11


 「もう大丈夫です」と未だに真っ青な顔の風香を表通りまで送った。足元が覚束なく、「見ていて危なっかしいものもあったもんじゃない!」とかの子は送ろうとしたが、やんわりと断られてしまった。

「あの人も以外に真面目なトコあるんスね。不正が許せないなんて」
「だねー。ハルから先に愚痴られて知ってたけど、全然まともじゃん?」
「ハァー。かの子は見る目がないアル。私アイツ嫌いヨ。殺し屋絡みの仕事なんてあんまり乗らないアル」
「のらねーならこの仕事降りたほうが身のタメだぜ。そーゆー中途半端な心構えだと思わぬ怪我すんだよ。それに――」

 珍しく真面目な声音で何を続けるかと思えば、「狭い」と一言。
 一畳分もない駕籠に4人も入れば結果は火を見るよりも明らかだ。

「銀さんがいくなら僕たちもいきますよ」
「いつ糖尿病の合併症でいつ倒れるかわからないしね。救急車呼べるように狼煙セット常備してるよ!」
「普通に救急車呼ぼう!? 狼煙上げてるうちにむしろ煙追い越してアッチ昇っちゃうからね!?」

 いったいどこに隠し持っていたのか、火薬に火打石など一式が出てくる。入手元である宵曰く、本当は文字の通りの狼の糞が一番いいらしい。どうでもいい予備知識をまともに聞くやつなど誰もいなかった。

「銀ちゃんひとりで突っ込んでどうなると思ってるアルか。私たち4人で1人ヨ。銀ちゃん左手、新八左足、かの子肋骨、私白血球ネ」
「全然完成してねーじゃん。なんだよ肋骨とか白血球とか地味なもんチョイスしやがって。一生身体揃わねーよ」

 そして駕籠の遅さに銀時が運び屋を急かす。

「うるせーな! 一人用の駕籠に4人も乗せて早く走れるか!!!」

 ごもっともな意見だ。

「あん? 俺たちはな、4人で1人なんだよ。俺が体で神楽が白血球、かの子が肋骨、新八は眼鏡」
「眼鏡ってなんだよ! っていゆーか眼鏡かけてんの? どーゆう人なの!?」
「基本的には銀サンだ。お前らは吸収される形になる」
「嫌アル! 左半身は神楽にしてヨ!!」
「じゃあうちリンパ腺!!」

 なんてふざけていると前の駕籠がぴたりと止まった。
 出てきたのは例の鬼道丸。笠を深くかぶっているが、間違いなく駕籠から降りたのは鬼道丸だった。かの子たちも降りてそのあとを付ける。駕籠から降りるとき何か柔らかいものを踏んだような気がしたが、特に考えないことにした。

 森のような林のような、さらに追ってやってきたのは廃寺。手入れされていない周りは雑草がはびこり。瓦ははげ落ち、遠目でもわかるほど障子もところどころ虫食い状態だ。

「あ、いまなんか悲鳴っぽいの聞こえなかった?」

 かの子の言葉にほか3人が耳を澄ます。子供の甲高い声が聞こえた。

「……お前らはここで待ってろ」

 そういうと独り雑草の海を超えて軒下に潜り込む。息を殺して開けた障子の向こう側では齢10にも満たない子供達が好き放題遊んでいた。
 そして右側には見知った顔があった。

「さっかたさん?」

 子供を後ろから抱き込むようにして文字を教えていた宵は素っ頓狂な声を上げた。

「こいつァどーゆうことだ?」

 まったく状況を飲み込めない銀時の背後に忍び寄る影。

「どろぼォォォォォ!!」



「あっれー宵じゃん!! どしたのこんなところで」

 小難しい話は苦手なかの子は和尚を銀時たちに任せて、神楽と一緒に子供たちの輪に入っていた。女の子数人の中に混じってあやとりをつないでいく。

「字ぃ教えに来てるのよん」

 元気に走り回る子供もいれば、静かに宵に字を教えてもらっている子もいる。

「へえ〜」

 回すのが飽きれば、ちゃちゃっと10段はしごを作ってみせると、女の子はもちろん、あやとりに興味がなかった男の子もその出来に声を上げた。これに調子に乗ったかの子は次々と技を披露していく。
 一方宵のほうも先ほどと同じように手を一緒に動かしながら教えていく。

「不知火せんせー!! 見てみて!! うまくかけたでしょ?」

 四つ折りの半紙には『無印良品』と力強く書いてあった。

「おお! 上手上手。特にこの『良』のはらいが決まってていいねん」

 褒められた子は嬉しそうに笑うと、「次はもっとすっごいのかいてくるから!!」と駆けていった。それを見送ると、また別の子が半紙を持ってくる。ふんふんと頷くと、宵は書道一式が入っていた包から訂正用の朱液を取り出して「ここは――」と丁寧に教えていく。

「……なんか違和感なさすぎて逆に怖いネ」

 ポツリと呟いた神楽のつぶやきは2人には届かなかった。

「そーいやーさ、」
「ん?」
「宵はあの人が鬼道丸だって知ってたの?」
「いんやぁ全然。まあ、ワケありだなとは睨んでたけど、別に何か危害があったわけじゃないし、こうしてお月謝もいただけてるしねん」
「え、金とってんの?」

 すっと懐から茶封筒をちらつかせる宵にかの子はうげっと顔をしかめる。

「あの人(しと)がどうしてもっていうからほんのちょっと、お気持ちだけよん」

 「まあ頂いたものは全部この子らの道具に回ってるけどねん?」と朗らかに笑った。

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -