07


「なンッじゃこりゃああああああああッ!?!?」

 もらったばかりのシャツはとっくに汗でびちょびちょのびちゃびちゃ。下手すれば真選組の代名詞でも黒の外套まで浸水しているかもしれない。汗っかきってのもあるんだけど、これは酷い。
 そんな背中に突き刺さるのは殺意塗れの視線。後方確認しようにもそんな余裕があるなら足を動かせと脳が命令を下す。前を走る自分の革靴の乾いた足音一つに対して追ってくる草鞋は数え切れない。

「真選組覚悟ォォォ!!」

 沖田くん――どうせ本人いないしいいや――から奇襲だと言われ、ついてきたのは江戸某所にある有名ホテル。
なんでもじょ、じょうい。あれなんだっけ、じょういいし……上位猪の密会を押さえるらしい。猪を押さえるとは有名な狩りゲームみたいだなって思った。上位なら尚更。
 意気揚々と乗り込んだはいいものの、隊長にも関わらずフラフラする沖田くんを見張ってくれと土方副長とお守りを頼まれた。彼の後ろをずっと張り付いてたわけなんだけど、「ちょっくらトイレ行ってくらァ」と男性用の前で待ってたらいきなり横から刀が飛んできたのだ。
 奇襲をかけるつもりが逆に仕掛けられた。
 恥を忍んで男子トイレに乗り込み沖田くんに知らせようとしたらなんと中は蛻の殻。手洗い場の鏡には『残念』と水気を含んだトイレットペーパーで書かれた白い二文字。

嵌められた!

 間一髪男子トイレからは抜け出せたけど、それ以降はずっとこうして飽きない追いかけっこを続けている。適当に走り回っていれば真選組の一人や二人と会えるはずが、ところがどっこいどっこいしょ。敵が増えるだけ。

「あのクソガキ自分のほうが偉いからって覚えてろよオオオオオ!!」

 巻こうと上がっては駆け回り上がっては駆け回りを全力疾走で繰り返していればさすがに悪態の一つや二つつきたくなる。

 うう、かくなる上は。

 ぐんっとスピードを上げて左へ。すぐに壁に張り付き、目を閉じて全神経を右手に集中させる。指から伝った神経は柄から鍔。鍔から鞘、刀身を駆け抜けて鋒へ。
 わずか瞬き一つ。
 曲がってきた先頭の足場を納刀のまま振り払う。ドミノ倒しのように転ぶ敵を勢いのまま払い除けた。その先には巻き込まれなかった数人が待ち構えているのを捉えると、左親指で鍔を僅かに押し出す。身を低くして飛び込んでくる相手を一閃。弾き出された白刃の軌道は狂いなく相手の胸を一文字に斬った。
 一瞬にして感じ取った恐怖に後ろに控えていた三人が怯み、後ずさりしたところをさらに踏み込む。体を大きく捻って全員まとめて薙ぎ払った。

「もらったァッ!!」

 隠れていた敵が背後を襲う。振り返り、向かい合った自分と相手ではわずかにリーチが足りず、先に掻っ切られるのは自分の喉仏。
 
 ぱんっ。

「あ、」

 目を見開く敵は自身の胸に手を当てる。じわりと手に滲む血と自分を数回交互に見やるとからんと刀を落として倒れた。
 袖口に隠していた銃口からは名残としてうっすらと硝煙が立ち上り、火薬の匂いが鼻につく。

「うっ。は、はあー……」

 力が抜けた両手にはもう何もない。
 震える足に喝を入れようとしたとき、上階がざわめき始めた

「も、もしかして!」

 ようやく合流できる。その一心で上階へ続く階段を駆け上った。



 ハルが駆けつけたときは双方混戦を極めていた。先ほどと同じように向かってくる攘夷志士をあしらいつつ、ハルは沖田の姿を探す。日々の鬱憤と置いて行かれた挙句、面倒事を押し付けられたことに対しての報復をするためである。
 先に見つけたのは隊長服に黒髪の土方だった。
 土方のあるところに沖田あり。常に副長の座を狙っている沖田のことだ、すぐ近くにいるに違いないと土方の元へ向かう。

