38


「銀ちゃ〜ん電話ぁ〜電話なってるよぉ〜」

 万事屋に一昔前の甲高い呼び鈴が響き渡る。普段なら耳障りなそれを取るのは決まって新八の役目だったが、今日はお妙の買い物に行っており、誰も取る気配はない。神楽も定春の散歩に出ていていない。依然電話はけたたましく自身の存在を主張する。

「ああ? 俺いま取り込み中なのわかんねーの?」
「ジャンプ読んでるだけじゃん」
「そういうてめ〜こそ何やってんだよ」
「はあ? それこそ見てわかんない? 百人一首でトランプタワー作ってる」

 銀時はソファでだらしなく寝っころがり、ジャンプを離さない。部屋の奥に位置する銀時の机の上では、わざわざ椅子の上で三角座りしながらかの子が角が少し擦れて丸くなった百人一首をおそるおそる持ってはタワー三段ほどの建築を進めている。

「いや知らねーよ。つーか電話お前のほうが近いじゃねえか」
「はいい? ここまで来るのにどれだけかかったと思ってんの? 今更電話ごときに邪魔される筋合いはないんだけど」
「依頼の電話なんだから早く出ろよ。お前の給料にも直結すんだぞ」
「それそのままバッドで打ち返すね。銀ちゃんだって今月もうジリ貧なくせに」
「ほら早くしねえと切られちまうぞ」
「切られたらそこまでの意志だったってことでしょ。たわいもない」
「お前何様のつもりだよ」
「かの子様に決まってますけどぉ?」

 ジリジリと電話はふたりを呼び続ける。しかしどちらも動きはさらさらなく、ただただ無駄に耳が痛くなるだけだ。むしろふたりの間には謎の対抗意識が生まれており、電話に出たら負けだと思っている。あーだーこーだと言い合っていると、とうとう電話は本当に切れてしまった。

「あーあ。ほら逃げた魚はデカかったよ」
「出てもねーくせにそんなことわかるかよ」
「いーや、うちの勘は当たるからね。甘く見ないほうがいいよ」
「そう思うんなら出ろよ」
「うち電話嫌いなんだよね。だって相手の顔見れないし。あ、そう、あと何かあったとき殴れないじゃん?」
「いきなり蛮族か!?」
「まあさっきも言ったとおり、一度でないぐらいでやめるならその程度の――」

 再びけたたましく電話が鳴った。心なしか怒っているように先程よりも強く脳に直接刺すように鳴り響く。思わずふたりは顔を見合わせる。一瞬の緊張が走ったかと思うと、ふたりは重い腰をあげ、

「さいしょは」
「ぐー」
「じゃんけん」

 ぽんっ。



「大親友の坂田銀時くんと榎かの子さ……」
「いや」
「なんでだよ」

 沖田の両脇にいた銀時とかの子が示し合わせたように彼の頭を掴んでテーブルに叩きつけた。
 ジャンケンに敗北したかの子が渋々、そしてせっかく建設中の百人一首タワーを壊さぬようにそっと電話を取った相手は彼だった。かの子はハルでも探してるのかと思って話そうとしたが、そうでもないらしい。しかもいつもの食えない態度とは違い、どこかそわそわと口がもごもごととしていた。詳しく話を聞こうとすれば、詳しいことは会ってから話すからとごり押され、指定されたファミレスに来たふたりだった。
 そしていま見知らぬ儚げな女性を前に何故か『大親友』と嘘っぱちもいいところの紹介をされるのだった。

「オイいつから俺達友達になった」
「そうだよおっきーくん。いくらうちらの仲とはいえ、友達はどうかと思うよ」
「なにをおっしゃいますふたりとも。友達って奴ァ今日からなるとか決めるもんじゃなくいつの間にかなってるもんでさァ」

 再び銀時とかの子は顔を見合わせ、こくりと頷く。

「そしていつの間にか去っていくのも友達だ」
「宵が言ってた。さよならだけが人生らしいよ、おっきーくん」

 何かと思えば、お友達ごっこを演じろと言うのか。よりによって沖田と。いったいあの白熱したじゃんけんの末がこうだとは思ってもみなかったふたりはその場を立ち去ろうとしたが、

