お茶碗の秘密
(!)
・5000hitキリリクに優紀さまに捧げたものです
・銀時と風香
・風香は記憶喪失回復済み
裏口から出て真っ先に目に入ったのは燃えるような夕日の赤ではなく、少し橙に染まった銀髪だった。
「風香」
「……銀時さん?」
「おう。お疲れ」
明日の仕込みも終わり、最後に店内の掃除をしようと箒を手にしたとき突然店主さんに「今日はもうお上がり」と先に奪われてしまった。先に帰るわけにもいかず、ほかに何か探してみるもすでに手は打たれていて、「お先失礼します……」と頭を下げるしかなかった。
「どうしたんですか?」
「いや仕事の帰りだったからちょっと寄ったまでよ。いま帰り?」
「そうです。もうやることなくって。あ、もしかして夕飯食べに? まだ間に合うと思うんで――」
「あ〜違う違う。本当ちょっと寄っただけでそういうつもりねーから」
「そうですか? あ、そうだ坂田さんいいところに来ました! ちょっと待っててください!」
背後で銀時さんが何か言っていたような気がするけど、急いで厨房へ戻る。
「これ、よかったらみんなで食べてください」
持ってきたのは水色の蓋のタッパ。隅の方だけ開けると銀時さんから歓声が上がった。
「おはぎ!?!?」
「最近店主さんとの試みで、お昼ご飯食べ損ねちゃった人で夕方前までにこられた方にこっそりサービスしてるんです。でも今日はそういう方が少なくて残っちゃって」
「いいの!? マジでもらっちゃっていいの!?!?」
「残り物押し付けるみたいで申し訳ないですけど、捨てちゃうのももったいないですし。やっぱり食べてもらえることが一番だと思うので」
「ヒャホオオオオオオオオ」と子供顔負けのガッツポーズをとる銀時さんにもちろん一人で全部食べないようにと釘を刺せば、説得力のない声で否定した。後日ちゃんとみんなで食べたか神楽ちゃんたちに確認しないと。
「じゃあお気をつけて」
「おー……って待て待てちょっと待てエ!!」
「え、まだ何か?」
すっかりおはぎに持って行かれたペースを取り戻すように咳払いをひとつ。ついでに服の埃を少し払って、もうひとつ。
「お前明日休みなんだって?」
「え? はい。月の定休日ですけど……?」
「よかったら明日ちょっと俺に付き合ってくれない?」
帰り際、店主さんが妙にウインクを飛ばしてきたのはもしかして、と思うがたぶんそうだろう。別にそういう関係ではないんだけど、訂正するのも気恥ずかしいので深く突っ込まれるまでやめておこう。妙に声が上ずっていた気もするけど、そこもつつかない方がいいか。
休み前日になってもほか3人からお誘いがあったわけでもないので「あたしでよければ、いいですよ」と二つ返事。
「ッシャア!」
「え、シャア・アズナブル?」
「え?」
「あ」
しまった、幻聴だった。
○
翌日。
昨日家まで銀時さんに送ってもらったときにふと思ったけど、何だかデートに行くみたいだなあ。
別に異性と2人でどこかに行くのが初めてというほど残念な人生を歩んでない。相手は銀時さんで、かの子がお世話になってたり、あたしにもよくしてくれるし、気がしれてるから全く嫌なわけじゃない。
けど、心の端っこでちょっと嫌だなあと思う。
ちゃんとした扱いを望んでるわけじゃないけど、「あら、妹さん(ないしは従妹)? 可愛いわね〜」と子供に見られるのがどうも癪なのだ。もうお酒も煙草も運転も嗜める年頃だというのにそういうのが一向に減らない。
というわけで、以前ハルからもらったちょっといい感じの化粧品で整える。
いま思ったけど、2人で歩いているところをばったりあの3人には見られたくないな。絶対後から茶化される。男子高校生か、お前らは。
「……こんなもんか」
部屋の片隅にある等身大の鏡でぐるりと身なりを確認してから部屋を出て万事屋へ向かった。
○
「おおお!! 今日の風香はなんかいつもよりべっぴんさんアルネ!!」
「ありがとう神楽ちゃん」
「ちょっとちょっとォ銀さん、ここはフツー迎えに行くとこだよね? さすがマダオ、迎えにこさせるあたり尋常じゃないヒモ感あるわ〜サマになってるところがまたアレだわ〜」
「ちげえよ!! そんな蔑んだ目で見んじゃねえ!!」
「まあまあかの子。いくら銀時さんが、つい、うっかり、たまたま時間と場所指定し忘れてたからってそれは言いすぎだよ」
「風香さん、それ逆に追い詰めてません? あ、銀さんしっかり!!」
「新八ィ……あとは、頼んだ……」
「銀さアアアアアアアアアん!!」
唯一の味方であり、同性である新八の助けもあって何とか死の淵から脱した銀時は心身ともに足が生まれたての子馬状態のままかの子たちに送り出された。
「それでどこいくんですか?」
「んー? まあちょっとな」
行き先がわからないため銀時の二歩後ろを歩く。そのせいか銀時は時折後ろを向いては「ちゃんといますから」と風香に呆れられる。
