16


 祭り当日。橋を渡っていく子供たちは「なにを食べようか」「射的で一番でかいやつ狙ってやる」など楽しそうに駆け抜けていく。

「くんくん」
「この甘ったりぃ匂いは……」
「この芳しいソースと新鮮な魚介類の匂いは……」
「綿菓子だ。綿菓子の匂いがする。綿菓子だよオイ!!」
「たこ焼きだ! たこ焼きが俺を呼んでいる!!」

 死んだ魚のような目をさきほど通り過ぎた子供たちのようにキラキラと輝かせる銀時とかの子がそれぞれ己の好物を求めて一目散に走り出す。
 しかし後ろから飛んできた2つのスパナが寸分の狂いなく2人の頭に直撃した。

「仕事ほったらかしてどこへ行く!? 遊んでねーで仕事しろ仕事!」
「宵は!? あの野郎どこいった!?」
「ああ? 不知火は今日はいねえぞ」
「なんで!?」
「もともとあいつは昨日までだ。今日は書道教室のガキどものお守りだとよ」

 スパナを受けて完全に撃沈している銀時の横でかの子は「裏切り者ォォォォォォ!!」と地面に倒れ伏す。
 このとおり祭りはもう始まってしまっているが、平賀曰く、自分の見せ場は夜らしいのであと数時間の辛抱だ。途中銀時とかの子が己の欲望に耐え切れず数回脱走を図るも全部失敗に終わった。
 
コツコツと地味な作業を続け、空全体が深い橙色に染まる頃にようやく全てのカラクリが仕上がった。

「なんとか間に合いましたね」
「まァところどころ問題はあるけど」
「いいじゃん。終わりよければ全て良しってことでさ」
「ケッ……もともとてめーらが来なきゃこんな手間はかからなかったんだよ。余計なことばかりしやがってこのスットコドッコイが」

 できたカラクリの数は両手では足りないほどでこうして眺めると威圧感がある。みな同じ顔をしているせいかどこか狂気のような危ないものを感じる。

「公害ジジーが偉そーなこといってんじゃねー! 俺達ゃババーに言われて仕方なく来てやったん……」

 じゃらん。

「最後のメンテナンスがあんだよ。邪魔だから祭りでもどこでもいってこい」

 依頼賃として大人の拳より大きい銭袋をもらうといままで疲労一色だった4人の顔に笑顔が戻り、一目散に祭り会場へ向かった。



「先生から離れるんじゃないよん」
「欲しいものがあったらあたしたちに言ってね」
「はーい!!」

 書道教室に通う6人の子供を引き連れて宵と風香は屋台が連なる大通りをはしゃぐ子供たちに手を引かれながら屋台を巡っていく。わたあめ、たこ焼き、りんご飴、イカ焼き、人形焼などひとりひとつ食べ物を買ってもらった。

「ごめんねん。さすがにわし一人じゃ面倒見きれなくて」
「ううん。頼ってくれて嬉しいよ。一緒にお祭り行けるとは思ってなかったから」
「このお礼はまた別の日にさせてもらうよん」
「いいのに」

 そこは頑なに譲らない宵は後日風香に美味しい梅酒を送ろうと思った。

「せんせー! おれ射的やりたい!!」
「はいはい、ってあれ?」
「長谷川さん?」
「とかの子?」

 人垣をかき分けてついた射的にはすでに先客がいて全員見覚えがあった。店主はグラサンがトレードマークの長谷川に、ゴーグルが目立つかの子や神楽と新八の姿もあった。
 
「あ、宵〜風香〜!」
「やっほー」
「みんな揃って射的?」
「そうだよ」
「長谷川さん、お久しぶりです。1回いいですか」
「お、風香ちゃんじゃないか。いいよサービスしちゃうよ」
「いえ、あたしじゃなくてこの子が」

 風香がお金を払い、銃をやりたがっていた男の子に渡す。

「これって当てれば景品もらえるの?」
「そうだよ」
「当てればなんでもくれるアルか?」
 
神楽が焼きとうもろこしを咥えながら射的用のおもちゃの銃に弾を装填する。
 かの子と神楽の質問に二つ返事で答える長谷川だったが、次の瞬間には前言撤回したくなるぐらい後悔する。
 パァンと神楽のコルクの銃弾がグラサンの左レンズに直撃、かの子のは惜しくも右頬を掠めただけで右レンズには当たらなかった。

