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「桂さん、蕎麦乾いちゃいますよ?」
はっと顔をあげるとおそらくお冷のおかわりを淹れに来た風香が心配そうに桂を見ている。桂が来る時間帯はいつもピークを過ぎた頃で、今も客は桂だけだ。お付きのエリザベスもいない。
「あ、ああ、すまない。少し考え事をしてな」
「そうですか……」
ここえいげつ堂はしっかりと代金さえ払えば浪人だろうが攘夷志士、真選組、天人でも懐広く迎えてくれる。それは「ここだけでもいい。みな平等に美味く飯を食っていってほしい」という店主の願いあってこそのもので、黒服と如何にも攘夷志士ですという格好の浪人が同席することだって珍しくない。
本音を言えば、桂はついさきほどの出来事を話したかった。自分ひとりでは抱えきれない不安がある。
だが一方でこうして指名手配犯という自分を快くもてなしてくれる風香や店主に、もし何かあったら、と思うと下手に話せない
「ああ、お祭ですか! 行きますよ」
宵の書道教室に通う子供たちの保護者として一緒に行くのだという。もう待ちきれないという嬉しさから表情は柔らかく頬はほんのりと赤く染まっている。
「そ、そうか。楽しんでくるといい」
そんな彼女に今更祭りに行くなと言えるだろうか。笑いかける少女にそんな酷なこと言えるはずがない。
池田屋の一件以来下手に大きく動けない桂としては何かあっても彼女たちには何もないことを祈ることしかできない。
「……でも」
「でも? どうかしたのか?」
何気なく聞き返すと逆に驚いたように目を丸くして桂を見た。どうやら無意識のうちだったようだ。一度口に出したからには後には引けなくなったようで、桂にだけ聞こえるように小さく言う。
「でも何か宵はあんまり乗り気じゃないみたいで」
「なぜだ? それなら子守など請け負わなければいいのに」
「そ、そうじゃなくて……なんというか、もしかしたらですよ? あたしと一緒に行くのが嫌なんじゃないかなって」
少し前まであんなに豊かだった笑みは消え、不健康な白が浮き上がる。
「どういうことだ? ますますわからん。不知火殿がそんなわけなかろう」
「あたしの勘違いだったらいいんですけど、なんか、こう……上手く言えないんですけど、何か引っかかる感じがして」
黙りこくってしまった風香に桂は腕を組みながら考える。
正直言って宵とはこの食堂でたわいもない世間話をするぐらいで親しいとは言えない桂。しかし風香とのやりとりを見る限り彼女が風香を煩わしく思ってるようには全く見えない。一派の頭として人を見える目はあるほうだ。
「それは風香殿考えすぎじゃないだろうか」
「……そうですよね。すみません、変なこと言って」
そのあと桂を悩ませてた男――高杉についてさりげなく注意を促そうとしたがその前にバツが悪かったのか逃げるように奥へ引っ込んでしまった。
○
一方その頃、宵はというと。
「平賀の旦那ぁ、そろそろ限界じゃないですかねん」
広い定義で、もの作り仲間である平賀に高額時給で雇われていた。
平賀が適当に拾ってきた鉄くずを言われたとおり叩いて伸ばして整形したり、溶接したりしている。
「うるせえあんなもん放っとけってンだ」
外では騒音の苦情が中の作業音に負けじと入ってくる。これまで散々言われてきていたが、今日という今日は容赦しないよという気迫が感じられる。
しかし平賀がその程度で屈する訳もなくひたすら作業を続けてるのをみて、宵はこっそり誰にもバレないように裏口を介して外に出た。
一周回ってさも野次馬の一人ですよというような顔をして抗議にきた歌舞伎町町内会に混じる。
「オイ、ヤローども、やっちまいな!!」
リーダーであるお登勢が呼びつけたのは万事屋一行だった。
自前でもってきたラジカセと両手で抱えるほど大きなスピーカーをセットするとファララ〜と安っぽい前奏が始まる。
「一番、新宿からきました、志村新八です。よろしくお願いします」
その右手にはマイクが握られていた。次の瞬間、平賀の作業音など足元にも及ばないような爆音があたりに響いた。
「……そういえば彼はお通ちゃんの大ファンだったなあ」
さすがの宵も耳をふさいで眉をひそめざるを得なかった。銀時曰く、目には目を、歯には歯を。公衆の面前でまざまざと音痴を晒す新八は今までにないくらい楽しそうな顔をしている。
その時野次馬の中から宵の姿を見つけたかの子が寄ってきた。
「どう? 宵も一曲」
かの子の手には某農業系アイドルの陸船の入ったCD。おそらく彼の次に歌うのだろう。
「あいにく今音源ないのよねん」
「そっかー。じゃあ今度カラオケ行こうぜ」
「いいねん。その時までに『金の虎の背に乗って』マスターしておくよん」
マイクの主導権を巡って争う新八と神楽を見て、「さあてそろそろ旦那がキレる頃かな」と再び裏口へ戻った。仕事サボってるのバレたら時給半額にされるのだ。
○
わが子のように愛情込めて育て作り上げた三郎のミスにより源外庵に万事屋の侵入を許すことになった。
「うわすっげ!! ロボットの山だ!!」
「ちげえよ小娘!! ロボットじゃなくてカラクリだ!!」
中は作りかけのロボット、もといカラクリが何体も転がっており、首だけのもの、整備途中でお腹が開いてるものなどでごった返している。
せめて迷惑にならない場所で作れというお登勢の命令の元、川辺なら誰も文句は言わないだろうと平賀を柱に拘束して引越しを始める。
「つーかなんでお前がそっち手伝ってんだよ!? 雇い主間違ってねえか!?!?」
「宵さん現金なもので、お登勢の姐さんに頼まれちゃあ断れねえってよん」
宵の中の天秤にはお登勢と平賀の時給が釣られており、秤は前者に傾いている。
「わしだってかぶき町で平和に暮らしたいのよん」
かぶき町四天王がひとりであるお登勢を敵に回したくないのだ。
「オイ、茶、頼むわ」
「御意」
「三郎ォォ!! てめェ何こき使われてんだァ!! 助けんかい!!」
元はといえば三郎が銀時を平賀に投げて気絶させたのが敗因だ。敗残兵らしく(?)本来の主を無視して銀時の要望に軽々しく受け入れる。
「そーいえば、こんなこと前にもあったよねー」
運ぶのに飽きたかの子が適当なケーブルを三つ編みし始める。宵も作業の手を止め、隣に座ると同じように編む。
「前って?」
「ほら道心って人の廃寺の時。うちらが乗り込んできたらすでに宵がいたって話」
「そういえばそんなこともあったねん」
背後で「ポンコツ」呼ばわりした銀時がその報復として頭から淹れたてほやほやの茶の滝行を浴び、絶叫を上げている。そのすぐ後平賀も「ポンコツ」と同じ鉄を踏んで殴られている。
「宵って人脈広いね」
「まあねん。人間一人でじゃあ生きていけないから周りの人に色々支えてもらってるのよん」
「うち宵のところに就職したほうが生活改善するんじゃないかな?」
「あーごめん、事務員はGだけで足りてるわー」
「あっ。ある意味万事屋より労働環境悪かった」