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 エリザベスが万事屋を訪れる少し前、ちょうど辻斬りがあった川沿いの道で風香と会っていた。
 たくさんの野次馬の中で一際目立つ白い影に思わずその名を呼ぶ。

「あ、エリザベスさん?」

 どこに耳が付いているのかわからないのに、そんな風香の小さなつぶやきにもエリザベスは律儀に反応し、そちらのほうを向いた。
 事あるごとに桂が自分の一派に銀時を引き入れようと何度か来ているうちにいつの間にかエリザベスも一緒に来ていて、もう面倒くさがってる銀時の代わりにお茶を出したりしている。一見不気味に見えるエリザベスだが、思いのほかその行動は紳士で、外でばったりあったりすると買い物の荷物を持ってくれたりしている。
 下手すると銀時より風香の信頼を得ているとはかの子の言だ。

「今日はお一人ですか?」

 桂が近くにいないことを尋ねるとエリザベスはどこか悲しげに俯いた。

『じ、実は昨日から桂さんの姿が見えないのです』
「え?」

 エリザベスはちらりと川辺の人だかりのほうへ視線を向けた。自然と風香の視線もそちらへ移動する。
 その先には辻斬りにあったと思われる死体に藁が掛けられているが、収まりきらない手足からは生々しい血の跡が見えた。
 その瞬間、風香はどこかで覚えのある吐き気を覚えた。

 人が死ぬ。人が殺される。

『風香さん!?』

 思わず持っていた空の買い物袋を落とし、両手で必死にせり上がってくる吐き気を止める。いつか見た殺し合いの場面が蘇り、息が詰まるのを感じた。同時に頭に締め付けられるような痛みが走る。

「……あっ、うっ……」

 その瞬間、風香の中でかの子、ハル、宵、それぞれの顔がフラッシュバックした。

 エリザベスが落ち着きやすいようにと背中をさするリズムにあわせて呼吸を整える。

「もう、大丈夫です」

 顔色も真っ白だった先程よりは幾分赤くなったが、まだいいとは言えない。心配そうに覗き込むエリザベスに「もしかしたら坂田さんなら桂さんのこと知ってるかもしれません」となんてことないような風を装って言った。

『家まで送ります』
「そんな。もう大丈夫です」
『それならせめてどこかで休みましょう』
「大丈夫です。それに熱で待ってるかの子ちゃんがいるんです。早く精のつくもの食べさせてあげないと」

 渋るエリザベスを半ば無理やり振り切ってスーパーへ急いだ。
 止めることのできなかったエリザベスは仕方ないと、風香に言われたとおり万事屋へ急いだ。



「で、なんでてめえまで付いてくるんだ」
「え?」

 エリザベスを新八と神楽に任せた銀時は後ろからちょこちょこついてくるハルに言った。

「だって自分暇なんですもん」
「こっちとら仕事なんだよ!! ガキの遊びに付き合ってる暇はねえんだよ!!」
「そんなこと言わないでくださいよー、あ、看板発見!!」

 かの子ほどではないが、ゴーイングマイウェイなハルは銀時など無視して先に目的地である刀鍛冶屋に入った。
 一歩はいるだけで鉄を打つ音はお腹まで響き、むわっとした熱気が2人を出迎えた。

「あの〜すいませ〜ん。万事屋ですけどォ」

 銀時の間延びした声はとなりでいるハルでさえ、かすかにしか聞き取れないほどで中で作業している二人には当然聞こえず、鉄を打つ音に完全にかき消されてしまい、気づいてくれない。万事屋ではないがハルも呼びかけてみるも意味を成さない。

「すいませーん万事屋ですけどォ!!」
「あー!! あんだってェ!?」
「万事屋ですけどお電話いただいてまいりましたァ!」
「新聞ならいらねーって言ってんだろーが!!」
「新聞の勧誘と間違われてますぜ銀さん」
「おいこら気安く銀さんって呼ぶな。くっそ全然聞こえてねえじゃねえか……バーカバーカウンコ!!」
「ちょっ子供ですか!」
「いいんだよ。どーせ聞こえてねーだろ」

 なんて言った蕎麦から金槌が飛んできた。

「万事屋さんんんんん」

 見事顎にクリティカルヒット。倒れ伏す銀時をハルが介抱し起こそうとするが、鼻血がたれてきたのを見ると「うわ、きたね」と容赦なく銀時を地面に叩きつけた。



「いや大変すまぬことをした!! こちらも汗だくで仕事をしているゆえ手が滑ってしまった、申し訳ない!」

 ようやく2人は中へ通され、囲炉裏を囲みながら依頼内容を聞く。
 なお銀時は相当根にもっているのか、「ぜってー聞こえてたよこいつら」と小声で吐露した。

「申し遅れた。私たちは兄妹で刀鍛冶を営んでおります! わたしは兄の鉄矢! そしてこっちは……」

 鉄矢が隣にいる女性、妹を紹介しようとしたが、彼女はそっぽを向いて口を開かない。そんな妹を鉄矢はたしなめるが、視線すら合わそうとしない。名前は鉄子というらしい。

「にしても世の中刀もっちゃダメなんですよね?」
「廃刀令な? このご時世に刀鍛冶とは色々大変そうですね」
「そうそう、ハイトーレイ」

 知ったかぶりをするハルに銀時が「お前ぜってえわかってねえだろ」と小突く。

「でね!! 今回貴殿に頼みたいという仕事は」

 初めて会った時からそうだが、鉄矢は銀時の話を全く聞こうとしない。「声張り上げるだけ無駄だよ」という珍しく的を射たハルの言葉に半ば諦めた銀時が話の続きを待つ。
 鉄矢曰く、彼ら兄妹であり江戸一番の刀匠と謳われた父、仁鉄が作り上げた傑作、『紅桜』という刀が盗まれたらしい。銀時にはそれを探し出して欲しいという。

「その鋭き刃は岩をも切り裂き、月明かりに照らすと淡い紅色を帯びるその刀身は夜桜の如く妖しく美しい、まさに二つとない名刀」

しかしこの『紅桜』ただの刀ではない。“いわくつき”だ。

「紅桜を打った父が一ヶ月にポックリと死んだのを皮切りにそれ以降も紅桜に関わる人間は必ず凶事に見舞われた!! あれは……あれは人の魂を吸う妖刀なんだ」
「ようとう?」
「オイオイオ勘弁してくださいよ!! じゃあ俺にも何か不吉なことが起こるかも知れないじゃないですか!!」

 ただのモノ探しだと思えば、そんな危険な香りしかしない仕事だとは思ってもなかった。

「坂田さん、紅桜が災いを呼び起こす前に何卒宜しくお願いします!!」
「聞けやァァァ!! コイツホントッ会ってから一回も俺の話聞いてねーよ」

 誠心誠意、気持ちを込めて鉄矢が土下座までしてお願いするが、銀時の言葉は一切その耳に入っていなかった。

「銀さんなめられてる証拠じゃ――ごふっ!!」
「ガキは黙ってろ!!」

 どうしようもなくなったとき、鶴の一声のように今まで黙っていた鉄子が口を開いた。

「兄者と話すときはもっと耳元によって腹から声出さんと……」
「え、そうなの? じゃっ」

 鉄子の言うとおり、鉄矢の隣に移動し、深く息を吸って腹から声を出す。

「お兄さアアアアアアアん!! あの……――」
「うるさーい!!」

 しかし見事返り討ちにあって終わった。

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