「ちっミスったか」
「よこせよグラサン」

 そういえば神楽の番傘には銃機能も備わっていてこんなのお茶の子さいさいだったなあと風香はぼんやりと見ていた。飛び散ったグラサンの破片が頬に刺さり、流血沙汰になっているが助け舟は出さない。

「ちょっ、待っ、狙うのはあっち……」

 グラサンの次は景品を指さした左腕の腕時計が弾けた。
 弾道を追うとそこにはいか焼きを片手の隊服姿の沖田がそこにいた。

「腕時計ゲーッツ」

 どうやらさきほどかの子たちのやりとりを聞いていたようだ。

「ちょーちょー待ってっ!! 待ってってオイ!! なんでも上げるっつったっておじさんのはナシだよ!」

 長谷川が必死に3人を止めようとするが、かの子はさておき、相性最悪の神楽と沖田は聞く耳を持たず火花を散らしている。それから長谷川争奪銃撃戦が始まった。

「ぐふっ」
「ヒゲもーらい」
「う゛え゛っ」
「やった喉仏!」
「ごえっ」
「上着ゲーッツ」

 完全に長谷川で遊ぶ3人に宵と風香は子供たちが真似をしないように彼らから見えないように遮りながら心の中で長谷川に同情を送った。
 風香にいたっては今度来てくれたらおかず一品おまけしてあげようという慈悲っぷりだ。

 ○

「ああ〜わたがしたこ焼きはし巻からあげ焼きとうもろこしりんご飴ああああああ食欲が!! 食欲が自分を呼んでるううううう!!」
「うるせえ」
「うがっ!?」

 今にも屋台へ駆け出しそうなハルの頭に立派なたんこぶが膨れ上がる。

「だってこんなのただの拷問じゃないですか!!」
「うるせえ俺達は遊びに来てんじゃねえんだ。しっかり見張ってろ」
「そんなこと言われたってえ〜」

 ぐうううとお腹の虫も素直でここぞとばかりに大きく鳴った。通行人の手元口元を見ては涎を垂らし物欲しそうな目をする。そのとき沖田がいないことに気づいた。

「沖田くんは!? 沖田くんはいいの!?」
「あいつに関してはもう諦めてる」

 どうせどこかで遊んでるんだろうなと完全放任主義だ。

「うう不公平だ……」
「そんなハルちゃんに差し入れだよ」
「え?」

 振り返るとそこには茶色い紙袋を持った風香がいた。

「はい、どこもいっぱいでたい焼きしか買えなかったんだけど、餡子大丈夫?」
「め、女神やァアアアアア!! 女神が降臨なされたぞオオオオオオ!!」

 その場に跪き、まだ暖かい紙袋を受け取る。袋を開けると熱気とともに餡子の甘い香りが飢えたハルの鼻腔をくすぐる。

「副長もどうです?」
「いや、甘いものは苦手でな。俺の分も食っていいぞ」
「マジっすか!? やったぜ!!」

念願の食べ物に勢いよくがっつく。疲れた時ほど甘いものが五臓六腑に染み渡る。

「そんなに急いで食べなくてもたい焼きは逃げないのに」
「いやいつ沖田くんが戻ってきて奪われるかわからないのにゆっくりしてられないよ!!」

 ぎゅうぎゅうと指で口の中に押し込み、あっという間に4匹のたい焼きはハルの胃袋に消えた。

「そういえばさっき沖田さんが射的のところにいたよ」
「ですってよ副長!」
「まあ予想通りだな」
「ですよねえええええええ」

 ふうと煙草を噴かす土方に風香は吐き出される煙に眉をひそめる。煙草の煙が大嫌いな風香はこれ以上一緒にいられないと子供たちに余計な副流煙を吸わせないように「それじゃあお仕事頑張ってね」とそそくさとその場を離れた。

「あれ、そういえば宵も一緒じゃなかったっけ……?」

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