「すいませーん。チョコレートパフェと三種の団子セット、それぞれ3つお願いします」

 出口の方へ向かっていたふたりの足がぴしりと固まったかともうと、綺麗なUターンをかまし、何事もなかったようにもとの席に付いた。

「友達っていうか、おれとしてはもう弟みたいな? まァそういうカンジかな。なァ、総一郎君」
「総悟です」
「そうそう。友達なんてちゃっちいもんじゃなくて、こう、そ、ソウルフレンド? もう魂まで繋がったそういう関係だよね。ね、総太郎くん」
「総悟です」

 目の前には今しがた沖田が頼んだチョコレートパフェと三種の団子セットがきらびやかに並んでいる。時折かの子はそれを見下ろしては口の端から垂れそうな涎を我慢しながら目の前の女性、なんでも沖田の実の姉であるミツバを見つめる。

「こういう細かい所に気が回るところも気に入っててねェ。ねっ、夜神総一郎君」
「総悟です」
「すごい気遣い屋さんで、いい子だよ。ねぇ、間総太郎くん」
「総悟です」
「まァ、またこの子はこんな年上の方としかもこんなに可愛らしいお嬢さんまで……」
「大丈夫です。頭はずっと中2の夏の人と中身はゴリラも真っ青な人なんで」
「中2? よりによってお前世界で一番バカな生き物中2? そりゃねーだろ鹿賀丈史君」
「ゴリラ? ゴリラなめんなよ。ゴリラってのはめちゃくちゃ繊細なんだよ。ストレスだってたまるし、それで体調崩したりするし、なんなら絶滅危惧種だよファンキー加藤くん」
「総悟です」

 もはや何が何だかという状況だ。しかしミツバはこれといって三人のやり取りを訝しむことなく微笑ましそうに聞いていた。
 かいつまんで話すと、このたび結婚のために上京してきた姉にいいところを見せたいという実に年相応らしい背伸びのために銀時とかの子は呼ばれたのだった。かの子としてはもっとマシな人選があるだろうと密かにツッコミを入れたかった。しかし真選組以外で彼と交流があり、尚且つ今すぐに呼び出せるとしたら自ずと選択肢は決まってくる。というかひとつしかない。まさかかの子まで呼び出されるとは思わなかったが。
 とりあえずもっと上手く友達のフリをしてほしいが、さて、銀時はともかく池田屋と祭りでちょっと意気投合しただけのかの子はそんな器用な真似ができるほど出来た人間ではないので、どうしようかと口を尖らせる。
 ただ沖田が本気でミツバのことを思って行動しているのはわかっているので、できるならそれに報いてやりたいと思う。さすがに嘘でも恋人は死んでもごめんだし……と考えてると、ビチャビチャと水音を拾う。

「お、お姉さん?」

 見れば銀時のパフェをひとつ手に取り、何やら赤い液体をふりかけている。
 一滴。
 二滴。

「お姉さん、それ――」

 振りすぎたせいか、一滴ずつ垂らすための口が外れ、まるで血の池地獄のような赤い液体――タバスコが銀時のチョコレートパフェを赤く染め上げる。

「お姉さんんんん!! コレタバスコォォォ!!」
「パフェえええええええええええ!!」

 気を違ったか? と思うような行為を目の当たりにしたふたりは叫ばずにはいられなかった。特に銀時は楽しみにしておいたものをタバスコで台無しにされたのだから尚の事。
 しかしミツバは何もおかしいことはないと言った口調で、沖田と仲良くしてくれているお礼に彼女なりに美味しい食べ方を教えてくれているらしい。「辛いものはお好きですか?」と彼女は魔改造されたチョコレートパフェを前に無邪気に銀時に問うた。
「いや、辛いものも何も……」と銀時の頬に冷や汗が伝う。さすがのかの子も顔をうっすらと青白くさせて成り行きを見守った。
 すると何が悪かったのか、彼女の容態が急変する。乾いた咳が止まらない。しかしその中でも彼女は懸命に銀時に問いかける。

「やっぱり……ケホッ、嫌いなんですね。そーちゃんの友達なのに」

 いや、そこに友達も何も関係ないだろと喉まで出かかったが、寸でのところで沖田に突きつけられた日本刀がそれを止めた。ちらりと銀時はかの子に助けを求める。しかし我関せずというより銀時を煽るように「そうそう。銀ちゃんは甘いものも好きなんですけど、実は辛いものも得意で〜」と犠牲に差し出そうとしていた。銀時のかの子に擦り付けようという魂胆は先手を打たれたことで見事砕け散り、逃げ道も塞がれてしまった。
 こうなってしまってはもう腹をくくるしかない。今までにないタイプに乾いた笑いを浮かべた。

