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 誰も死んでない。誰も敵じゃない。誰も殺さなくていい。誰も死ななくていい。誰もが幸せになれる世界。
 ああ、それはなんて素敵なーー

 それからは悪夢は見なくなった。
 今までは些細な物音で起きたり、まずろくに寝付くことすらできなかった日々が嘘のようにぐっすり眠れるようになった。むしろ寝すぎて朝食を食いっぱぐれたり、一番隊隊長沖田隊長が直々に、それはそれは“コンセツテイネイ”に起こしに来ることもあった。
 布団の中でもぞもぞしたあと、そういえば目覚ましの音を聞いてないと手を伸ばして確認したらセットしたはずの時間よりもう30分近く経っていた。

「なんで鳴らないの!?」

 この間沖田くんのバズーカーに巻き込まれて壊れて買い直した新品だからそんなことはないはずなのに! 単に深く寝すぎて自分が気付かなかっただけとか!?

「んなことより急がないとやばい!」

 今日は朝一の巡回のシフトは一番隊だ。沖田くんの襲撃が来る前に準備しないといけない!
 寝間着をすぽぽんと脱ぎ捨てもうかなり皺の癖が付いた隊服を纏う。髪は寝癖だけはチェックして急いで部屋を出た。
 ばたばたと食堂へ向かうが、屯所内がいつもと違う雰囲気に思わず足を止めた。別にピリピリした感じの悪いものじゃなくって、むしろソワソワと浮ついたものでどこかくすぐったい。なんだろうと思ってたら空気を読んだようにそこへ山崎さんを筆頭とした数人の隊士がこそこそ、こそこそと明らかに何かあるぞ……というような雰囲気を出しながらどこかに向かうのが見えた。

「何してるんですか〜?」

 声をかけたら「う゛わぁ!?」全員に驚かれた。

「な、なんだハルちゃんか……驚かせないでよ」
「そんなぁ! ほかの人はいいとしてザキさんはこんなことで驚いちゃ監察務まらなくないですか?」
「あれ、ハルちゃんそんな毒舌キャラだっけ」
「何言ってるんですか! 毒舌枠は風香で、ハルちゃんは美少女枠です!」

 ここできらっとアピール。決まった! と思ったらすでにザキさんたちは自分に興味を失ってどこかへ行こうとしていた。顔が「解散、解散」と物語っている。

「ちょっとちょっと無視しないでくださいよ!」
「はいはい。あとで構ってあげるからいまは静かにしててね」
「そういうザキさんこそそんな塩対応キャラでした!?」
「しーっ!! 声がでかい!」

 怒られてしまった。なんでや、自分別になにも悪いことしてないのに。
 それにしてもなんで屯所内でそんなこそこそしなきゃいけないんだろ。するとつるのハゲの原田さんがこそっとわけを話してくれた。
 曰く自分が起きるよりも少し前にこの真選組に超絶美人さんが来たらしい。野郎しかいない、よりによっての“この”真選組をわざわざ訪ねてくるということはこれはつまり誰かの……。

「いや誰もそんないい人いねーわここ」
「やっぱりハルちゃんそっちのステータス上げてきてるよね」
「え?」
「いや、なんでもないよ」
「で、ザキさんたちはその美人さんをひと目見ようと?」
「ま、まあそういうことかな?」

 ここに目の保養があるんですけど〜とひとこと言いたかったけど、まあ確かにたまにはほかをみて、改めて自分という存在を見直すっていう分にはいいかな。ついでに自分も気になったのでついていくことにした。ここまで来たならこのまま流れてきたこの船に乗ってしまおう! 
 屯所内がこんなに浮ついてるんだからよっぽどの美人さんなんだろうなぁ。
 そろりそろりと足音と気配を殺しながら現場近くに向かうと、そこにはすでに数人の隊士が集まっていて、客間とを隔てる襖に張り付いている。
「ちょっと、ちょっと」とかき分けて覗いた先にいたのは、

「めっっっっっっちゃ美人さんやん!?!?」

「うるさい!」「バレるだろ!!」と瞬時に周りから頭にチョップを食らう。痛い。しかしそう声をあげずにはいられないぐらいの美人さんだった。いや〜お妙さんとか忍びのさっちゃんとかも美人さんだと思うけど、それとはまたベクトルが違うな。こう、言うなれば正統派美人。思わず守りたくなるような儚さがしゅごい。え、なに、何食べたらあんな正統派美人になれるの……? 桜に連れ去られるような女性の代表格と言っていいほど、儚さと美しさを兼ね備えた人だった。
 というか近藤さんが対応してるのどういうこと? しかもちらっと「結婚」がどうのこうのって? お妙さんがいるのにまさか……いやいや近藤さんに限ってと思ってたら山崎さんがまさかの発言。

「ええ!? 沖田くんのお姉さん!?」

「だからうるせえってんだろ!!」とあちこちからまたチョップが飛んできた。痛いわ!! むしろそっちのつっこみのほうがデカいわ!! さっきの含め、いったいどれだけの脳細胞が死んだと思ってるんですかねえ!? と言いたいことはたくさんあったけど、頑張って飲み込んだ。えらいぞ、芹野ハル。
 お名前は確かミツバさんだっけ……? おわぁ、綺麗な名前だなあと思ってたら見た目もそれに違わず素敵な人だった……。

