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「思ったより遅くなっちゃったな……」

 両手にはずっしりの野菜や果物などが入った買い物袋がぶら下がっている。
 最初は必要なものだけ買って帰るつもりだったが、予期せぬタイムセールに翻弄されてしまい、スーパーを出た頃にはすでに太陽は半分ほど地平線にその身を沈めていた。
 その帰路途中、新八くんとエリザベスさんとばったり会った。

「あ、風香さん」
「新八くん! あ、エリザベスさんとはさっきぶりですね」
『体調は大丈夫ですか?』
「はい。もう大丈夫ですよ」
「え、風香さんも体調良くないんですか?」
「ち、違うよ。別にかの子ちゃんの風邪がうつったとかそういうのじゃないから安心して?」

 実を言うとまだ胸にもやもやとしたものが消えずにいる。でも素直に言うわけにもいかなくて笑って誤魔化す。罪悪感がじくじくと胸を痛めつける。それでも新八くんは安心したように「それならいいですけど、風香さんも無理しないでくださいよ」と言ってくれた。

「あ、そうだ新八くんは今日夕飯どうする? 万事屋で食べてく?」
「あ、いえ今日はちょっとエリザベスさんの仕事があるので遠慮しておきます」
「そっか。それじゃあ神楽ちゃんもいらなかな?」
「たぶんいらないと思います。あ、でも残しておいてくれても喜んで食べると思いますよ」
「じゃあお夜食になにか作っておくね」
「いつもありがとうございます風香さん」
「そんなお礼なんていいよ。あたしが好きでやってることだし」

 いつも神楽ちゃんや坂田さんに振り回されっぱなしだけど、実は気がきくし、育ちがいいのか所作は綺麗な新八くん。気も利くし、年の割には本当しっかりしてるよなあ。

「それじゃあ二人共お仕事頑張ってくださいね」
『はいありがとうございます』
「風香さん、かの子さんのことお願いします」

 そう言って二人と別れた。
 あ、しまった坂田さんの分もいるか聞き忘れてしまった。でも新八くんたちの様子を見るにたぶんいらないんだろう。
 別れ際、あたしと入れ違いにハルちゃんが来てたみたいで、もしかしたらずっとかの子ちゃんの面倒を見てくれてるのかもしれない。せっかくだしハルちゃんも一緒に三人で食卓囲むのもいいかもしれない。
 なんて考えながら早足で万事屋へ向かう。

 ひたり。

 そのときぞくりと背中に得体の知れない寒気が走った。
 慌てて振り返ってみるもそこには何もなく、ただ行き交う人々が「なんだ?」とつられるだけ。いま確かに何かを感じたが、その正体まではわからなかった。

 なんだろうすごく嫌な予感がする。

 これが俗に言う第六感というべきなのかはわからないが、本能が危ないと激しく警鐘を鳴らしている。

「……誰かそこにいるんですか?」

 そう問いかけて返事が返ってくる訳もない。じっとりとした汗が背中を伝う。再び前を向いて歩き出すも、背中に感じる嫌なものは一向に止む気配がなかった。
 
 怖い。
 怖い。
 怖い。

 気が付けば、走り出していた。

「っは、はあ、はあ」

 夢中で走った。自分の呼吸音と買い物袋がガサガサと鳴る音がやけに大きく聞こえ、あたしを急かす。
 全力で走って何とか万事屋へと繋がる階段までたどり着いた。それからもう一度振り返って誰もついてこないことを確認してゆっくりと階段を登る。

 一体何だったんだろう。

 呼吸を整えながら一段一段登っていく。

「――そこのお嬢さん」
「……え?」



「……うー、その博物館に三足歩行用のトイレはないって――んぅ?」

 熱でうなされ、全く意味のわからない自分の寝言にぼんやりと意識が浮上する。それから頭にバケツを被ってガンガンと叩かれているような、凄まじい頭痛に微睡んでいた脳は完全に覚醒。片手で頭を押さえながら布団から起き上がると、追い打ちをかけるように風邪特有のだるさが体全体に付きまとう。
薄暗い室内で、時計はぼんやりと七時前を指していた。

「風香……薬……」

 しかし返事はない。それどころか、普段なら意味もなくついてるテレビの音や誰かの寝息、人の気配すら感じられなかった。

「ありゃ……これは、もしや、ぼっち?」

 なんて巫山戯て言ってもやっぱり何も返ってこなかった。
 自分で動くのはひどく億劫だったが、薬を飲まないことには楽にならないだろうと、体の節々が悲鳴を上げるのを我慢して部屋を出た。

「本当に誰もいねえや。おい病人ほうっておくなよチクショー」

 悪態をついたそのとき、なにか玄関の方で物音がした。
 誰か帰ってきたのだろうと、視線をそちらに向けるが、扉は一向に開く気配はない。人影も見えなかった。

「あれ?」

 とりあえず玄関の扉を開けるとその足元には風香がいつも使っている買い物袋がポツンと置いてあった。
 あたりを見渡してみるが往来に風香の姿は見えない。確かにそこに誰かがいた痕跡はあるのに、とかの子は頭にハテナを浮かべる。

「とりあえず中に入れておくか」

 買い物袋を持って中に引っ込む。そのまま台所の冷蔵庫へ片付けていく。仕分けしながら今すぐにでも食べれるものがないか探す。お肉、卵、うどん、りんご、スポーツドリンクなど風邪でも食べやすく、栄養の取れるものが入っていた。他にもおそらくセール品であるトイレットペーパーやテッシュも。
 ぐうっと可愛らしい腹の虫が鳴く。

「うーん……プリンのひとつやふたつあってもいいと思うけどな……」

 続いてきゅるきゅるとまた鳴いた。
 一度プリンが食べたいと思ってしまうとお腹はすっかりプリンモードに入ってしまう。
 「うーん」としゃがみ込み首をぐらぐらさせながらかの子は考える。

「いいよーっだ自分で買いに行くから!」

 体はだるいが、起き上がった時ほど酷くはない。
銀時の仕事机の引き出しを開け、上板にひっついている封筒、もとい、へそくりからこっそり千円を一枚抜き取ると四つ折りにして手のひらサイズの赤いがま口にしまった。

「いざ、プリンを求めて!!」

 しっかり戸締りをしてからかの子は外に出た。

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