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 東の空で船が一隻、派手な爆発に伴い、赤い炎と黒煙に包まれながら落ちていくのが見えた。しばらくしないうちに決して少なくない命とともに海の藻屑と化すだろう。

「おひゃ〜……これじゃあまるで宇宙戦艦ムサシみたいだ」
「戦艦ムサシって……相変わらずてめェは呑気なもんだな。つーかもうおっ始めてるやがらァ。俺達が行く前にカタつくんじゃねーのオイ」

 しかしやられたのは銀時たちが目指す船ではないようだ。そこへ銀時の代わりにスクーターを運転していた鉄子が改造された紅桜の恐ろしさについて語る。そのひと振りは戦艦十隻にも相当する戦闘力を有するという。「マジ? ムサシ十隻とかどんだけ!?」とかの子は思わず目を見張った。

「規模がでか過ぎてしっくりこねーよ。もっと身近なもので例えてくれる?」
「オッパイがミサイルのお母さん千人分の戦闘力だ」
「そんなのもうお母さんじゃねーよ」
「いやいやむしろそれで伝わるほうがおかしいと思うんだけど。なに男の人の判断基準ってやっぱおっぱいなの? おっぱいなのね?」

 とにもかくにもそんな兵器と真正面から対峙するのだ。先日のやりあった時と比べれば、木刀なぞちり紙にも等しい。むしろ木刀でよくあそこまでやりあえたものだ。
 そこでと鉄子は銀時に一本の刀を渡す。少し鞘から抜くと、静謐と情熱の相反する輝きがそこにあった。鉄子の信念を具現化したような実直さが伝わってくる。

「わたしが打った刀だ。木刀では紅桜と戦えない……。使え」
「……刀はいいけど、何これ。この鍔の装飾? ウン――」

 そこで最後の一文字は鉄子の華麗なエルボーと共に消え去った。そしてドシャだのグシャだの痛々しい音が銀時と一緒に地面を走る。銀時の呻き声がさらにアスファルトを這った。

「ウンコじゃない。とぐろを巻いた龍だ」

 少し先で止まった鉄子が訂正する。

「てめェ俺がウンコと言い切る前にウンコと言ったということは自分でも薄々ウンコと思ってるという証拠じゃねーか」
「銀ちゃんそこはわかってても言わないのがハナでしょ。ウンコウンコ何回言えば気が済むの? でりかしーがない男は嫌われるぞ〜。……いや、男の子はいつになってもウンコ好きだもんね、ウンコ。ウンコは男の子の永遠の友達だもんね、仕方ないね」

「おっぱいもまた然り」と鉄子と並走していたかの子も――宵が違法ぎりぎり改造したエンジン付きの――キックボードを止め、やれやれと言ったジェスチャーを送る。かの子の銀時以上のウンコ連呼に「てめェこそデリカシーやら恥じらいってもんがねェのかよ」と銀時は突っ込もうとしたが、それより先に下の方でバタバタと何人か駆けていくほうに目が向く。それを見て三人はお互い顔を合わせ、頷くとそっと下へ降りた。
 どうやら銀時たちが見たのは攘夷志士。しかもその先にいたのは桂の腹心であるエリザベスだった。彼らが見据える先はもちろん渦中の船。さっき銀時たちが見たときよりさらも一隻減っていた。銀時たちは近くにあったゴミ箱に身を潜め、聞き耳を立てる。
 先程から高杉一派とやり合っているのは、やはり桂一派。仇討ちだと彼らはさらなる戦力を投じるために新しい船を準備しているらしいが、すでに交戦している船が志を同じくした者たちと一緒に落ちていく様を見て突入するのは無謀だとエリザベスに説いていた。しかしエリザベスは彼らに見向きもせず、じっと空を見つめながらいつも通りプラカードを掲げる。

『ガキどもを助けなきゃ。アレを死なせたら顔向けできん』

 『ガキ』の文字に銀時とかの子はすぐに新八たちのことだと気づく。そしてかの子は新八がひとりで行ってしまったことについ苦い気持ちが湧いた。かの子の雰囲気が一瞬暗いものに変色したことに銀時はすぐ気づいたが、何事もなかったように彼らのやりとりに耳を傾けた。
 エリザベスの言葉に部下たちは、「今は亡き桂にいまさら顔向けなど……」と言葉を濁した。しかしぺらりとひっくり返したプラカードに彼らは手のひらを返す。

