無自覚転じて仇となす


 今週に入って3件目のペット探し。食べ盛りの娘を2人――というより怪物共――を抱える万事屋は常に金に飢えているため仕事を選ばず、だいたいの依頼を引き受けている。飽きもせずまたペット探しかよと愚痴ったのも最初だけで、前払いでまず全員の目玉が丸くなり、成功報酬を見た瞬間には全員が万事屋を飛び出していった。

「待ちやがれ宇治金時丼100杯!!」

 今回の賞金首の正式名称はチペペトジャリキツネという。以下宇治金時丼を確実に捕まえようと飛び込んだが、灰に近い黄色の尻尾には届かない。ズシャァと粒の粗いまるで卸し金のような地面に銀時の顔がすり下ろされる。ひらりと交わした宇治金時丼は着地した先で銀時を見る。糸のように細い目は僅かに弧を描き、銀時の醜態を嘲笑っていた。

「こンのッ!!」

 次こそは絶対と立ち上がり、「ほ〜れほ〜れ」と馬鹿にするように揺らめく尻尾を追う。ゴミ箱や赤錆た室外機がかさばる路地を血眼になりながら駆けずり回り、ついにその手に宇治金時丼をを捕まえた。

「きゃっ!?」

――ついでにそこにいた風香の胸も一緒に。

 銀時の目は完全に宇治金時丼だけにフォーカスされ、目の前にいたはずのこれっぽっちも風香のことなど見えていなかった。しかしそんな言い訳が通じると思うだろうか。

「アッアッ、コレはデスネ」

 右手は宇治金時丼の首根っこを掴み、左手でこれは不慮の事故だと大きく振る。しかし左手には掴んでしまった胸の柔らかい感触が離れない。
 こんなことで動揺するような童貞ではないが、しかし現実は完全に動揺のあまり体温は急上昇し、脂汗が止まらない。そして本当なら、お腹が今にもはちきれんばかりに宇治金時丼をかき込む未来があったが、南無三。このあとの起こりうる本当の未来の自分に静かに黙祷を捧げた。
 一帯に響く声。

「ウチのシマを荒らしたんはお前かァァァァァッ!!」

 風香の金切り声かと思いきや、響いたのは雄々しく野太い声だった。
 ギョッと振り返る銀時。風香も何事かと反射的に銀時の体を盾にして様子を見た。声の主はそれに違わぬ容姿をしていた。具体的に言うと顔には横一文字の縫い跡と年季の入った着物から覗くドス。こんな真昼間には似合わぬ、夜の裏の色だ。ちなみにこんなのが男の後ろに数人控えている。

「銀時さん、あの方たちはお知り合い――」
「ンなわけねーだろ!!」
「ですよね!!」

 おおかた宇治金時丼を追い回しているうちに彼らの縄張りに侵入したのだろう。ギラギラとした眼光は完全に話し合い(物理)にしか応じない気迫を感じる。
 銀時はまいったな……と内心頭を掻いた。例え宇治金時丼がいても銀時ひとりだけならこの程度朝飯前だが、後ろには風香がいる。これも守りながら戦えないわけではないが、たまたま鉢合わせてしまった彼女を己の失態に巻き込むわけにはいかない。そして風香がまったく戦えない一般人である前に、彼女には出来るだけこんな世界とは無縁でいてほしいという銀時のエゴが関係している。

「銀時さん!?」
「いいからしっかり掴まってろ!!」

 風香に宇治金時丼を押し付け、さっと彼女の体を掬い抱き上げた。

「こういうのは逃げたモン勝ちなんだよ」

 逃げる。もう逃げる。ただ逃げる。ひたすら逃げた。



 賢者タイムの銀時はえいげつ堂のカウンターに伏せながらここ一番の心底疲れた何度目かのため息を吐いた。足元には無事捕獲した宇治金時丼がゲージの檻越しに忌々しそうに銀時を見上げている。「せっかく手に入れた自由を……」とでも言いたげだ。

「うるせーこのエロギツネが」

 足で軽く蹴る。宇治金時丼はゲージの奥に引っ込むも、やはり銀時へ向ける視線は健在だ。
 何を隠そうこの宇治金時丼、あの逃走劇の中でどさくさに紛れて風香の衿の合わせに潜り込んでいたのだ。銀時が追い掛け回していた時のやんちゃは鳴りを潜め、完全にぬくぬくのうのうと特等席を満喫。完全に狙ってやっていた。小動物とはいえ、銀時のラッキースケベよりよっぽどタチが悪い。
 と、ここで銀時はまたその“事故”を思い出し、肘を立て組んだ手の上に額を乗せる。
 二度目の賢者タイム突入。

 いやホントあれはどうしようもない事故だった。まさかあんなところに風香がいるとは思わなかったし、元はといえばあのエロギツネが原因で俺に一切の非はない。俺は依頼を忠実にこなそうとしていただけで本当に何一つ悪くない。そう、俺は悪くない。悪くない。

