33


 高杉が天人と手を組んだ。手段を選ばない過激派と世に浸透していても攘夷志士として志を同じくする者として桂は何という煮え湯を飲まされたのだろうと思った。
 だがそれ以上に命を預けて戦ったあの頃の彼とは別人であることをただ破壊を望むのを彼の口から出たことが一番桂の心を抉った。
 
「不知火殿、大丈夫か」
「……ええ、まあ」

 鬼兵隊と手を組んだ宇宙海賊春雨が以前の雪辱を果たしに来たのを桂は怒りのままねじ伏せた。もう話し合いは無意味だと判断した桂は、すでに墜落に一刻の猶予もないと判断し、宵の腕を引いてその場を離れた。
 なんとか返事はできるが、それが精一杯であることが見て取れる。それは左手で庇う右肩に撃ち込まれた銃創だけではない。明らかに精神的にも憔悴していた。むしろ後者のほうが宵の判断力を大いに妨げている。
 桂は駆けつける前に一体ふたりの間でどんなやりとりをしていたかは預かり知るところではない。それを聞き出すほど彼は不知火宵という人間とそのテリトリーから遠すぎた。

「不知火殿っ」

 曲がり角で待ち伏せていた天人に不覚を取る宵に桂の短くなった髪が容赦ない白刃とともに薙ぐ。

「……すみません」
「気にするな。それより先を急ぐぞ」

 桂が向かう敵という敵をすべて切り伏せる。ほとんど宵は物言わなくなったそれらを飛び越えていくだけ。時折桂が彼女が自身の守備範囲にいるか振り向き、それに宵は僅かに口元をあげて応える。その口元は僅かに血が滲んでいた。

 別に守られているばかりなのが今に始まったわけではないのに。

 不知火宵を遡ってみれば、こうしてずっと誰かの背中に隠れ守られることも少なくなかった。だから今こうして桂の背中に張り付いていることに強い苛立ちを覚える必要はない。だというのにかさ付いた唇を噛まずにはいられない。じくじくとした痛みと血の味が広がる。
 ああ、ああ、と少しでも目を閉じれば飲み込まれそうな感情に囚われまいと目の前ではためく紺の羽織に集中した。

 忘れたい。
 思い出したくない。
 わかりたくない。

 どれだけ否定を重ねても高杉の言葉とそれに込められた苦悶と激情に振り向いてしまう。
 大切な誰かを奪われ、何もしてくれない世界を己が手で壊す。
 もう"かつて"の話で済んだはずなのにそれに縋って溺れたくなる。かつて同じ道を何度辿っただろうか。自分ではなし得なかったことをあの男はやろうとしている。本気で成し遂げようとしている。
 もし、と考えずにはいられなかった。
 もしかの子たちがまたいなくなってしまっていたら、はたして自分は万斉や高杉の甘言を拒むことができていただろうか。
 かつて望んだことを。

「ハルはすごいなぁ……」

 同じことを、誰よりも望んだのはハルだ。
 記憶がなくても感情というものは無意識のうちに常に付きまとう。高杉とのやり取りで必ず"世界を壊す"というキーワードが出ているだろうにハルはそれに乗らなかった。高杉との対峙だけで精一杯だったにせよ、宵は己の弱さに泣きそうになる。
 己がそうなるのはきっと最終的に別の望みに逃げたからだろう。世界の崩壊ではなく、もっと別の方法。それをたった2、3回で見抜かれ、付け込まれてしまった。

 世界がぼやけるのを振り切っていまは走るしかない。



 虫の居所が悪いと桂が颯爽と甲板に姿を現した。そこには桂一派のエリザベスたちや銀時の万事屋、そしてかの子と風香の姿もあった。

「宵っ!」
「ああ、風香、かの子」

 風香からあの他人行儀な色は消えていた。あのときの拒絶はない。
 心から心配するその声に宵はあの頃のようにまたそう呼んでくれることに嬉しい反面、そこへ至るまでの惨劇の再演――出来るなら思い出して欲しくなかった自分勝手な願望が砕け散った無力さに耐え難く形容しがたい感情を抱く。

「……ん、ういっす、宵サーン……。こんなところで会うなんて奇遇ですなぁ。髪の毛ボッサボサやばいけど子猫の喧嘩にも巻き込まれた?」
「んん、まあね〜ん。かの子サーンこそゴリラと夕暮れの河川敷で拳で語り合ったんですかねん?」
「ばっきゃろー。ゴリラさんはなぁ、優しいんだぞ!」