「あ、あの毎月激辛せんべえ送ってくる……?」
「……マ?」

 あれ送ってくる人がこの人!? めっちゃ涼しい儚い顔してめっちゃえぐい味覚してるしてるな……。屯所に来た頃、夜中小腹がすいて台所の戸棚漁ったた時に見つけて食べたけど、あまりの辛さに翌日トイレで悲鳴あげてたんだよね……。おっと、可愛い年頃の女の子がする話じゃないね。それはそれとして、あの激辛せんべえを食べればあの正統派美人になれるのかと思うと一度試す価値はあるような……いや無理だな。
 原田さんと山崎さんが「しかし似てもにつかんねェ」「だからよくいうだろ。兄弟のどっちかが――」と言い始める。確かに見た目はよく似てるけど、このお姉さまにしてあの弟あり! とはあまり言い難いような。いや、やはり見た目に惑わされず、激辛せんべいのとおり激辛な性格なのでは――?
 なんて思ったとき、ふいに背中にうすら寒いものを感じて振り返れば、そこにはバズーカを構えた沖田くんがいた。
 次の瞬間、客間を隔てていた襖と数人のザキさんや原田さんを含めた隊士がまとめて吹っ飛んだ。自分は間一髪で気づけたので巻き添えにはならなかったけど、まじで危なかった。でも毛先はちょっと犠牲になったけど、命には変えられない。あー美容室行かなきゃなぁ。
 っていうか、お姉さんがいる前でバズーカぶっぱなすってどうなの!?

「まァ、相変わらずにぎやかですね」

 いやいやいやいやお姉さんにぎやかの一言ですませていいことと悪いことあるでしょ!? あなたの目の前にバズーカーで吹っ飛ばされた人間が野垂れてますけど!?

「おーう。総悟やっときたか」
「近藤さんも普段見慣れた光景だからって客前でそれはどうなんですかねぇ!?」

 片手をあげて呑気に手を振る近藤さんに思わず突っ込んでしまう。だってツッコミ検定一級持ちの山崎さんが沖田くんに首掴まれて切っ先向けられてるんだもん。ここで誰か突っ込まなきゃマジでカオスだよ。誰が止めるんだよこのカオスを。……というか沖田くんもお姉さんの前で堂々とそんなことできますねぇ!?
 と、とりあえずどうにか繕わなきゃ……と思ってた矢先に沖田くんのお姉さんがひと言、たったひと言で事態は急変する。

「そーちゃんダメよ。お友達に乱暴しちゃ」

 いや、これを“乱暴”って言葉で片付けちゃいます!?
 この惨状を見ても眉一つ動かさないあたり相当肝が据わってらっしゃるとお見受けします。
 沖田くんがぎろりと一般市民には到底見せられないような、お姉さんにそんな目を向けるのかと言うほど鋭い視線を送ったかと思いきやなんとぷつんと糸が切れたように沖田くんは手に持っていた刀と山崎さんをパッと離し、

「ごめんなさいおねーちゃん!!」

 と、両手両足額をしっかり畳につけて謝った。
 これには自分も同胞殺しの危機から解放された山崎さんも声を上げざるを得ない。
 だってあのプライドエベレスト以上の沖田くんが自ら頭を下げることなんてあります? 空と地上がひっくり変えるなんてどころの騒ぎじゃないよ。実はこの沖田くん、双子の片割れだったりします?
 目の前の出来事に衝撃を隠せない自分たちの間に近藤さんの元気な笑い声が響く。

「相変わらずミツバどのには頭があがらんようだな、総悟」

 沖田くんが五体投地のままお姉さんのほうに擦り寄って頭を撫でてもらいに行ってるのが本当にこれが現実なのかわからない。自分はまだ夢の続きを見ているのかもしれない。だって「遠路はるばる江戸までご足労ご苦労様でした」なんてこれほどまで丁寧な言葉遣いしてる沖田くん見たことある? そりゃあ山崎さんの「……誰?」っていう言葉にも頷くよ。
 お姉さんと戯れてるところに近藤さんは沖田くんにそのまま休みを言い渡した。そうだよね、さっき聞いた感じだと結構遠いところから来てるみたいだし、ずいぶん会ってないような感じだったから自分もいいと思う。近藤さん粋な計らいをするなぁ。

「わんちゃん自分も……」

 どうせ朝一の巡回は一番隊だし、まるまる別の隊に丸投げして――

「いやそれはダメでしょ」
「デスヨネ」

 まあどうせいつも沖田くん途中で放棄してどっかいくからいてもいなくても変わらないんだけどさ。

「近藤さん、そこの方は?」
「うん? ああ、芹野お前だぞ」

 長いまつげにきょとんとした表情で間違いなく自分を見つめる瞳に左右を見渡したあと、自分を指差す。それに沖田くんのお姉さんは「そう」と微笑む。もうそれが綺麗で、綺麗で、思わず同性なのに顔が熱くなった。

「え、えっと芹野ハルと申します! あ〜っと、沖田く――」

 お姉さんの後ろから心臓を貫かんばかりの視線を感じる。

「――沖田隊長のもとで指導を受けてる新人隊士です!」
「まあ、そーちゃんの隊の方なのね」
「いつも隊長には厳しくも優しく指導の方受けています」
「こちらこそいつもそーちゃんがお世話になってます。あら、私ったら手土産もあっちの荷物にまとめてしまったわ……」
「いえ、お気遣いなく!!」

 ちらりと沖田くんを見れば、さっきの尖りすぎた視線は鳴りを潜め、「まあ悪くない」と言った表情をしている。正直我ながら上手く対応できたんじゃないかな。

「それにしても上京する前は女性の隊士は――」
「ささっ、姉上行きましょう!」
「あ、そーちゃ――」

 沖田くんお姉さんは最後まで言うことなく、沖田くんと繋いだ手に引かれるまま客間から出て行ってしまった。清涼剤であったお姉さんがいなくなった客間はただの惨状だ。いまだにひとつも触れられなかったモブ隊士が机の上で伸びっぱなし。

「局長……なんですかありゃ」
「山崎さんに同じく。自分も説明がほしいです」

 いまあらためて頬を抓ってるけど。

「そうだな。少しぐらい話してもいいだろう。アイツはなァ、幼い頃に両親を亡くして
、それからずっとあのミツバ殿が親代わりだったんだ。アイツにとってはおふくろみてーなもんなんだ」
「へえ……」

 そりゃあ確かにあれぐらいはしゃぎたくなっちゃうな。というか今まで忘れてたけど、沖田くんって確かまだ18歳だったよね。なんというか、年相応な沖田くんみてちょっと微笑ましくなっちゃった。本人の前で言ったら確実に首ハネ案件だけど、思うだけならいいよね。もう18歳とか正確には自分の年齢もわからないけど、やっぱり誰かが楽しそうにしてるのを見るのは幸せのお裾分けをいただいてるみたいで心がじんわりする。

「それに今日くらいいいだろ。男にはああいう鎧の紐解く場所が必要だんだ。特に、アイツのように弱みを見せず片意地張って生きてる奴ほどな」
「ですね。少しの間だけでも何もかも忘れてお姉さんと楽しんできてほしいなぁ」 

 まあ個人的には普段からあれぐらい大人しくしてくれてたらいいんだけどね!

「ところで芹野」
「局長なんですか〜?」
「ミツバ殿が少し言っていたが……」
「ああ、もしかして女性隊士のことです?」

 そういうと近藤さんは虚を突かれた表情をする。それから「話が早くて助かる」と言った。

「あまり気を悪くしないでほしい」
「はえ? なんで自分が気を悪くすることになるんです?」

 そりゃあ異例中の異例ってのは自覚してるけど、そこでなんで沖田くんのお姉さんの発言と自分が繋がるんだろう?

「いや、気にしてないならいい」

 近藤さんはそう切り上げて出て行ってしまった。山崎さんもそれについていく。
 残されたのは自分と未だ机に突っ伏してるモブ隊士だけ。近藤さんの物言いたげな感じをみて、お姉さんをかばうように沖田くんの隙間から見えたお姉さんの視線を思い出す。

 ……どうしよう。沖田くんと“そういう関係”だと勘違いされたら!!

 って、さすがにないな。自分があの中で恋愛脳だと自覚してるけど、我ながらそれはないわ。吐き気がする。それだったらまだ土方さんのほうがマシだわ。いや副流煙きついから最近いやになってきたところあるからそれもそれでまた嫌なんだけどさ。

「あれ、そういえば副長さんの姿を今日は見ていないような?」

 それに近藤さんと知り合いなら土方さんも知り合いだよね? 局長法度重んじてるぐらい真面目なら挨拶に来てもいいものだと思うんだけど……。

「おい芹野!! どこ行きやがったァ!!」
「ゲェッ! 噂をすれば……」

 どすんどすんといかにも怒ってますよと言わんばかりの足音が近づいてくる。だめだ、この距離はもう逃げられない。いっそそこでまだ突っ伏してるモブ隊士くんと一緒に伸びてるフリを――

「こんなところにいやがったな。テメェ朝一の巡回だろ」
「い、いやぁ遅れたのには深いワケがありまして……」
「ああン? 一応聞いてやる」

 とは言ってるけど、何言っても怒鳴るつもり満々じゃないですかぁ……。内心べそべそしながら訳を話すと、不思議と土方さんの怒気ゲージが下がるのを感じた。あれぇ? 最後まで話し終える前にもう「わかった」とだけ言われた。対応が雑ってわけでもなく、なにか引っかかる。

「土方副長?」
「わかった。総悟がいねぇなら巡回は別の隊に指示を出しておく」
「じゃあ自分はどうすればいいですか?」

 直属の上司がいないとき指示を仰ぐならその上の上司よなと思いながら聞くと、土方さんは顎に手を当てて少し考える。
 残念ながらわんちゃん休みもらないかな〜という淡い希望は打ち砕かれた。

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