01


トンネルを抜けるとそこは雪国であった。

「は?」

 と、別にトンネルを抜けたわけでも、その先が雪が織り成す銀世界でもない。それらとは全く違うけど、気分はまさにそうだった。
 目を開ければ、全く知らないところにいた。

「ほうぇあー、あむ、あい……?」

 中学英語さえ危ういのに思わずそんなことを口走ってしまうぐらい混乱していた。
 よく晴れた青空に乾いた土の匂いを運ぶ風。ここまではまだいい。まだ、いい。外に出れば、わりとよくあるから。
 問題なのは周囲の風景だ。

 昔修学旅行で行った時代劇パークのセットのような、某水戸黄門御一行様よろしくの平屋建て。しかし腐敗してきた木造のものもあれば、日に焼けて変色したコンクリート的なもので建てられたものもあってわりと現代にも通用そうな建物もある。
 と、思ったら視線のずっと先には超近未来的なとんでもなくでかいタワーとよく見れば空には飛行機よりもSF的なナニカかが飛んでいる。
過去と現在と未来をごった煮にしたテーマパークのよう。

 なんだこのミスマッチ感クソウケる!

 そして着物や袴を着た人々がそれぞれ思うがまま行き交う。何故そこだけ昔に統一されているのかというツッコミは知らない。時折奇形な目、物珍しいそうにこちらを見ていく人も。
 いまこの状況に置いて異端なのは自分だった。空気が読めないと散々言われるけど、この状況で、ここはどこ!? 私は誰!? という一人漫才をやるほどボケてはいない。
 
 ……いやマジで何これ。新手のドッキリデスカ。

 こういうのを動物園のパンダにでもなったようだというだろうな。

「……あ、痛い痛い痛い」

 物語の鉄則に従って頬を抓ってみたけど、当然のように痛覚はあり、目の前の景色が変わることはなかった。

「一体どうなんってんだこりゃ」

 困ったように頭を掻く。
……なんでこんなところに? ってか、いままで何してたんだっけ?

「あれ?」

 思い出そうとしてもただ頭が真っ白になるだけで、何も出てこない。物覚えがいい方とは言えないけど、それでも思い出せる範囲に限界があった。
 榎かの子、花の十代が終わりまでもう一年もない19歳。好きなものはスナック菓子、ポテチののり塩は至高。自分で言うのもなんだけど、友人は少なくて――

 と、その時だった。

「誰かそいつを捕まえてくれえええ!!」

 町中に若い男性の声が響き渡る。反射的に声のするほうへ視線を向けると、甘味と書かれた旗が揺らめく店から誰が弾けるように出てきた。
 店員の「食い逃げだあああ」という叫び声に周りの人達も食い逃げに釘付けになるが、我関せずと誰一人として動こうとはしない。

 なんて呑気にしていると食い逃げはすごい勢うちのすぐそこまで迫っていた。

「どけえええええ!!」
「誰か捕まえてくれええええ!!」

 悪人面の食い逃げと現状悲痛な甘味の店員の声が重なった。
 さてここで与えられた選択肢は2つ。
 一、避ける
 二、捕まえる
 
「どけっつってんだろオオオオオ!!」

 突っ込んできた食い逃げから避けるフリをして横にずれると、すかさず身を沈め、男の足が地面に着こうと体重の乗った瞬間を狙う。

「え」

 得意の足技で食い逃げのバランスを奪い、そのまま右肩を掴むと、

「糞がァ!!」

 そのまま華麗に一本背負いを決める。全くついていけない環境といくら頭をはたらかせてもどうでもいいことしか思い出せないストレスのせいか、いつもの3割増し増しだ。
 我ながら惚れ惚れするフォームにうっとりするような軌道のあとに脳内の審判が「一本!」とビシッと判定を下す。

 イライラもあるけど、うちはな、誰かに、しかも知りもしない奴に指図されんの嫌いなんだよ糞パーマ!!

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