08


 かの子は“千鳥風香”に続いて同じく記憶に残っている芹野ハルと再会をはたした。風香と違い、ハルにはちゃんと記憶があった。小学校の頃、給食のプリンをかの子に取られたことまで、しっかりと。
 顔にこそ出さなかったものの、今まで不安で押しつぶされそうだったかの子はハルとの再会を大いに喜んだ。その裏返しとしていつもより強くあたった。もちろん物理的な意味で。それがかの子の愛情表現であると小学校の頃から知っているハルはそれを喜んで受けた。ドMというのは気を許した人だからこそのものである。

「でもこっちに来るまでの記憶はないんだよね……」

 そこは三人とも共通していた。霞みがかったように何も思い出せないという点も同じだ。

「それにしても風香のことは大変だったね」

 池田屋が一段落したのち、ハルを風香に会わせてみたが、やはり覚えておらず、記憶も戻らなかった。それでもハルは気にせずに「あらためてよろしくね!」と握手を交わした。

「まあね」

 軽く受け流す。最初こそ一悶着あったが、もう過ぎ去ったことだ。
 
「でもさ、風香置いてきちゃっていいの?」

 先頭を行くハルが問う。

 さて、2人はいまどこにいるかというと、繁華街である歌舞伎町からかなり外れた廃墟群。昼間だというのに空気は冷たく、当然2人以外に人どころか野良犬すらいない。
 そんなところに何の用があるかというと、ハル曰く「会わせたい人がいるんだ」とのこと。今日の日のためにハルは全身全霊をもって完璧な土下座を決め込んで休暇をもらってきた。当然上司である沖田が「それだけじゃ足りねえな?」と言って更なるむちゃぶりを振ったのは言うまでもない。

「え? ああ、まあ可哀想かなって」
「可哀想? なんで?」
「ほら、風香ハルと会った時なんか辛そうだったもん。あ、別にハルが悪いわけじゃないよ? たぶん風香の中で色々整理がつかないんだと思う。それで立て続けにってのも余計に負担かけちゃうかなってさ」

 かの子の言葉にハルは思わず足を止め、振り返ってかの子の顔をまじまじと見た。

「……かの子って実は結構気配り上手だよね」
「あ? 実は? 結構?」
「アッ、いや何でもないです! さっすがかの子様だなーって。なははははっ、だァ痛ったァ!!」

 渾身の一撃にしばし動けなくなるハルだったが、

「……ふふっ、ふははっ」

 と急に笑いだした。

「ちょっ、どうした。いま頭は狙ってないよ? あ、元からか」
「違うって! そんな可哀想な人を見るような目で見ないで!」
「じゃあ何よ?」
「え、いや、ね、ほら、自分もかの子たちと会うまでは寂しかったからまたこんなやり取りができるとは思わなくて」

 思うことは一緒だった。

「……あーハイハイ、そういう湿っぽいのはいいんでー。って、鼻水汚っ!!」
「え、あ、ホントだ! やっべ、止まんネ!! どぅるどぅるだこれ!! どうしよう!?」
「こっちくんな近寄ったら今度こそ頭狙うぞ」
「お、おう」

 持ち歩いているポケットティッシュをまるまるひとつ使い切ったところで再び歩き出した。



 ここだよ、と着いた先はこのいかにも出そうな廃墟群でも一段と廃れ寂れたビルだ。外壁は変色し、ところどころコンクリートが抉られて中の鉄骨が見え隠れしている。窓ガラスはなんとかヒビが入っている程度で済んでいるが、少しでも強い風が吹けばあっという間に割れてしまうだろう。
 外付けの階段で2階まで上り、外れかけのドアを潜る。

「ごめんくださーい」

 ハルが声を上げる。
 中身は外見にそぐわず、そこまでひどくなかった。元は事務所のように使われていたのかソファやローテーブルなどがある。ただ虫食いの跡があったり、日焼けなどで傷んでいたりはする。

「ごめんくださーい!!」

 一層大きな声でもう一度呼びかけるが反応はない。

「ねえねえ、これ押せばいいんじゃない?」

 入ってすぐの照明スイッチのところに『御用の方はこちらをご利用ください』と比較的新しい紙が貼ってあった。

 かちっ。

「……あれ?」
「なんも起きなくね?」
「いや、でもちゃんと音はしたよね?」

 もう一回押してみようかと下とき、こつんとかの子の足に何か当たった。

「うおっ!?」

 ピンポン玉サイズの木の玉がかの子の足にあたり、コロコロと転がっていく。どうやらこの部屋は少し傾いているようで部屋の奥へと転がり、やがて別の何かに当たった。

 かこん、カタカタカタ――

 玉は立てかけてあった細長い棒にぶつかると、前に倒れてその先がカーテンレールの上にあったビー玉にあたり再び転がる。部屋を沿うように進んだところで落下。そして落ちた衝撃を利用してトイレットペーパーの芯が本のドミノを倒し、メジャーの伸縮を利用して――。

「これって」
「うん」

 テテッテテッテテッテ。

 二人の脳内がシンクロしたとき、それを祝福するかのようにピーンポーンとチャイムがなった。

「クッソくだらねエエエエエエエエエエエエエエエ!!」

 あまりにも盛大な仕掛けにハルが叫ぶ。

 その時だ。

 暗くてよく見えなかった奥からギラリと光る何かがかの子の横を通り過ぎ、ハルの頚動脈を掠めて壁に刺さった。

「ひ、ひぃ!?」
「くだらなくて悪かったわねん」
「あ、」

 部屋の奥の壁に寄りかかる人影がひとつ。手に持っていた彫刻刀をもう二、三本飛ばしてやろうとしていたその人物はハルのほかにかの子の姿を捉えると眉をあげた。目が合うと、かの子はずんずんと近づき、

 パンッパンッガッガッ。

 上下から手を鳴らし、お互いの腕をクロスさせるように合わせ、

「この動き、もしや我が友、不知火氏ではないか?」
「如何にも。そして貴殿は我が友、榎氏で相違ないな?」

 しばし険しい顔でにらみ合ったかと思えば次の瞬間には「ウェーイおひさー」とハイタッチを交わした。
 さして驚いた様子もなくきゃっきゃっと再会を喜ぶ一方で完全に置いてかれたハルはふうと安堵の息を漏らし一言。

「もうわけわかんねエエエエエエエエエエエエ!!!」

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