「辛いものって体ぽかぽかするし、元気出るよね〜」とかの子がにこにことミツバに話を振る。
「そうなんですよ。食も進みますし、私も病気で食欲がない時、何度も助けられたんです」
「食べるもの食べないと元気でないからいいね!」

 きゃっきゃっと女性特有の柔らかい雰囲気の中、銀時はおそるおそる口にする。

「お気持ちは嬉しいんですけど、でもパフェ2杯も食べたからちょっとおなか一杯になっちゃったかななんて――」

 治まったかに見えた空咳がぶり返す。それは徐々にミツバの表情から健康的な朱色が消え、さらに目には血が走り出す。

「銀ちゃァァァん!」
「旦那ァァァ!!」
「みっ……水を用意しろぉぉぉ!!」

 意を決してスプーンを持つ銀時だが、『水』がトリガーだったのか、ミツバの口から赤いそれが勢いよく吐き出される。
 銀時の渾身の魔改造チョコパフェの完食と沖田が倒れるミツバに駆け寄るのはほぼ同時。一瞬の間をおいて銀時の口から特撮怪獣も目を張る火が吹き荒れる。

「姉上! 姉上しっかりしてくだせェ!!」
「お姉さん大丈夫!? 救急車呼ぶ!?」

 しかし沖田は当然として、かの子は銀時のことなど微塵にも心配せずに沖田と一緒にそのやせ細った体に寄り添う。

「あ、大丈夫。さっき食べたタバスコ吹いちゃっただけだから」

 背後で盛大に物が割る音がしたが、沖田もかの子もちっとも目もくれなかった。



 ファミレスでそんなドタバタ新喜劇が行われている頃、土方はとある用事で外に出たついでにそのまま昼飯を食べることにした。適当なところですませてもよかったが、たまたま映月堂の近くを通ったこともあり、そのまま入ることにした。
 入った瞬間、ひと目で真選組だとわかるその黒服にこっそりここに身を寄せていた攘夷志士たちは身を固くする。もちろん土方もそれに気づいたが、いまはそれを摘発するような気分でもなく見ないふりをする。

「い、らっしゃいませ……」

 どんな怖づらの客でも物怖じしない風香の表情が珍しく強ばった。看板娘である彼女を癒しとして来ている客たちが一瞬ざわつく。土方はそれも気にせず、一番奥のテーブル席にどかりと座り込んだ。
 公私混同はよくないと風香はぶんぶんと首を振ると、お冷とおしぼり、それから注文を取りに彼のもとへ向かった。

「ご注文はお決まりですか?」
「A定食」
「かしこまりました」

 風香のお冷を置くその力加減で少し中身が飛び散る。咄嗟に彼女は布巾でそれを拭うと早足でその場を去ろうとしたが、土方がポケットからタバコを取り出すのを目ざとく見つけると、

「うちは全席禁煙ですので」

 にこりと営業スマイルをひとつ。プラス効果で凄みをつければ、土方は大人しくタバコをしまった。ひとまずそれで満足した風香は今度こそ土方の席から離れる。
 手持ち無沙汰になった土方の思考を占めるのはミツバのことだった。
 朝早く近藤からミツバが上京して、ついでに真選組にも挨拶をしに来ると聞いたときは耳を疑った。決してやましいことなど何もなかったが、とても顔を合わせる気持ちにはなれず、気がついたときには屯所の門のところで車が止まる音が聞こえた。外に逃げ出すこともできずに土方は自室にこもるしかなかった。そのことに対して近藤は特に土方に「挨拶ぐらいしたらどうだ?」ということもせず、到着したであろうミツバの出迎えに向かったのだった。

「おまたせいたしました。ご注文のA定食です」

 そちらを見れば風香が注文した本日のA定食であるヒレカツ定食を持って土方を見下ろしていた。目の前に置かれた定食はご飯の米粒はきらきらと白銀に輝き、メインであるヒレカツは黄金の衣をまとってカラッと揚がっている。食欲をそそるようなそれに対して普段であれば、腹の虫もなるだろうに今はすんとも反応しなかった。しかし食べないことには力は出ない。もちろんここで土方が出すのはマイマヨネーズ。それを見た瞬間あからさまに風香は顔を顰めた。やはり土方はそんな風香には目もくれずマヨネーズを出そうとするが――

 ブッ、ブブッ、ブッ……カスッ、カスッ。

「あ」

 ヒレカツの上にはひと押し分のマヨネーズしか出なかった。ぷすっと風香は顔を逸らしながら笑いを殺そうとしたが、堪えきれなかった。土方はもうひとつ予備で持ち歩いているはずのマヨネーズを取り出そうとして、そこには何もないことに気づく。

「なあ、マヨ――」
「残念ですが、うちにそのようなサービスは提供しておりません」

 にっこりと風香はこれ以上ない綺麗で含みを込めた笑みで答える。
 基本的に彼女はここに来るお客を好ましい――例えそれがホームレスだろうと攘夷志士であろうと店で美味しく店主の料理を食べてくれるなら身分は問わない――と思っているが、唯一例外としてこの男、土方だけは違った。簡単に言えば、土方の狂気的とも取れるマヨネーズ愛が理解できず、それが風香にとって料理への侮辱、冒涜的行為にしか思えないのだ。
 最初こそ世の中には色んな嗜好を持った人間がいるわけだからと我慢していたが、それも限界は遠くなかった。
 土方はもう一度慈悲はないかと風香を見たが、彼女は「いい気味ですね?」と言わんばかりの笑みを浮かべるばかり。
 こちらから聞いてもいないのにハルから風香の話を聞いていた分には物静かで大人しい人柄だったはずなのに、いざ会ってみればまるで親の敵のように見てくるのだ。そしていま向けられる目は「ざまあなさい」という嘲笑。

「しっかり味わってくださいね?」

 とどめの一撃と言わんばかりに笑ってから風香はいままでの鬱憤が晴らされた言わんばかりに「ふふん」と鼻を鳴らして離れていった。
 残された土方は小さくため息をつき、片手で持った割り箸を咥えて割った。
 ほんの少ししかないマヨネーズを節約しながらヒレカツを食べ勧めていると、パァンと店のドアが開く。

「副長! こんなところにいたんですか!」
「あ?」

 入ってきたのはハルだ。土方を探し回っていたようで、額には大粒の汗がいくつも浮かんでいる。また入ってきた黒服に数人びくりと肩を震わせるが、ハルは気づかない。

「もう! 探したんですよ!」

 少々乱暴な登場に風香はそれを咎めようとそちらを見ると、よく見知った顔だったこともあり、「こら! ハル!」という程度だった。
「ごめんごめん……。あ、お水だけもらえる?」と言うと、ハルは空いていた土方の前の席に座った。

「もう……沖田くんじゃないんですから急にいなくならないでくださいよ……」
「ああ? ひと声かけただろ」
「相手が聞いてなかったらそれは声をかけたには入らないんですよ!」

 ぷんぷんとしながら風香からもらったお冷を一気に飲み干す。

「で、副長は朝からなんでそんな不調子なんですか?」
「不調子?」
「え? もしかして自覚ないんですか? 巡回中も話しかけても上の空だったし、常備のマヨネーズ残り少ないのに予備のマヨネーズは屯所に忘れてま――あ、ほらやっぱり!」

 机の上にぐちゃりと潰された空のマヨネーズの容器に「これがその証ですよ!」と手に取る。

「もう本当どうしちゃったんですか?」
「……別になんでもねェよ」
「副長とあろうマヨ廃人がそんなヘマするってことはそーとーですよ!?」
「別になんでもねえよ」

 話すことは何もない。土方は残りの白米を口に掻き込もうとして茶碗を持ったときハルが閃いた! と言わんばかりの表情を浮かべてこう言った。

「もしかして沖田くんのお姉さんのことですか」
「んぐッ!?」

 米粒が喉に張り付く。げほげほとむせ返る土方にハルは慌てて駆け寄り、風香から新しくお冷をもらって彼に渡す。それからしばらくハルは彼の背中をさすった。

「てめっ、なんで!?」
「ええ〜? なんでもなにも……いつもと違うことと言えば、沖田くんのお姉さんがいるかいないかじゃないですか〜」
「……ただの偶然だろ」
「あからさまな沈黙ありがとうございまーす!!」
「……芹野」
「そ、そんなこんなところでドスの効いた声出さないでくださいよぉ……」

 ハルがもらってきたお冷のグラスをカンッとテーブルに置く。

「別にそれとこれは何も関係ねェよ」
「……ふーん……ふ〜ん?」

 意味ありげな視線を寄越すハルを無視して土方は金額ぴったりの金をカウンターに置いて食堂を出た。ハルは何か言おうか迷って目をぐるりと回して考えたあと「待ってくださいよ〜」とその黒い背中を追いかけた。

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