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「こんちゃーっす!」

 元気よくえいげつ堂の暖簾をくぐれば、主人の活きのいい声が返ってくる。しかしそれに続くはずの馴染んだ声は聞こえない。どんなに忙しくても必ず「いらっしゃいませ」と来るものを柔らかく迎えてくれるのに今日に限っては客もいないのに何もなかった。

「あれ、風香は?」
「かの子ちゃんに連れられてどっか遊びに行ったよ」

 沖田に散々しごかれてボロボロになったメンタルを風香に癒してもらおうと、あえて忙しい時間を外して来たが、どうやら不在らしい。時間帯もそうだが、看板娘がいないせいか、客足もまばらだ。

「ぐうっ自分だって午後は非番だったのに一足遅かったァ!!」

 タイミングの悪さに店主からもらったお冷を一気飲み。タァンッとカウンターに叩きつけるハル。

「……自分だってみんなと遊びたいのにぃ」

 二杯目のお冷をつかみながらぐずぐずと鼻を鳴らす。
万事屋で7割暇人のかの子、普段の行いからむしろ休めと言われる風香、いかにも危ない匂いのする自営業の宵。そんな3人に対して公務員という一番地位が確立した職についてるハルは、収入は確かだが、一番融通が利かない。しかも真選組という幕府お抱えで非番でもいつ駆り出されるかわからない。
先日も4人でゆっくり茶でもしようかと自分で言い出しておきながら、某ヅラを被った攘夷志士のせいでドタキャン。結局ハル以外の3人で宵がオススメする茶屋で一杯やっていたらしい。後日、風香が気をきかせてその茶屋の羊羹をくれたのだが、ハルの口にひと切れも入ることはなかった。言わずもがな強奪された。

「よくよく考えたら今日の午後の非番もこの前の攘夷志士のも羊羹のも全部沖田くんのせいじゃね!?!?」

 ふよふよと頭に浮かぶのは「ハッ、ザマア」と一見愛らしい顔をこれでもかと歪め嘲笑う沖田。

「あああああ自分は一生あいつの下につかなきゃいけないのかアアアア!!!」

 あれよこれよと泣き喚くハルに店主は「さてどうしたものか……」と頭を抱え始めたとき、からからと店の戸が開いた。

「へいらっしゃい!」
「ううっ……って、あれ土方副長!?」

 私服のラフな格好のハルに対して入ってきた土方はいつもの暑苦しそうな黒の隊服を纏っていた。敬礼を取ろうと慌てて立ち上がれば、勢いのあまり座っていた椅子は倒れ、それに一瞬足を取られ派手に転ぶ。

「ちったァ落ち着け。俺は別にてめえをどうこうしようってわけじゃねえよ」
「う、ういっす……」

 どう見ても鈍臭いハルに池田屋襲撃において捕縛された攘夷志士の証言から想像する動きとはかけ離れすぎて、土方は思わず首をひねりたくなる。

「お前、総悟のやつと一緒じゃなかったのか?」
「沖田く――うえっへん、沖田隊長とですか!? そんな非番まで一緒にいたらマジで殺されますよ……うえ、勘弁っ」
「どこ行ったとかは?」
「さあ……。午前の見回りと稽古のあとは全然知らないっす」
「そうか。総悟について最近変わったことは?」
「え!? さ、さあ、それもわからないです。っていうか、なんですかこれ」

 副長なんだから直接本人に聞けばいいものの何故自分に聞かれるのか。不法侵入者として取調室で散々な思いをした記憶が蘇るが、過ぎたこと。ない脳みそを捻るも何も出ない。何もないから出ないのも当たり前だが。

