔化した。
 支部内では特別にトリオン体での行動が許されているが、普段は車椅子で支部の最年長である伊吹の援助の元生活している。
 月見とは同じオペレーターとして彼女を師事していたこともある。紗世が深槻支部に転属になってもこうして本部で顔を合わせれば気にかけてくれる。

「月見さんこそ防衛任務にはまだ早くないですか?」
「ちょっとやることがあって」
「この間のランク戦のまとめですか?」
「ええ。冬島隊にコテンパにされたやつよ。柄にもなくちょっと悔しくなっちゃって」
「あれは完全に冬島さんの策に踊らされてましたね……」
「そうなのよ。通信まだ続いていたのに思わず『やられたわ!』って叫んじゃって現場の三輪くんたちに大きな動揺を与えちゃったのがさらにまずかったわ」

 いま思い出しても悔しいわ、と月見はため息をついた。

「それにしても紗世くん一人なのね?」
「来るときは伊吹さんも一緒だったんですけど、防衛任務上がりの諏訪さんに見つかるや否や隊室に連行されちゃいました」
「また麻雀ね……」

 おそらく一緒にその場にいるであろう自分の幼馴染の顔が浮かんだ。

「まあ帰りもあるのでそんなに長引かないとは思います」
「もし調整が終わっても戻ってこなかったら私に言いなさい。乗り込んであげるわ」
「い、いや月見さんにそんなことさせるわけには……」

 太刀川の幼馴染にだけあって、強かな月見の恐ろしさは古参や年長組には知れ渡っており、件の冬島やあろう事か師匠である東も頭が上がらない時もある。

「ところで、ひとつ聞いていいかしら?」
「なんですか?」
「紗世くんはどうして敬語なの? 私たちほぼ同期だし、何より同い年じゃない?」

 虚を突かれた質問に紗世は一瞬なんのことかわからず、ぽかんとしてしまった。

「なんで、でしょうね……?」
「あら、質問を質問で返さないでちょうだい」
「そう言われましても、なんというか」
「無自覚?」
「そうだと思います」
「迅くんや嵐山くん、柿崎くんにはタメなのに?」
「ほら、月見さんって大人っぽいじゃないですか」
「質問の答えになってないわ」

 何を言っても月見は鋭い切り返しでじりじりと紗世との距離を詰めていく。座っている紗世は動けず、気持ち体を後ろに反らすだけだ。

「伊吹さんに女性には優しくしろって言われてるんで……」
「それだけ?」
「それだけですよ」
「なんだつまらないわね」
「それはそれは……。ご期待に添えなくてすみません」
「年下でも?」
「それは普段のオペ会見てればわかるかと」

 そう言われてみると、月見をはじめとするオペレーターの集い(情報交換と言いつつ、ひたすらお茶飲んでお菓子食べるだけの女子会)での紗世の言動は柔らかく後輩ばかりでも常に敬語だ。

「それ、男女差別って言うのよ」
「えっ」
「なんてね。冗談よ、半分は」

 月見は整った笑みを浮かべ、紗世の下唇に人差し指を押し当てた。
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