はじめまして、こんにちは、私の名前は?


 ここ数日で銀時の周りは随分騒がしく、否、賑やかになった。
 初めは冴えない眼鏡、それからただの卵を焼くだけで大量殺戮兵器を作り出す彼の姉。
 見た目は少女、中身はゴリラなチャイナ娘。ついでにとんでもない神通力を持つ狛犬による命懸け、文字通りに己の命という玉でキャッチボールにも付き合った。おかげで持て余していた万事屋のスペースは驚く程狭くなった。従業員が増えても依頼が増えるわけではない。冴えない眼鏡こと志村新八には帰る家兼道場があるが、ゴリラチャイナ娘こと神楽は出稼ぎできた天人。銀時が何か言うより先に、最初からそうであったように万事屋に住み着いた。当然狛犬こと定春も神楽と同様で、腹が減っても減らなくても銀時の頭をかじる。
 ということが立て続けに起こり、流石の銀時も「もう何が起こっても俺は動じない」と死んだ魚の目と例えられるそれをさらに虚無を加えて言った。



「だから俺は反対だったんだよ〜」

 大抵、捨て犬などに対して子供が「ちゃんと世話するから!!」と強請った後の未来などたかがしれている。室内で可愛がりこそすれ、散歩や躾などだいたい親が面倒見ることになる。そして銀時はいま神楽の代わりに定春と散歩に来ていた。
 嬉しそうに先へ先へと走る犬。文字に起こしてしまえば随分可愛いものに思えるが、これが成人男性をゆうに超える、熊と並べても遜色ないほどの犬であればどうなるか。

「わふっ! わふっ!!」

 走る定春の反動で何度地面に打ち付けられては空に跳ね上がるか、銀時はとうに数えるのをやめた。全身打ち身と擦り傷まみれ。これならまだ医療費が狙えそうな交通事故に巻き込まれた方がマシだ。
 ひとしきりかぶき町を回ったところで暴走列車定春号は一時停止した。それに伴い、銀時もようやく一息入れることができた。
 すぐ近くに流れる小川からぺろぺろと水分補給する定春を見ながら銀時も「俺もいちごミルク補給してぇなぁ」とため息をこぼす。特に、今日は大事に大事にとっておいたのを神楽に奪われてしまった。低血糖で死にそうだと空を見上げた。本体から縮れて薄くなった白い雲が綿菓子のように銀時の目に映る。
 美味そうだなァと口から涎が垂れそうになったとき、ぐんっと銀時の体が動いた。

「ちょっ!? 定春サン!?」

 始まりがそうだったように、予備動作なく再発進する定春。さっきまで町中を駆け回ったときよりも格段にスピードが違がった。喜々として走っていた定春の表情も、あてどなくゴールも決めずに走り回るところも違っていた。
 何かに警戒するように顔をしかめ、ひくひくと鼻を利かせている。
 豹変した定春に銀時は何か厄介事に巻き込まれそうだと辟易するも地面を強く蹴った理由は諦念か人情か。銀時はそのまま定春の背中に跨った。
 定春はかぶき町の中心部や大通りを避け、迷子になりそうな路地裏、長屋を迷うことなく縫うように駆け抜けていく。ゴールがどこかわからなくても人間の銀時にでもわかる生臭いが鼻から入って気持ち悪さとともに肺へ送られる。顔をしかめずにはいられない。

「わんっ!」

 という鳴き声とともに定春が足元に土煙を上げて止まった。
 袋小路には臭いの元であろう、全身血まみれの人間がボロ雑巾のように倒れていた。
 定春から飛び降りた銀時が駆け寄る。

「おい! おいっ! しっかりしろ!!」

 上半身を抱き上げた時、それが華奢な少女だと知る。

「ひぃっ!?」

 第三者の声に少女を抱き上げたまま振り向く。白い調理服と帽子を被った老年の男性が腰を抜かしてこちらを見ている。銀時は男が逃げて冤罪を着せられる前に「医者を呼べ!!」と叫んだ。腰が抜けているので言われてすぐには立てなかったが、男は「わかった!」と何とか立ち上がり、足を縺れながら医者を呼んだ。



 男はこの路地に定食屋を構える主人だった。
 定食屋とは別に居を構えているため、その出勤途中に銀時たちと出くわしたらしい。そして彼は銀時が思うよりずっと善人で、尋常じゃない状況にも関わらず医者と一緒に自宅にあげ、医者に「この人が彼女を見つけてくれたんです」と犯人扱いなぞしなかった。呼ばれた医者も物分りがよく、病院に送ることはせずに主人の言葉に甘えて自宅に上がって少女の手当をした。

「見た目ほど傷は深くありません。というより彼女自身の傷は擦り傷のような些細なもので、おそらく他人のものでしょう」

 血なまぐさい服から着替えさせ、布団の上で眠る少女の呼吸は安定していた。

「いま私が出来ることはここまでです。あと彼女が目覚めるまで待ちましょう。もし何かあったら呼んでください」

 そう言って医者は一旦引き上げた。
 残ったのは眠る少女と主人と銀時。とりあえず銀時は自分が駆けつけた時にはこの状態だった、自分がやったわけではないということを改めて話した。主人はお人好しなのか、「そうかい」と銀時の言うことを信じた。主人も主人で経緯を話した。銀時もとりあえず主人の話に頷いた。

「しかしなんでまたこんな惨いことに……まだ年端もいかない娘だぞ……」

 少女を見つめる主人の目は悲哀、憐憫をしずしずと語っていた。全く関係のない人間であるのにも関わらず、今にも泣きそうに見える。まるで自分の娘を重ねているようだ。
 しかしお人好しなどと言い始めると、銀時も新八たちのこともあり、大概であるがこの場にそれに突っ込む人間はいない。また銀時も一度乗って動いてしまった舟だ。せめて少女が目覚めて何があったか聞くまでは付き合うつもりでいた。
 少女はなかなか目を覚まさず、付き合ってくれている銀時に「ほんの気持ちだが……」とお茶と菓子を振舞ってくれた。その菓子がまた万事屋ではまず見かけない、見つかれば全面戦争に発展しかねないいちご大福を2個も出してくれた。それはそれ、これはこれと銀時はありがた〜くそのいちご大福をいただいた。
 少女が目覚めたのはちょうどお昼すぎ。主人がついでにと昼食を用意しているときに小さなうめき声と共に目を覚ました。
 焦点が合わないのか、何度か瞬きを繰り返す。
 気づいた銀時は少女の元へ駆け寄り、「大丈夫か?」と声をかけた。擦り傷だけだが、もしかしたら病魔のおそれもあることを考慮して静かに。
 その声に天井ばかりみていた少女の目が銀時に向く。神楽と同じぐらい幼い顔立ちをしていた。少女は起き上がろうとするが、上手く力が入らずまた布団に倒れ込むところを銀時が素早く受け止めた。そのまま背中を支えながら、改めて「大丈夫か?」と聞いた。

「ありがとうございます」

 お礼の言葉はそよ風でも浚えそうなほど小さく掠れていた。

「どこのどなたか存じませんが、ありがとうございます」

 弱々しい声だが、意識もはっきりしているようで銀時は胸をなでおろした。またいきなりあの状況を問いただすのも憚られ、銀時は相手を安心させるために自己紹介をした。

「俺は坂田銀時。かぶき町で万事屋をやってる」

 ここの主人はこの紹介で「あ〜! あのお登勢さんところの!」と伝わったが、少女は首をかしげるばかり。

「かぶきちょう? かぶきちょう……。失礼ですが、そのかぶきちょうとはどこにあるのですか?」

 少女の覚束無い言葉に銀時は一度下ろした胸を拾う準備をする。

「あんた、ここがどこかわかってないのか?」

 まあよっぽどの田舎者ならそういうこともあるだろう。しかし次に少女の口から落ちた言葉に拾い直したはずの胸が鉛となって突如銀時の頭上から落ちる。

「すみません。わ、たしの……わたしの名前、は……わたしは、何というのでしょう?」


------キリトリセン------
お題箱より『風香が銀さんに助けられたエピソード』でした。
助けられたというより初対面でした!
こういうかの子以外、キャラとどういう風に出会っていたかという粗筋は頭にあったのですが、それから書き始めると原作にたどり着くまで時間がかかりすぎるということで省いて始めました。
今後本編でもその出会いを深く掘り返すつもりもなく、本編詰まったときの番外という名の逃げ道の1本でしたので、実はこうして改めて書けて楽しかったです!
ヒトトセ開始よりかなり自我・記憶がおぼろです。
定食屋ことえいげつ堂の店主との関係もここから始まりました。
かの子に再会するまでに何とか自分の名前やある程度の自我を思い出し、「記憶はないけれど、いまは店主さんに恩返しすることが大事!」と馴染んでいました。
かの子と再会することで風香の本当の物語が始まるわけです。
余力と機会があったら、いつかほかのも書きたいと思ってます。

リクエストありがとうございました!

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -