19


 最近よく見る夢がある。
 どんな夢かと問われれば気味が悪いとしか言えない。
 夢の中の自分はこれが夢だとわかっている、いわゆる明晰夢なのだがすべての感覚が現実味を帯びていて、本物だと錯覚してしまうほどだ。
 それをただの夢だと片付けてしまうには気味が悪い。
しかし決まって夢の内容はいつもはっきりとは覚えておらず曖昧で、後味の悪さと虚無感がしこりのように残る。夜な夜なうなされては、時にひどい寝汗とともに深夜に飛び起きる、なんて事態もままあった。唯一覚えているといえば、夢の最後は必ず誰かの笑顔が過る。しかしそれもぼやけてて誰はかはっきりしないのだ。
 ああ、あなたは一体誰? どうして笑ってるの?
 問いかけようにもあなたは待ってはくれない。



「ねえ不知火先生―『つじぎり』ってなあに?」
「怖くて危ない人(しと)のことだよん」

 書道教室の帰り、近頃辻斬りが跋扈していることもあり、宵は習いに来る子供たちを一人一人自宅まで送り届けていた。

「怖ーい人が刀を振り回してほかの人をさくっと殺しちゃうの?」
「そうだよん。だからお母さんやお父さんと一緒でも夜は外に出ちゃダメだよん? 先生との約束だからねん」
「うん!」

 そうして最後の一人をちゃんと親に届けたあと、夕暮れの町を宵はひとりで帰っていく。

「そこのお人、何か用かい?」

 ぴたりと歩みを止めれば、物陰から一人の男がするりと出てきた。

「わかっていたか」
「おや、子供たちも不審がっていたよん? 『先生だれかついてくるー』って」

 子供というものは大人よりも何倍も物事に敏感だ。しかし、男はそれも承知でわざとつけていたのだろう。

「それで何か?」
「お主と会うのはこれで二度目でござるな」

 姿を表した男、河上万斉ははっきりそう言った。一瞬ふたりの視線が交錯する。しかし宵は軽く鼻で笑うと、「さてどこでお会いしましたかねん?」と肩を竦めた。

「忘れたわけではなかろう。あの雨の日、お主と初めて会った時拙者は衝撃を受けた」

 生きている人間なのに聴こえてくるのは死んだような旋律ではないただの音。万斉はこれまで多くの人間の内なる音を聞いてきたが、宵のような音は初めてだと言う。

「だから? なんだっていうんですかねん?」
「お主に興味がある」
「残念ですけど、あたしゃあ興味ないですねん。第一、こんなか弱い女性にゃあ何もないですよん」
「では先程から今か今かと出番を待ってるナイフはなんだ?」

 そこでようやく宵は「面倒なことになった」と悟った。
 万斉が担いでいる三味線は初めて会ったときからすでに仕込み刀であることは知っていた。万が一の時ために袖に仕込ませていたナイフを握る手が汗で滲む。

「そしてこうして面と合わせたとき感じた。お主、何をそんなに生き急ぐ?」

 宵の額にしわが寄った。

「生き急ぐ? はて、それこそ、なんのことでしょうか」
「虚勢を張るな。お主の音を聞いていればわかる。周りにはうまく隠しているだろうが、拙者の耳は誤魔化せん」

 万斉が一歩踏み出せは、宵は半歩下がる。サングラスの奥の見えない目に警戒し、いつ背中の仕込み刀が振るわれてもいいようにナイフを握り直す。

「……お主、一緒に来ないか?」
「は?」
「高杉晋助、という名を知らぬわけではなかろう?」
「……まさか高杉晋助の仲間になれと?」
「然様。お主はこんなところでぬるま湯に浸かってるような人間ではないでござろう?」

 再び二つの視線が交わる。いっそのことその刀を抜いてくれれば楽なのに、と宵は思う。

「せっかく、といっても微塵にもいいとは思ってないですけど、そのお誘いは遠慮せさせてもらいますよん」
「何故?」
「簡単な話ですよ、仮にあたしゃあが生き急いでるとしてもそんな危ない組織に身を寄せる筋合いはないってことですよん」

 そう言うと簡単に背中を見せてその場を離れる。しかしガラ空きの背中を見ても万斉は無闇にその後を追うことはしなかった。ただ黙ってその背中を見送ると、その場を静かに去った。



「ぶぇえっくしゅん!!」

 万事屋に響くくしゃみがひとつ響く。

「あーマジやべえこれはマジでやばいかもしれない」

 続けてずずと鼻をすするのはかの子で、いつもの寝床である押入れの下部分ではなく、銀時の和室に布団を敷いて寝ていた。目の焦点はうろうろと定まらず虚ろで、頬は辛そうな熱を帯びている。