「あ、黒服のゴリラは知らんけど」と風香に肩を持たれたかの子は変わらずの軽口。
 四方囲まれたその傍らでは銀時と桂が失恋だの爆撃など“イメチェン”に花を咲かせていた。
 桂一派が彼に指示を仰ぐと「退くぞ」と即答する。

「紅桜は殲滅した。もうこの船に用はない」

 船から上がる黒煙は桂の目的達成を示している。
 いつの間に手配していたのか、エリザベスたちが特攻した船の後ろ逃亡用のが一隻ついていた。

「させるかァァ!!」
「全員残らず狩りとれ!!」

 一人飛び出せば波のように押し寄せる天人たちに踏み込む確かな足音がふたつ。波は押し寄せる前にたった二本の刀により自身から吹き出た同胞たちの血の壁に簡単に足を止めてしまった。

「退路は俺達が守る」
「いけ」

 甲板を埋め尽くすほどの天人を相手に銀時と桂が立ちふさがる。どちらも紅桜との戦いで傷がままならない状態だというのに刀はこれ以上ないぐらい銀色に光り、研ぎ澄まされていた。
 もちろん盾になろうとする銀時たちを新八や神楽は黙っていなかったが、気がついたときにはエリザベスの腕の中。抵抗する間もなく二人は前線から離された。
「宵も早く!」とかの子とともにエリザベスたちに続く風香が呼ぶ。しかし宵は彼女たちとは正反対の方へ踏み出した。

「……ごめんねぇ。ちょぉっとだけ助太刀してくるよん」
「宵!?」

 ようやく笑えた。
 風香に向けた笑みに不知火宵の影はない。それ以上なにかを言われる前に宵は力強く飛び出した。ところが

「おいおいおいおい。ひとりだけおいしーところ持ってくのはずるくないっすかァ?」

 いつの間に風香の腕から抜け出してきたのか、気が付けばドヤ顔のかの子がそこにいた。

「『おいおい』はこっちの台詞だよん。そんな無茶しちゃぁ風香に怒られても知らないよん?」
「ええ〜うちだけ怒られるわけないっしょ。まあ、ほら、赤信号、みんなで渡れば怖くないって言うじゃん」
「やんちゃだなぁ」
「お互いさまよ」

「宵に言われたくないね!」と笑うかの子に宵はやれやれと肩をすくめた。

「何やってるの!? 二人とも早く逃げなきゃ!!」
「大丈夫大丈夫」
「ほんとにちょーっとだけだから」

「ちゃんと戻るよ」

 まるで姉妹のように二人は歯を見せて風香に笑った。
 その瞬間、風香の中にもまた形容しがたい何か温かいものがこみ上げてくると、次に紡ぐ言葉を失ってしまった。そして止める間もなく二人は銀時たちのあとに続いた。

「あーらよっと」

 青ざめた顔へ僅かに血の気が戻る。
 丸腰の二人にまずはまさに一番槍の天人が向かってくる。真っ直ぐに心臓を狙う槍をかの子は軽々と重心を落として躱し、脛に強力な蹴り。痛みとともに体勢を崩したところを今度は下から顎に突き上げた。

「槍げーっつ」

 本来かの子が得意とするのは瞬発力と柔軟性を生かした体術。手に入れた槍をそのまま宵に向かって放った。

「さーんきゅ」

 宵は挟み撃ちをぎりぎりまで引き付けてからひらりと避け、同士討ちに持っていかせたところでかの子からの槍を受け取った。

「まあ時間稼ぎ程度にはいけるでしょ」

 ほぼ片腕しか使えない宵には余る代物だが、かの子のように肉弾戦が得意ではないのでないよりマシ。それに襲い来るほとんどは銀時と桂が相手取っている。
 かの子たちに向かってくるのは彼らとの実力差に気づき、それでも何か手柄を立てようと逃げる桂一派や風香を狙う者。また女相手なら楽勝だろうと見誤った者だ。

「ここから先は通行禁止でーすんっ」
「あ、ちょ、真似しないでよん」

 馬鹿正直に突っ込んでくるのをまずは宵か一突き。急所をはずしてしまったところを走り出したかの子がしっかりと回し蹴りで沈める。
 鮮やかなコンビネーションに怯んだ一瞬を宵は逃さず、最初に刺した相手が倒れる前の死角から後ろにいる二人を渾身の突きでまとめて串刺しにした。

「……ごめんね」
「え?」
「何でもないよん」

 さらに聞き返したかったがかの子は先の勢いのまま飛び込んでいく。そんなものは後でいくらでも聞けるのだから。
 宵の槍の切っ先に反射する銀色は大きな放物線を幾重も空に描く。
 乱戦に紛れて背後から来る者をとんっと軽く後ろに飛び、そのまま体を捻って項を蹴り上げる。その着地点を狙うものは宵の餌食に。
 宵はかの子の左側、かの子は宵の右側、お互いに負傷したほうを補うように立ち回り振り回す。


 
「あれが坂田銀時。桂小太郎」

 一足先に春雨と合流をしていた万斉が船の高みの見物から呟く。

「強い」

各々のポテンシャルはもちろん無駄のないコンビネーション。圧倒的数は有利にはならない。

「一手死合うてもらいたいものだな」

 サングラス越しでは彼の目は読めない。

「……不知火宵、それに榎かの子、か」

 この二日間で面白い音がいくつも聞くことができた万斉は、退屈せぬなとポケットに忍ばせているミュージックプレイヤーの音量を下げる。
 その中でも一番はやはり宵であった。初めて会った雨の日、昨夜、そして眼下でそつなく立ち回る今。めまぐるしく変わる音は万斉の興味を引くのに十分であった。一方、ほんのわずかしか聞くことができなかったが、船内で風香を探すかの子の音もまた然り。
 ふと宵の立ち回りに昨夜手を合わせたときに密かに感じていた違和感の正体に気づく。

「やはり猫を被っていたか」

 全快であったはずのあの夜より眼前で慣れぬ武器を片手だけで描く一閃のほうが比べ物にならないほど冴えていた。

「ああ、その皮が剥がれた時、楽しみでござる」

 その一瞬、宵と目があった。偶然ではなく、彼女は明らかに上にいた万斉を見た。宵の言葉を借りるならそれはもう熱烈な視線であった。



「さてかの子さんや、」
「おうよ、わかってやすぜ宵さん」

 これ以上暴れたら確実に風香に殺されん。さすがに限界というものがある。と口々。

「というわけで、」
「我々は引かせてもらうよん」

 宵は懐から桂に分けてもらった丸い爆弾をこっそり取り出す。
 かの子たちの目的は風香たちへの確実な退路の確保。じわりじわりと宵とかの子は脱出用の船の方へ後ずさりする。

「銀ちゃん、先に行くね!」

 そこで初めてまだかの子と宵が残っていたことに気づく銀時たち。ついさきほどまでどちらもろくに戦える状態ではなかったくせに嬉々として銀時を呼ぶかの子に思わず、

「お前いくらなんでもやんちゃがすぎんぞ!? ガキ大将か!!」
「うるせー! 爆撃綿あめ野郎に言われたくないぞ!!」
「不知火殿も何故まだここにッ!?」
「ええ、まあ、ちょっと。憂さ晴らしですよん」

 本当ならば高みの見物をしている万斉や今しがた彼と合流した高杉に“お礼”をしたいところだった。その私怨よりも、助けに来たときに知ってしまった桂と高杉の決定的な関係にさらに首を出すつもりはない。しかしそのつもりなら最初から風香たちと逃げればよかった話だが、やはり居所の悪い虫はさっさと始末してしまうことに越したことはない。

「しっかり掴まっててねん、かの子」
「え?」
「じゃ、あの中二病野郎によろしくお願いしますねん」

 ぱちんと銀時たちにウインクを投げたあと咄嗟にかの子を引き寄せるとカチッと起爆スイッチを押した。いくらか薄くなったとは言えまだ厚のある天人の壁に向かって放る。
 宵は爆風の勢いと棒高跳びの要領で槍を利用して高杉たちの船から離れようとしていた脱出船に雪崩込んだ。
 もはや声も出ず駆け寄り抱きつく風香にかの子と宵は一度顔を見合わせてから自分たちを抱きとめる身体に腕を回した。

「ただいま、風香」

 ちゃんと帰ってきたよ。

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