12


 たぶん、舞い上がっていたのだ。
 記憶がなくても受け入れてくれたかの子ちゃんたちの輪に入れてたと思っていた。
 でも違った。
 今日の一件で痛いほど思い知らされた。あの場であたしただひとりだけ取り乱していた。坂田さんや沖田さんは別として神楽ちゃんや新八くん、かの子までも嫌な表情を浮かべこそすれ、まるでそれが常であるように平然としていた。
 決して越えてはいけない線、越えないことに越したことはないのにその向こう側にいるみんなが羨ましいと思ってしまった。

 あれ、あたしってこんな醜い人間だった?

 そんな悶々としている矢先、真選組に戻る途中の私服姿のハルと会った。

「あれかの子と遊びに行ってたんじゃないの!?」
「え、うん。そうだったんだけど、何か仕事入っちゃったみたいで」
「うわーどんまい。そうだ! それならさ、風香さえよかったらちょっと一服していかない?」

 彼女の指差す先には一軒の茶屋。
 「奢るよ!!」と言って利かないハルに負けた風香は店で一番安いみたらし団子を頼んだ。

「遠慮しなくてもいいよ!? これでも公務員だから一定の給料はもらってるし!」
「いや今そんなにお腹空いてないから……」

 あんなものを見たあとでは正直喉に詰まりそうな気がしたが、逆に心配をかけそうだと風香は少し無理をして笑った。

「も、もしかして何かあった?」

しかしその目論見は失敗に終わった。

「え、なんで?」
「なんか顔色悪いし」
「そう、かな? たぶん久しぶりの休みではしゃぎすぎて疲れたのかも」
「あーかの子のことだから色々連れ回したりしたんでしょ! あいつ体力だけはすごいからなー」

 人殺しの現場を見てきたなんて言えるだろうか。やはり愛想笑いで返すしかない。

「そ、そういえばハルちゃん仕事はどう?」
「どう、ってのは……?」
「深い意味はないけど、ほら男所帯で仕事も仕事だし、きつくないかなって」

 何気なく聞いたつもりだったが、「そうなの!!」と啖呵を切ったように愚痴りだした。大半は沖田くんがどうのこうの、という愚痴だ。熱弁をふるうハルに時折相槌を打っては大変だなと思う。その一方でどこか心が軽くなったような気がした。

「あ、沖田くんだ」
「え?」

 話の渦中にあった人物の名を呼ぶハル。風香もつられてハルの視線の先にある入り組んだ路地をみるが、もういなかった。

「そういえば、土方副長が探してるって言ってたな……?」

 数時間前のやり取りを思い出し、バッと立ち上がると店の人に頼んで電話を借りた。

「ごめん! 沖田くん見張っとけって言われたから先に出るね!! あ、おばちゃんお代ここにおいていくから!!」

「釣りはいらないぜ!!」と格好良く決めたつもりだったが、消費税分足りないことに気づかずに風のように去っていった。



「やらしい雨だねえ……」


 ああ、子供の手というのはこんなにも暖かくて柔いものなんだなあと敢えてどうでもいいことを思いつつ宵は万事屋の看板を潜った。

「ちょいとお邪魔しますよん」
「なんでぇ――って、こりゃあどういうことだ?」

 上がってそうそう目があったのはここの家主ではなく沖田だった。よく見るとかの子はもちろん、沖田の隣にはハルもいた。宵は沖田の批難する目と火花を散らす前に連れてきた子の背中をぽんと押した。

「……に、兄ちゃん。兄ちゃんに頼めば何でもしてくれるんだよね。なんでもしてくれる万事屋なんだよね?」

 そこから弾けるまではあっという間だった。一人泣き出せば両脇二人が泣き、万事屋はあっという間に子供の泣き声に包まれる。己の非力さを悔やむ新八や神楽、かの子は下唇を噛み、ハルは涙腺決壊寸前。
 それでも誰ひとり動こうとしない大人たちに最年少の男の子が一生懸命背伸びして銀時の前に一枚のシールを差し出す。