「大丈夫、じゃないよね」

 そのすぐ隣では風香がすっかり火照ったタオルを冷水に浸し、絞るとかの子の額に乗せる。

「なにか食べたいものある?」
「A5のサーロインステーキ」
「ふざけんじゃねえよクソガキが!」

 銀時のチョップがかの子の額にクリティカルヒットした。「ああああ」と小さくなるかの子に風香が「かの子ちゃんは病人なんですから!」と叱った。

「そーだぞーうちはいま病人なんだぞーほら敬えよ」
「それを言うなら労えよ、だよね……」
「そーともいう」

 熱はあっても口先は相変わらず達者なようだ。

「どちらにせよなにか栄養あるもの食べさせないと。坂田さん、ちょっと買い物行ってくるのでかの子ちゃんの看病お願いしますね」
「え、俺!?」
「新八くんも神楽ちゃんいますし、大丈夫ですよ」

 それじゃあ、と風香は買い物袋を片手にさっさと万事屋を出て行ってしまった。
 看病ったってどうすれば……と一瞬悩む銀時だったが、瞬足で爆睡し始めたかの子を見てすっと部屋を出ると静かに襖を閉めた。

「やれやれ、馬鹿は風邪ひかねえもんだと思ったんだがなあ」

 とりあえずいつものソファに寝転がり、買ってきたジャンプでも読もうとしたとき、ぴんぽんと来客を告げるチャイムが鳴った。

「おーい新八ィ出てこいよー」
「ええ僕ですか……」

 全く動く気配の見えない銀時に新八が渋々といった感じで戸を開けた。

「あ、ハルさん」
「ちっすパチシンくん! かの子いる?」

 この際、謎の呼び方はスルーして珍しく私服姿のハルがいた。なんでも久しぶりに休暇をもらったそうで、かの子と遊びに来たそうだ。

「実は……」

 この上なく嬉しそうなハルにかの子が風邪ひいたと告げるのは気が引けたが、新八は素直にかの子の容態を話した。

「え、あのかの子が!? 風邪!? マジで!?」

 ところがしょんぼりするどころか、どこか嬉しそうに言った。そして新八の制止の声を無視してずかずかと中に入ると、かの子のいる和室へ向かった。

「マジだ……マジで寝込んでる……」

 すぴすぴと可愛らしい寝息を立てるかの子を前にハルは衝撃を受ける。傍に駆け寄り、少しタオルをずらして熱を計ると「おお……」と声を漏らした。

「なにか悪いものでも食べたの?」
「いや特に何もなくて……昨日は全然平気だったんですけど、今日朝来たら押入れの中で辛そうに唸ってたんですよ」
「へえ〜」

 いつもやられてるばかりなので、その仕返しと言わんばかりにハルはかの子の頬を突いたりして遊んでいる。

「あ、あんまりやると」
「大丈夫大丈夫! 寝入ったかの子は滅多に起きたりし――」

 次の瞬間、ハルとかの子の位置が逆転する。

「いだいいだいぢあいいだすみませんごめんなさい調子乗りましたあああああああぁぁん!!」

 恐るべきことに眠ったままハルに逆エビ固めを決めたのだ。ぎちぎちと恐ろしい音を立てる一方でかの子の寝息はなんとも安らかなものだった。
 結局新八が何とかかの子を引き剥がして寝かしつけた。

「はー死ぬかと思った……」

 痛む首や体をあちこち動かしながら言う。時折、ゴリッだのゴキッだの鳴る恐ろしい音に新八ははらはらが止まらなかった。

「でもまあ風邪なら仕方ないよね……」

 しょぼんと寂しそうに帰ろうとしたとき、またしてもピンポンが鳴った。今度は神楽に行かせたらしく、戻ってきた時にはエリザベスを連れていた。
 その瞬間、新八はハルをかの子のいる部屋に押し込み、すぐさま襖を閉めた。
 休暇中とはいえ、桂の右腕と言わんばかりのエリザベスがこんなところに来てるなんてしれたらあらぬ疑いをかけられる可能性がある。さすがの銀時もそれを察し、即座に行動に出た新八にグッジョブと親指を立てた。

「え、なにパチシンくんどうしたの!? 自分なにか悪いことした!?」

 ハルが襖を叩く音が聞こえる。エリザベスも新八たちの異変に気がついたのか、その白い巨体を首をかしげるように傾ける。

「神楽」
「任せるアル」

 瞬時に神楽が和室に入ると、「ぐえっ」と耳を塞ぎたくなるような鳴き声が聞こえた。神楽が何をしたかはお察しだ。今頃かの子の隣でいい夢でも見てるだろう。
 そんな扱いの雑なハルに新八はエリザベス用のお茶を入れながら黙祷を捧げた。

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