02


「いくらお金がないからって食い逃げは良くないと思うのだよ、うん。ってか、ねえなら食うなよって。あ〜あ、なぁにやってんすかねェ、いい大人が食い逃げなんて〜。ヴァルハラの舎弟さんが悲しむぞ〜……えっと、銀太郎飴くんだっけ?」

「銀時だっつーの!! 何回言えばわかんの!?」
「あ〜そうそう銀時、銀時。時は金なり金時くん。うん、覚えた。銀河鉄道トリプルナインさんね」

 素なのかわざとなのか、一向に名前を覚えようとしないかの子にさすがの銀時も完全に白旗を上げるしかなかった。名前以外にもいくつか突っ込みたいところがあったが、かれこれ十数回似たようなことを繰り返しているため半ば諦めている。

「まあ、ここのお団子美味しいからお金なくてもついつい食べたくなる気持ちはわかるよ。うん、美味い美味い」

 銀時を店につきだしたあと、感激した店主がそのお礼としてこの店の看板メニューを無料サービスしてくれたのだ。ちょうど小腹の空いていたかの子は喜んでその好意に甘えた。
 たっぷりと粒あんの乗った団子を大きく一口。すっと串を引き抜けば、余った餡が口元に残るが、器用に舌で舐めとる。
 至福の表情を浮かべ、存分に団子を堪能するかの子を銀時はただただ恨めしそうに見つめていた。

「言っておくけど、そんな死んだ魚みたいな目で見たってあげないから。どうせならあと二、三回転生して一見地味だけど、実は笑うとそれはもう花が咲くようにって例えられるほどの前髪ぱっつん美少女になって出直して来な!!」
「ハードル高すぎるわ!!」
「じゃあ残念無念再来世で」

 かの子は見せびらかすようにわざと行儀悪く音を立てて次々団子を口へ放り込んでいくが、

「んぐっ!?」

 調子に乗ったら喉に詰まらせた。そんな彼女に「ざまあ!」と今度は銀時が嘲笑う番だった。しかし彼女の顔が見る見るうちに青ざめていくのにさすがにヤバイと一緒に出されていた茶を渡す。

「っぷはあ。死ぬかと思ったァ!」



「はあ〜美味しかった。お腹も膨れたし、オフザケはこのあたりにしてそろそろ本題に入りますかネッ。えっと、銀時さん。付き合ってくれるよね?」

 新しく淹れてもらったお茶で暖を取りながら言う。やっぱ全部わざとか、とこれ以上突っ込むとまた巫山戯だしそうだったので銀時は心の中で突っ込んだ。

「とりあえず自己紹介から行きまっしょうい。うちの名前は榎かの子」
「あーはいはい。くぁせふじこさんね。銀さんちゃんと覚え――」
 
 今まで散々コケにしてくれた仕返しだと、同じように巫山戯てやろうとしたが、

 ガッ。

「ア゛ア゛ア゛ア゛っテメェなんてことしやがる!? 銀さんの大切な銀さんが」

 テーブルの下から器用に男性の命と同じぐらい大事なところに正確無慈悲に一蹴された。

「もう一回言おうか銀時さん?」
「イエ、大丈夫です。かの子サンですね、ハイ」

 わかればよろしい、とかの子は姿勢を楽にする。

「はあ……それで?」
「ん? それでってなに?」
「あ、いやほら他にも言うことあるだろ。自分が何者で、どこ出身でとか」
「知らない」
「は?」
「どうやら記憶喪失っぽいようでして」

 衝撃的な告白をまるで井戸端会議のお母さんたちの軽いノリで言うかの子に銀時はぴたりと動きを止めた。

「え?」
「だから自分がどこで生まれて、どうしてここにいるか、全然わからない」
「じょうだ、」
「これはガチ。自分がどういう人間であるかとか好きなものとかは覚えてるけど、それ以外はさっぱり」
「マジかよ」

 うわあと顔を青くする銀時に対して当事者であるかの子は呑気に茶を啜る。

「あ、でも他にも覚えてることあるよ。人間関係、特別仲良かった友達のこととか。あと不思議なことにね、なんでかわからないけどここは“うちがいた世界じゃない”ってこととか」
「……どういうことだ?」

 急に銀時の顔が曇り始めた。

「えー……これ説明すんの面倒っていうか、うち自身あやふやでよくわかってないんだけど」

 と、ここでかの子の口が一度止まる。

「って、笑わないの?」
「あ? 何でだよ」
「だって普通に考えておかしいと思わない? というか、ぶっちゃけ周りから見れば頭お花畑薬中野郎の妄想としか思えない話なんて誰が聞きたいの?」
「自分で言うのかよ」
「事実だもん。で、なんで?」
「そりゃあ、俺の勝手だろ。俺が聞きたいんだから別にいいだろ」

 銀時の言葉にこの時初めてかの子のペースが崩れた。

「あんたって頭の中もくるくるパーなんだね!!」
「オイ」

 と、言いつつかの子は自分がいたであろう世界について覚えている限りのことを話した。

 それからかの子が何を覚えていて何を忘れているかを聞いた。
一通り話を聞き終えたところで銀時はどっかりと背もたれに全身を預けた。そして深い深いため息をつく。

「ったく何で立て続けに記憶喪失のガキと関わんなきゃなんねえんだよ……」

 ボソリと落ちた愚痴をしっかりと拾ったかの子は聞き直そうとするが、それは誰かの声にかき消された。

「坂田さん!!」

 銀時はもちろん、呼ばれてもないかの子まで声の主を見る。 そして呼ばれた銀時ではなく、かの子が立ち上がった。

「風香!!」

 そこにいたのはかの子がよく見知った人物がそこにいた。

「風香じゃん! うわあこんなところで会うなんて!! どういうわけかわかんないけど、風香だぁ!!」

 かの子は風香と呼ばれた少女に向かって突進すると、思いっきり抱きしめた。嬉しさのあまり頬を摺り寄せたり、頭を撫でたりとまさかの再会を喜んだ。
 しかし、感動の再会はあっけなく壊れる。

「あ、あの誰ですか……?」

 それはかの子の慣れ親しんだ声音ではなく、酷く怯えたものだった。
 え、と固まるかの子。

「風香……? 何言ってんの? うちだよ、かの子だよ。ほら中学一緒で、卒業後もよくみんなで遊んでたじゃん? あ、もしかしてドッキリ? んもう、久しぶりなんだからそんな回りくどいことしなくても〜」

「ねえ、ねえ、風香?」と言うかの子の声も目も今にも泣き出しそうだ。鬼気迫るかの子に風香は人違いだと逃げようとするも肩を掴む手に力が強く動けない。

「風香ってば!!」

 そのとき銀時が二人の間に入り、風香からかの子を引き剥がす。かの子はその拍子に尻餅をついた。

「……風香?」
「俺、さっき言ったろ『何で立て続けに記憶喪失のガキと関わんなきゃなんねえんだよ』って」
「じゃ、じゃあ言ってた子ってのはもしかして……」
「ああ、コイツだ」

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