「副長―!」
「芹野!?」

 銀時と剣を交えてた土方が振り返る。

「役人さん職場に彼女連れてきちゃダメでしょ」
「いや違う」
「ちょっ、今で激しく言い争ってたくせに急に真顔にらるのやめてくらさい!!」

 走り疲れたせいか呂律が回らない。

「土方さん危ないですぜ」

 よく通る声に三人の視線が同じ方向を向く。視界に何か映った。その何かが弾薬だと気づいた瞬間、壁に当たり爆発。
 間一髪で避けた土方は当然のように「しくじったか」と舌打ちをする沖田に突っかかる。

「そういやァあのピンク頭はどこいったんでさァ?」
「ああ? 芹野? って、マジでどこ行った!?」

 数秒前までは確かにそこにいたハルの姿が忽然と消えていた。四方見渡すも沖田の言うピンクは見えない。すると隊士の一人がこう言った。

「副長、芹野でしたらいまこの中に」

 彼が指したのは箪笥やちゃぶ台、ダンボールなどのバリケードで閉ざされた向こう。

「逃げた攘夷志士も中に」



 うまく回避できなかったハルは爆風に飛ばされ、転がり込んだのはまさに攘夷志士たちが立て込んでいた一室。

「真選組!?」
「なんでこんなところに!?」

 黒く目立つ隊服に一斉に鋒が向けられる。尻餅を付いた状態では反撃はおろか防ぐのも難しい。初出撃にして初人質、いやゲームオーバーだ。
 しかし天は彼女を見捨てなかった。

「あれ、ハル?」

 聞き慣れたはずなのに懐かしく、何よりここで聞こえるはずのない声にハルの全てが反応した。攘夷志士の間を縫って見えたのは着ているものは見慣れないものだったが、それは紛うことなくハルの大切な友人。

「かの子!!!」

 この場にいた全員が二人に意識が集まる。

「あ、やっべ。つい呼んじゃった。スミマセン、ドナタデスカ」
「え、なにそれ『やっべ』って何!?『呼んじゃった』ってなんで後悔するような言い方!? 『ドナタデスカ』ってあからさまにカタカナで何を言うか!? 今更知らないふりすんなよバカ野郎!!」

 刀を向けられている状況は変わらないというのに先ほどの緊張した面持ちはどこへやら。完全に小学生のように騒ぐハル。ハルとかの子の他にも桂と銀時が真剣に向き合っていたが、当然気づかない。そんな二人に神楽が聞く。

「もしかしてかの子の知り合いアルカ?」
「あ〜うん。一応ね〜」
「一応って何だよ!! 小学校からの付き合いだろ!! 一応なんてもんじゃないでしょォォオォォ!?!?」
「冗談だってば。あ〜もうその即レスといい、突っ込むところ全部突っ込んでいくスタイルは間違いなくうちが知ってるハルだね」
「かの子……!」

 かの子を救世主のように崇めるハルの目には溢れんばかりの涙。表面では軽くあしらっているかの子もその裏側では予期せぬ再会に喜んでいた。ただ彼女はそれを出したら負けだと思っているので意地でも出さないが。

「そぉい!」
「へるぺすッ!!」

 かのモーゼのように立ちはだかっていた攘夷志士の間を裂いてハルに手を指し伸ばすと思った右手は彼女の頬に平手打ちを一つ食らわせた。

「よし痛いから夢じゃないな」
「それこっちの台詞ゥ!! でもあざます!!」
「うわ引っぱ叩いて喜ぶとかMかよ」
「ふへへへへへ」

 ハルはそれが愛情の裏返しだと知っていた。それだからこそこうして笑っていられるのだ。かつてがそうだったように。
 しかしそんな幸せな時間はあっという間に終わりを告げる。

「銀ちゃん、かの子。コレ……いじくってたらスイッチ押しちゃったヨ」

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