「ならいい。あいつ最近何かコソコソ動いてるらしくてな。なんかあったら俺に言え」
「イエッサー!」

「これで何か美味いもんでも食わせてやってくれ」と愛用のマヨネーズ(予備)を店主に渡すと土方は颯爽と消えた。

「副長、ここは普通お札でっせ……」

 まあありがたく付け合せのサラダには使わせてもらったハルだった。




 ハルと土方が沖田の話をしていた頃、その沖田は万事屋とかの子についていた風香と一緒にある場所に向かっていた。
 入り組んだ路地の角をひとつ曲がるたびに風香は小さい体をさらに縮ませ、かの子の裾を握る手に力が入る。

「大丈夫だよ、風香。いざとなったら銀ちゃん犠牲にして逃げればいいから」
「そうアル! 今ならちんちくりん頭のボウヤもいるから大丈夫ネ」
「仲間のために散った勇敢な二人に黙祷……」
「勝手に殺すんじゃねえよ!」

 パァンとかの子と神楽の頭に突っ込みが入った。

「旦那も盛んですねぃ。いつのまに。その年にしてもう2人……いやはやおみそれしやした」
「いや違うからね!? 別にそういう子じゃないからね!?!?」
「おとーさーんお腹すいたー。あ、かの子お昼は北京ダック食べたぁいなあ」
「真昼間から北京ダック強請るクソガキなんざゴメンだ!! そのへんのガチョウでも食ってろ!!」
「じゃあラーメンがいいアル!! チャーシュー158枚追加!」
「高い目標から下げて妥協すれば通ると思うなよ! テメエらみてえな子供は全員勘当だ勘当!!」

 そんな全く微笑ましさの欠片もない親子ごっこを数回繰り返したところでにわかにあたりがざわついてきた。
 蛍光灯が白々しい通路を抜けると歓声と熱気が銀時たちを迎えた。

「こいつァ……地下闘技場?」

 闘技場の四方を固める客席は満席で侍、天人関係なく盛り上がっている。

「煉獄関。ここで行われてるのは、」

 幾千にもなる目が集まる先には2人。方や強面の侍、方や鬼の面を被った男。湧き上がる歓声など見えない壁に阻まれているように2人の周りの空気は動かない。
 銀時の影に隠れていた風香が息を飲んだとき、それが合図だったかのように2人は同時に踏み出した。

「正真正銘の殺し合いでさァ」

 勝敗は一瞬だった。
 一際強い歓声が上がる。

「賭け試合か」

 褒め称える歓声にも勝者、鬼道丸はなんの反応も示さない。ただじっとその場に立ち尽くしているだけだ。

「うっ」

 両手で口元を押さえながら前かがみになる風香。すかさずかの子がフォローに入った。

「胸クソ悪いモン見せやがって寝れなくなったらどーするつもりだコノヤロー!!」

 そんな風香を見て神楽が沖田に掴みかかる。それでも沖田は顔色一つ変えずに淡々と煉獄関の仕組みについて語った。



「それにしてもアンタは顔色ひとつ変えやしねえ」

 ぐったりと銀時の背中に沈む風香を見ながら沖田が言う。

「え、うち?」
「ほかに誰がいるんでさァ」
「隣に泥酔して下水道に落下死したオッサンがいるじゃない!」
「……」
「冗談だってば〜。そんな怒らないでよおっきーくん」
「誰がおっきーくんだゴラァ」

 かの子の頭に一撃落とすが、軽く躱される。

「普通ああなるだろぃ?」

 うなされる風香を神楽が背中をさすってあげている。

「じゃあうちは普通じゃないってことだ!」
「自分で堂々言うもんじゃねェよ」
「遠目からだったじゃないかな?」
「にしても平然としすぎだなァ?」
「悪いけど、そのへんは自分でもよくわかってないんだ」

 確かに本物の殺し合いを見て動揺した。 怖い、恐ろしい。そういう感情がないわけではなかったが、それ以上に嫌悪の感情が優った。

「おっきーくんさっき言ったけど、うちも虫唾が走ったタチだったみたいよ?」
「へえ」

 ハルもそうだったように、記憶がないというがかの子もどうやら腹にイチモツ抱えてそうだなと沖田は彼女を見る目を変えた。

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