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 さてその祭り、ただの祭りではない。鎖国解禁二十周年の祭典で、将軍も顔を出される。そのような公の場に出てくることは珍しく、逆に言えば将軍を抹殺できる絶好のチャンスと言える。攘夷志士たちがぎらぎらと目を光らせながら将軍の首を狙ってくるに違いない。
 そこで幕府直属の真選組に将軍の護衛、及び祭りの見回りの命が下った。

「いいか、祭りの当日は真選組総出で将軍の護衛につくことになる」

  大広間に集まった隊士を前に土方がトレードマークの煙草を咥えながら言う。

「将軍にでもかすり傷1つでもつこうものなら俺達全員首が飛ぶぜ!」
「土方副長ぉその前に足の痺れで自分の意識が飛びそうです!!」
「そうか芹野そのまま意識飛ばしてみろ、今ここでお前の首飛ばしてやるよ」

 相変わらず空気の読めないハル。

「……いいか、そのへん心してかかれ。間違いなく攘夷派の労士どもも動く。とにかくきなくせー野郎を見つけたら迷わずブッた斬れ。俺が責任を取る」
「マジですかい土方さん……俺ァどーにも鼻が利かねーんで侍見つけ次第片っ端から叩き切りつけますァ。頼みますぜ」
「土方副長!! 自分もメイクイーンと男爵の違いがわからないぐらいわからないのでとりあえず斬りますね!!」
「オーイみんな、さっき言ったことはナシの方向で。ちなみに芹野、それは俺にもわからねえから安心しろ」

 前言撤回。思わず口を滑らせてしまった土方が即座に言い直す。沖田なら本気でやりかねない上、沖田のストッパーにとつけているハルがこれではどうあがいても祭りは祭りでも血祭りになってしまう。
 ふうとため息のように紫煙を吐き出して気持ちをリセットしてから話を続ける。

「それからこいつはまだ未確認の情報なんだが、江戸にとんでもねェやろうが来てるって情報があんだ」
「とんでもない野郎?」
「一体誰でェ」
「かつらの人は池田屋の一件以来おとなしくしてましたよね?」

 意外と覚えの良かったハルに内心舌を巻きつつ土方は静かに言う。

「以前料亭で会談をしていた幕吏十数人が皆殺しにされた事件があっただろう。あらぁ奴の仕業よ」
「それって」

 誰かの唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえる。

「攘夷浪士の中でも最も過激で最も危険な男……高杉晋助のな」



「で、土方副長。その高杉ってどうやばいんですか?」

 集会が終わり、定期報告書を出しに土方の部屋まで来たハルが聞く。

「どうって言われてもなァ……。桂が穏健派って言われてんのは知ってるだろ?」
「アッ、あれで穏健派なんだ」

 いまだに池田屋での爆弾騒動が効いているらしい。

「奴そのものが危険なのが言うまでもないが、奴が率いる鬼兵隊ってのがあんだ」
「きへいたい?」
「読んで文字の如く、鬼の兵だ。攘夷浪士最大の武闘派組織であり、幹部も粒ぞろいで二丁拳銃の名手、紅い弾丸の来島また子。鬼兵隊一の策略家武市変平太。高杉からもっとも厚い信頼を寄せられている人斬り万斉こと、河上万斉がいる。どいつもこいつも超特級指名手配犯ばかりだ」

 ここで一区切りと煙草を吸う。最後まで吐き出したタイミングを見計らってハルがさらに聞く。

「そ、そんな危険なやつらが来てたら一発でわかるんじゃないんですか?」
「そのはずなんだが、どうも情報があやふやすぎてな。組織としてではなく、高杉一個人として動いてる可能性が高い」
「は、はあ……」
「ちなみにこれが人相書な」

 差し出された指名手配犯書を受け取るとそこには左目を包帯で隠した鋭い目つきの男が写っていた。写真だけでも如何にも危ない匂いがプンプンする。

「倒幕派としてこの機会を逃すはずがない。コイツだけは見たらすぐ斬れ」
「それは刺し違えても、ですか?」

 本日二度目、ハルの思わぬ一言に言葉を失った。
 池田屋や煉獄関で沖田から聞くにとても戦い慣れているだけでは済まされないハルの腕に色々考えていた土方だったが、今の一言で一つ確信したことがある。

 おそらくハルは前の世界で他人の命で人を殺していた。

 本人にはっきりとした記憶がなくとも体は覚えているというやつで、いまのもほとんど無意識から出た言葉だろう。
 こてんと可愛らしく首をかしげるハルを見て、はっと我に返った土方は一瞬その問いに逡巡するも「そうだ」と答えた。



 無事河原への引越しをかの子たち万事屋に任せてきた宵は遅めの昼食をとりにえいげつ堂を訪れていた。

「お邪魔しますん」
「あ、宵ちゃん。いらっしゃい」
「今日の日替わり定食は?」
「エビフライだよ」

 じゃあそれで、と奥の方にある4人がけのテーブルに着く。運ばれてきた熱いぐらいのおてふきを広げ、少し覚ましてからまず最初に顔に当てる。

「ああ〜」

 それから油で汚れた手を拭くが、こびりついてなかなか落ちてくれない。爪の間に入ったものはもう諦めて、ついでに運ばれたお冷に手を伸ばす。

「っかー体に滲みるぅ〜」

 中身はただの水なのにどうにも酒飲みにしか見えない宵に注文を店主に伝えに行ってきた風香がぶっと吹き出す。もちろん宵がそれを見逃すはずもなく、眉を寄せて言った。

「ちょっとなに笑ってるのさぁ」
「いやあ? 似合うなって思って」
「ただのお冷だよん?」
「知ってる」

 喋り方も相まって胡散臭い酒飲みのお婆ちゃんにしか見えないというのはそっと風香の心の壺にしまった。
 すっかり汚れてしまったおてふきを見て、「どうしたの?」と問えば宵はいま平賀に頼まれている仕事について面白可笑しく話し始めた。

「で、間に合いそうなの……?」
「たぶんねん。というか間に合わせないとお祭りいけないでしょん?」

 少し前桂と話したことを思い出す。

「……別に無理しなくてもいいんだよ。お守りだけならあたし一人でも大丈夫だし」

 桂に言われたとおり色々と考えすぎなんだと思う風香だが、どうしてもその考えが消えない。だから思わずそんなことを言ってしまう。
 しかしそんなことはお構いなしに宵は、

「なぁにいってんの。もともとはうちの生徒さんだし、風香を誘ったのももちろん人の目が他にも欲しいのもあったけど、風香と一緒に行きたかったからだよん」

 と答えた。

「風香は嫌かい?」
「まさか!! そんなことないよ!!」

 思わず大きな声を出た。それに驚いた宵が目を白黒させている。「えっと、あっと」と何か言わないといけないのに上手く頭が働かずしどろもどろ。

「嫌なわけないよ。嬉しいよ。まさか宵ちゃんのほうから誘ってくれるとは思ってなかったから」
「そうかい。それならいいんだ」

 そう言って持っていた空のコップに水を注いだ。



 特製タルタルソースがたっぷりかかったエビフライ定食を平らげ、再び平賀の作業を手伝いに戻る途中、引越しが終わったかの子たちとすれ違った。
 なんでもカレーを煮込んだまま出てきたらしく、そのためだけに帰るそうだ。
 常に食糧難の万事屋としては見逃せない事案であるとかの子が熱弁していた。

「さぁてもうひと仕事頑張りますかねん」

 平賀がいる川原に続く橋を渡っていると、平賀のそばに人影が見えた。遠くからではよく見えないが万事屋ではない、笠を被り帯刀している。
ちょうどその時その人物が笠を取った瞬間、思わず息を飲んだ。
 その顔は真選組はもちろん、世間一般の常識として知られる過激派攘夷浪士組織のトップ、高杉晋助その人であった。
 予期せぬ危険人物に足を止める。一瞬狼狽えるも、一度深呼吸をして気持ちを静めた。
 それから欄干に背中を預け、休憩を装いながら気づかれないように流し目で高杉を監視する。

 何故。どうして。

 疑問が川の泡のごとく生まれては消えていく。
具体的に彼が何をしているかはあずかり知らないが、彼が太陽の下を堂々と歩けない人間であることはわかる。
 そんな彼が白昼堂々何をしようというのか、警戒しないわけがない。
万が一のことを考えて左手にナイフを用意する。この距離ではすぐに間に入ることはできないが、ナイフを投げることで威嚇することはできる。

 息を殺して見守っていたが、高杉が何か一言二言話すと、再び笠を深く被って去った。

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