『感じるんだ。あの船からなにか懐かしい気配がする』

 沈鬱な表情と諦念の声をあげる彼らを動かすには十分な言葉だった。



 そのままエリザベス率いる桂一派の、自らの船を衝突させるほぼ捨て身作戦に紛れて銀時たちは何とか敵陣に潜り込むことができた。鉄子の依頼、鉄矢の悲願と野望を止めるため船内を駆け抜ける。

「……マジで俺たちが来る前に終わってんじゃん」

 轟々と燃え盛る工房。鉄子の足元には見劣りはするが、その名のとおり紅色の淡い燐光を放つ村正の欠片が落ちている。鉄子はやるせない気持ちに自然と歯を噛み締め、銀時たちに向かって「ここにあるのは全部コピーだ。オリジナルがある限りこの凶行は終わらない」と見つめ直した。

「オリジナル……?」

 ピンと来ないかの子に銀時は、そういえば彼女が駆けつけた時にはもう似蔵は逃走した後で、現物を見ていなかったなと思い出す。あの時点で既に似蔵の片腕と融合していたところを見ると、今頃はどんなサイボーグに変化していることと先ほど鉄子の例えを思い出して銀時の傷口が僅かに疼いた。
 カッとかの子の視界の端で小さな火花が散る。

「鉄子ちゃん危ない!!」

 銀時が紅桜に意識をとらわれている一瞬、その隣で何かが爆発した。飛んでくる破片に咄嗟に防御体勢を取るも、耳を塞ぎそこねたせいで爆音が頭の中に直で刺さる。

「おい大丈夫か!?」

 耳鳴りに耐えながら銀時のそばにいたはずのかの子たちの姿が見えないことに焦る。いまの爆発に巻き込まれたか、それとも落ちてきた瓦礫に、と考えると自然と切迫した声で二人の名前を呼んだ。

「こっちは大丈夫! 銀ちゃんは!?」

 瓦礫を隔てた先でかの子が返事をする。爆弾にいち早く気づいたかの子が鉄子を庇い、幸いかすり傷程度で済んだらしい。二人の無事にひとまず安心したが、かの子はまだしも鉄子を連れてきたのはまずかったかもしれない。しかしついていくと言った鉄子の目を思い返して頭を振りかぶった。
 そのとき向こう側から鉄子の声が聞こえた。

「船内がこの有様だ。おそらく兄者たちは誰にも邪魔されないようなまだ安全な場所……船の上にいる可能性が高い」
「なァるほどな。馬鹿と悪党は高いところがお好きとはよく言ったもんだ」

 それから彼らはそれぞれのルートで、鉄矢たちがいるであろう上で落ち合うことに話がついた。かの子が傍にいるなら鉄子も安全だろう。それにこんないつどこで爆発が起きてもおかしくない船内に残る敵なぞあのかの子なら鉄子がいてもあっさりと片付けて見せるに違いない。

「おいかの子!! 大事な依頼人なんだからしっかり護衛しろよ! こっちはまだ依頼料もらってねェんだからな!」
「わぁってますよォだ!! うちだってまだプリン食べれてないんだから!!」
「おいおいかの子さんよォ、それフラグって言うんだぜ」
「それこそおいおい銀時さんよォ、食べ物の恨みは恐ろしいって言うだろ」
「ハハッ! 違いねェな」

 この状況でそれだけ軽口が叩けるなら十分だ。食べ物の恨みといえば、銀時が居ぬ間に彼の苺ミルクの量が明らかに減っていたことを思い出してさらに声を殺して笑う。「じゃあな」と銀時は動き出した。
 そのままかの子たちも動き出すはずだったが、すぐに動かなかった。銀時の足音が完全に消えてからかの子はいままで必死に抑えていた鉄子の口を解放した。
 動けなかったのだ。

「いやぁホント鉄子ちゃんが無事で良かったよ……」と鉄子の口を塞いでいた手を離す。
「ぷっはぁっ。それよりも左腕が!」
「な〜に、な〜に。こんなんかすり傷ってもんよ!」