「お金はないけど……みんなの宝物あげるから」

 続いて最年長の男の子が背負っていた風呂敷から彼らの言う“宝物”を広げた。一見小汚いただのおもちゃにしか見えないそれは父からもらったこの世に二つとない大切な宝物。

「だから、お願い兄ちゃん」

 沖田が「帰れ」と口を開くが、負けじとそれを遮る。

「先生……僕たちの知らないところで悪いことやってたんだろ? だから死んじゃったんだよね。でもね、僕たちにとっては大好きな父ちゃん……立派な父ちゃんだったんだよ……」

 涙で溢れかえる瞳に一切の曇りはない。

「オイ、ガキ。コレ、今流行りのドッキリマンシールじゃねーか?」

 この場にいる全員の視線をものともせず銀時はシールを手に取る。なんてことはない、よくある安物のチョコレート菓子についてるシールだ。

「なんで兄ちゃん知ってるの?」

 その問いにずびっと鼻を啜りながら差し出した子供が頷いた。その言葉に銀時の口がすっと弧を描く。

「何でって、オメー、俺も集めてんだ……ドッキリマンシール。コイツのためなら何でもやるぜ。あとで返せっつってもおせーからな」

 すっと立ち上がるとわざとらしくリップ音を立ててシールに口づけを落とす。

「ちょっ……旦那」
「銀ちゃんマジ?」
「酔狂な野郎だとは思っていたが、ここまでくるとバカだな」

 沖田やかの子の制止の声を振り切って進む銀時の行く手を遮ったのは土方だった。相変わらず開いた瞳孔に湿気てややよれた煙草を食んでいる。

「小物が一人はむかったところでつぶせる連中じゃねーと言ったはずだ……――死ぬぜ」

 この中で一番相手の事情を知っている土方が言うだけに一番説得力のある言葉だった。しかしそんな忠告も銀時は鼻息一つで軽く吹き飛ばす。

「俺にはなァ心臓より大事な器官があるんだよ。そいつァ見えねーが確かに俺のどタマから股間をまっすぐぶち抜いて俺の中に存在する……ここで立ち止まったらそいつが折れちまうのさ――魂が、折れちまうんだよ」

 結局土方をもってしても銀時は歩みを止めず、日課の犬の散歩に行くような軽い足取りで出て行った。

「……己の美学のために死ぬってか? ……とんだロマンティズムだ」
「なーに言ってんスか? 男はみんなロマンティストでしょ」
「いやいや女だってそーヨ新八」
「いやいやいやむしろ厨二ズムだよ。響かせ俺の魂の旋律的な?」

 夢見るロマンティスト、もとい厨二病患者は一人だけではなかった。

「でもそれじゃバランス悪すぎるでしょ。男も女もばかになったらどーなるんだよ」
「愚問だなぱっつぁん、それをいまから試しにくのさ!」

 先頭を行く神楽はブレーメンよろしくピーピー鳴る笛を鳴らし、続くかの子は器用に六色のお手玉を、そして2人の後ろを守る新八は象のジョウロを頭にくくりつけて先を行く銀時の姿を追った。

「……全くバカな連中ですなあ」
「こんな物のために命かけるなんてバカそのものだ」
「全くだ、俺には理解できねェ」

 ハルと沖田の呆れた声に土方もやれやれと煙を吐き出そうとした、が、しかし思いとどまることになる。視界の端に映ったのはラテックス製の一頭の馬と苺のように毛穴が目立つでかい鼻眼鏡。

「ってお前らまで何してんだァ!?」
「あれバレちったぜ沖田隊長」

 ぎょろりとまん丸おめめが土方を見てから沖田へ移る。

「すみません副長、」
「どーやら俺らもまた馬鹿なもんでさァ」

 にやりと笑った馬鹿2人に土方はただ頭を抱えることしかできなかった。

「……で、アンタはどうすんだ?」
「宵さんかい? あたしゃあ悪いけど自分がたいそう可愛い人間なんでねん。みぃんな行っちまったからこの子達の面倒を代わりに見るだけさ」

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