「かの子じゃないんですから目離しても大丈夫ですよ」
「いやでもね、ほら、柄の悪〜いオッサンに連れてかもしれないじゃない?」
「心配しすぎです」
かの子たちと違って身を守る術のない風香にどうしても過保護になってしまう。言葉の鋭さでいえば右に出るものはいないだろうが。
そのとき後ろの足音が途絶えた。
「ほれ見ろ言わんこっちゃねえ!!」
振り返って見た風香の視線はある店に釘付けだ。
煌びやかな簪がショーウインドウに並ぶかんざし屋――ではなく、その隣のいかにも胡散臭い骨董店だ。
「……どした、なんか気になるもんでもあったか?」
物欲の少ない風香が隣のかんざし屋に目もくれないほどのものとは何か。
「あれ、可愛い」
そういう風香の声も大変可愛いものだったが、指さしたのはどう控えめに言ってもブサイクとしか言いようのない、しかも完璧ト○ロパチもんだ。
「か、可愛いか……?」
「え、可愛くないですか? あのつぶらな瞳とか」
むしろ生気を失った虚ろな目にしか見えないとは口が裂けても言えなかった。
「欲しいのか?」
自分のことを後回しにしやすい風香にたまには――とカッコつけつつ、財布の中身をそっと確認するが、
「あ、いやそこまで欲しくはないです」
あっさり一刀両断されてしまった。手持ちも自信がなかったので幸いといえばそうだが、男の大切なものを傷つけられたような気がした銀時だった。
○
それから歩くことしばらく。やってきたのは
「陶器屋?」
古めかしい店頭に並ぶのは渋い色合いの平皿やお椀、湯呑、更には分かる人にしか分からないモダンアートのような人形が並んでいた。
もともと目的地がわからなかったが、まさかこんなところに連れてこられるとは思ってもおらずさらに疑問符を浮かべる。
そんな風香を差し置いて銀時はずかずかと我が物顔で中へ入っていく。
「オイ、ジジイ来たぞ」
「おーアンタか。よう来たわい。まあまあ茶でも」
「茶はいーからさっさと出すもん出せよ」
「銀時さんそういう言い方は……」
「ったくこれだから最近の若(わけ)ぇもんは……ってそっちの嬢ちゃんは? はっはーん、さてはお前さんの――」
「ダーッ!!!!! っといけねえ頭にカメムシが止まってたぜジイサン!!」
不自然すぎるツッコミが入ったが、こういうのは万事屋では日常茶飯事なので風香は特に気にしなかった。
「お前さんも隅に置けんのう?」
「うっせ、さっさと出せよ」
「へーへー。今とってくるからちょっと待っておれ」
そう言うと店主は店の奥に引っ込んだ。ややあって、戻ってきた店主が大事そうに持ってきたのは小脇に抱えるぐらいの大きさの木箱ひとつ。
「ほれ。依頼の品じゃ」
「ん」
銀時が一歩横に避けて、暗に開けてみろと促す。一度だけちらりと銀時を見たが、わずかに顔が赤く染まっていた。
結局わけがわからないまま赤い紐を解き、木箱の封を切った。
「うわあ!」
開けた瞬間、ほのかに木の優しい香りが広がるのと同時に感嘆の声も上がった。
入っていたのはお茶碗。白のベースに外側にはピンク、オレンジ、紺のストライプが入っており、内側には中心に蝶結びを模した赤紫色の線が引かれている。シンプルだが、作り手のセンスを感じるデザインだ。
見た目だけでなく、驚くのはその手触り。柔らかいカーブは風香の小さな手に吸い付くようにぴったり合い、まるで彼女のためだけに作られたような逸品だ。
「あの、これは」
「お前専用の茶碗だよ」
「それは、何となくわかりますけど。なんでまた?」
「いつまで経ってもババア(お登勢)のお下がりじゃ可哀想だろうが」
えいげつ堂の賄いや残り物を銀時たちに振舞うとき、風香も一緒に椅子を並べるのだが、あいにく万事屋には銀時と神楽、かの子、持参の新八の茶碗しかない。そういうときは決まってお登勢に茶碗を借りに行くのが通となっていた。余談だが、銀時たちの茶碗は骨董市で売ってた3個で100円の安物だ。
『さすがに他人行儀だと思わない?』
と言いだしたのはもちろんかの子。それがハルや宵に伝わり、あーでもないこーでもないと銀時たちを巻き込んで作り上げたものだ。ちなみにこの店主の繋がりは宵経由である。
「ま、そーゆーわけだ。これからもヨロシク頼むぜ」
赤くなっているのを悟られまいと、顔背けながら頭をぽんぽんと叩いて出て行った。
ちなみに銀時が何度も催促に来たことや、風香のと対になる茶碗も一緒に依頼されていたことは銀時だけの秘密だ。
------キリトリセン------
優紀さん5000hitリクエストありがとうございました!!
銀時と風香がおでかけするという内容でしたが、いまいち発展のない話になってしまいました……。
浪人にでも絡まれればちょっとは風香もときめいたと思うんですけど(笑)。
こちらとしては楽しく書かせていただけたので、それの少しでも楽しんでもらえれば幸いです。
リクエストありがとうございました!