「だが……」と鉄子は言いよどむ。かの子の左袖がじわじわと赤く染まっていく。鉄子を庇った時に爆発による火傷と弾けとんだ破片がかの子の左腕を切り裂いていた。誰が見ても擦り傷なんて表現はあまりに馬鹿馬鹿しい。

「そんな深刻そうな顔しないでよ。見た目は酷いけど、実際そうでもないからね! というかそういう顔されると逆に意識しちゃうから! ね?」

 無理やり笑っているようにはみえないかの子の表情と声音に鉄子は言われたとおり自身の表情を引き締めた。それでも最低限の処置として鉄子は自身の右腕の服を引きちぎってかの子の血に触れないように止血を施した。その様子を「ワイルド〜」と思いながらかの子はされるがままだ。

「さて、ちょっと出遅れたけど、ちゃんとお兄さんのところまで連れてくからね」

 血で汚れてない右手で鉄子の手を掴んで二人も動き出した。



「あのロン毛ヅラさん、ちょぉっとやりすぎじゃないですかねん」

 背後でぽんぽんポップコーンのように面白いくらい爆発が繰り返される。そういう宵も彼の手伝いとしてあれこれ爆弾をしかけたが、想像以上の徹底ぶりに愚痴を漏らさずにはいられない。
 ぶかぶかな男物の着物を余計な部分を何とか縛り付けたりしたもので煙い船内を駆け巡る。
 目的はもちろん風香の奪還である。爆弾の設置の傍らこっそり船内の捜索をしていた。人の動きやたまたま風香らしき悲鳴が聞こえたりと、場所の検討はついている。
 出来ることならその時点で風香を助けたかったが、よしんば成功しても確かな退路が用意できていなかった。加えて完全に自我を失っているであろう風香を連れ出すのは容易ではないと覚悟していた。

「……さて」

 どたばたと浪士たちが船の先頭へ駆けていくのを確認して、天井に張り巡らされたパイプの迷路から軽やかに降り立つ。
 当然扉には鍵が掛かっているが、今までの爆発の余波のおかげで数回体当たりすると呆気なく突き破ることができた。中は壁に少しヒビが入っていたり、いま突き破った扉の欠片が少し飛び散っただけで目立った危険はないように見えた。その中で風香は隅で膝を立て、両腕で頭を守るように縮こまっていた。

「……風香」

 なるべく刺激しないようにそっと近づき、呼びかける。

「風香」

 その体に触れた瞬間、彼女は体内に雷が走ったように宵から距離を取った。また子たちが監視していたときは全く動かず、電源の切れたロボットのようだったのが嘘のように飛び退いた。

「風香……?」

 彼女の不安を取り除くように呼びかけたはずの宵の声は震えていた。不安を取り除くように呼びかけた先は果たして風香に向けたものなのか自身に向けたものか、宵にはわからなかった。
 これまで何度も誰もが震え上がるような場面にあってきた。本当に死にかけたことも一度や二度じゃない。そのたびに恐ろしいと思った。怖いと思った。嘘じゃない、本当のことだ。万斉と剣戟を交わしたときも本当に怖かった。いつこの体が真っ二つに斬られるか。一歩間違えればあっという間に奈落の底。そんな命のやり取りに比べれば、何ともないはずなのに宵はいま風香をただ見るということが今までより一番恐ろしくて怖かった。
 風香に触れた指先から凍りつく身体。正反対に鼓動は熱く激しく脈打つ。全身が恐怖に震える。
 逃げたい。いまの風香を見たくない。怖い。怖い。逃げたい。逃げ出したい。
 それでも、と宵は息も絶え絶えな中、もう一度「風香」と呼び、彼女を見た。
 しかし宵の呼び声は彼女に届くことなく、傍にあった鋭利な破片を宵に突きつけて、

「   」
 
 涙を流しながらも今までにない鋭い声が宵のすべてを拒絶した。
 そして彼女の目に映る自身の姿を見て、鏡と向き合うような状況に今度こそ宵は逃げ出してしまった。
 彼女の心は拒絶された恐怖と「ああ、これで良かったのだ」とどこから沸いたのかわからない安堵がぐちゃで。
 何故そんなことを思うのかという答えとすっかりわからなくなってしまった自分を探すように船内の奥へ逃げた。

「ほらね」と幻聴が聞こえた。

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