 しかしそうやって脳内で言い訳すればするほど罪悪感は増すし、手のひらがじわじわと、ほんのり柔らかな痺れが蘇る。それがまた銀時の心をえぐっていく。
 本当なら逃げ切ったあとそのまま宇治金時丼とともに風香と別れるはずが、危ないところを助けてくれたお礼と逃走劇の疲れを気づかって風香は、本日休業のはずのえいげつ堂に誘われた。断りたかったが、誘う彼女の表情にどこか『あんなことしておいて逃すと思うか』というような副音声が聞こえ、銀時はしずしずの小さくも威圧感のある背中についていった。

「銀時さん」
「は、ハイッ!!」

 まさに弾かれたように立ち上がる。うわずった声と勢いのあまり倒れた椅子に風香はぴくりと肩を跳ねる。

「風香、お前が俺に言いたいことがたくさんあるのはわかるが、まずは、まずは俺の話を聞いてくれ。そのあとどんだけでも、お前の気が済むまで怒っていいから」
「……銀時さん? あの話がよく見えないんですが……。とりあえずこれでも食べながらお話しましょう」
「あ?」

 風香が銀時の前に何か置く。
 ぷりんっと揺れ動くものは。

「ぷりん……?」
「プリンですよ?」

 罵詈雑言の数々が飛んでくる。もしくは社会的死を覚悟していた。しかし目の前に置かれたのはつるりと輝くプリンだった。目がゴマになる銀時に風香がはてなと首を傾げる。それから、「ああ」と手を打った。

「黄色じゃなかったらわかりづらかったですね。薄ピンクなのは苺ミルクをベースに使ったからです」
「あ、いや、それはわかるんだけどよ、なんでプリン?」
「え? なんでって言われても……? 銀時さん苺ミルクは好きでも苺ミルクを使った加工品とかダメなタイプですか」

「いやいやいやそんなわけないから。苺ミルクはもちろん苺ミルク味の飴だろうがアイスだろうがマシュマロだろうななんだって好きだし、なんなら苺ミルクベースの湯豆腐だって好きだから」と早口で否定する。舌と頭がぐるりと回りすぎて湯豆腐まで守備範囲に入れてしまったが、ぶっちゃけいけなくもないのではと脳の一割未満の理性が真剣に考える。
 湯豆腐にまた風香は首を傾げるが、苺ミルクプリンが銀時に受け入れられたことに「よかった」と胸をなでおろした。

「助けてくれたお礼なので本当はこんな試作品じゃなくて、ちゃんとお店で出せるレベルまで出来たものを出したかったんですけど……。でも銀時さんなら苺ミルクにこだわりがあって真っ当な評価を下してもらえるかなって」
「なるほどな」

 いや全然なるほどではないんだけどなと心の中でセルフツッコミを入れる。この様子からして怒ってはいないように見えるが、プリンの薄ピンクは苺ミルクじゃなくてキムチの色だったりなどと勘ぐってしまう。
 積み重なる罪悪感に腹を括り、逃走劇含め単刀直入に聞くと、今度は風香がぽかんとした。それから少し頬を染めながら、しかし可笑しそうに言う。

「確かにびっくりしましたけど、そんな生娘じゃないんですから」

「ましてや事故なんですから銀時さんが気にする必要はありませんよ」と一切銀時を咎めなかった。
 怒られなくて安心するところだが、銀時は風香の「生娘じゃないんですから」の一言に完全に持ってかれていた。

「えっ、えっ、風香サン、それってどういう――」
「それにパイタッチされることなんてかの子やハルには挨拶がわりにされることもありますしね」

 追撃。撃沈。再起不能直前。
 これ以上この話を深めてはいけないと銀時は頭を真っ白にして目の前の苺ミルクプリンにスプーンを入れた。
 二人でプリンを堪能したあと――味は文句なしの逸品だった――銀時はやつれ気味にえいげつ堂を後にした。
 風香だけが残った店内は寒々しさで満たされているが、

「どっちかっていうとお姫様抱っこの方が恥ずかったですよ……!!」

 それこそ本格キムチの如く真っ赤になってしゃがみこんだ。



------キリトリセン------
あさりさん今回もフリリク企画参加ありがとうございます!!
ヒトトセ本編の感想だけでなく、こうして企画参加も本当嬉しいです。
さて今回は、銀さんの依頼に巻き込まれる風香で、内容の明暗は任意ということで、明るい方(個人的にギャグが恋しくて……)になりました。
一般的な方でもいいんですが、生娘はウブなという意味のほうで。
ラッキースケベとは言え、天然とも取れる反応の風香ですが、これが記憶喪失中でしたら確実に銀さんは死んでたと思いますと余談。
意識するとこそこじゃなくね? 的なお話でした。
リクエストありがとうございました!!

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -