06


 今日は記念すべき日である。なんとあの沖田くんからついに一本取った日だ。来る日も来る日も床に転ばされ、壁に叩きつけられ、おかげで体には傷が絶えない。偶然かわからないけど、妙に顔を狙ってくる。だいたいはギリギリのところで避けるかかする程度だけど。けいことは言え、常に実戦だと思って取り組んでるから手を抜けとは言わないけど、可愛い今が盛りの女の子の顔に木刀を向けるのはどうかと思う!!

「なァにニタニタ笑ってんでさァ」

 「ひいっ」と短い悲鳴が上がった。首を右斜め上に向けると、沖田と目が合うとすぐさま両腕で机ごと隠そうとする。しかしあと一歩及ばず、するりと取られる。

「えーっと、なになに――っと、逃げんじゃねえ」

 取り上げたノートに目を通す傍ら、その隙に逃げ出そうとするハルの襟を掴んだ。「ぶぎぃ」と潰れたカエルのような声が漏れる。
 ざっと読み終えたところでノートを閉じるとその角でハルの明るい頭に振り下ろした。

「あべちっ!」
「一丁前に日記なんか付けやがって。勝手に一本取ってんじゃねえよ。ありゃ山崎の邪魔が入っただけでさァ。ついでにくん付けとかしてんじゃねえ、沖田様って呼べってんだろ」
「いやでも沖田くん自分より年下だし、普段呼ぶときはさん付だし、日記ぐらい見下しても――あっ」

 口が滑ったと言わんばかりに両手で塞ぐ。一瞬にして顔を青くするハルに沖田はにやりと意地の悪い笑みを浮かべた。それがまたハルの顔を一層青くさせる。

「いひゃいいひゃいいひゃいいひゃひれふう!!」

 沖田はハルの頬を摘むと、上下左右に引っ張り、えぐるように捻る。

「こんなこと書いてる暇があったら木刀持てェ木刀。その腐った根性、春真っ盛りの能天気な脳みそと共に叩き直してやらァ」
「ちょっ、髪の色は関係な――い゛い゛い゛い゛い゛ん゛!!」

 ようやく解放されたときには頬にくっきりと赤い後が残った。

「ううっ……自慢の顔が……」
「ああ? ボケるのはまだ早えよブスが」
「ブ、ブス!? ブスじゃないです!! ブスってちょっと直球すぎません!? せめてもうちょっとオブ、おぶ、おぶ?」
「オブラート」
「そう! オブラートに包んで言いましょうよ!! いや、どちらにせよブスじゃないですぅ!」

 うえ〜いと人を小馬鹿にするように鼻の横で両手をひらひらさせる。ぴくりと額の血管が動くのを感じた沖田は次に彼女の鼻を摘む。「ふんぎぃ」と今日何度目かの醜い声。

「人を馬鹿にすんのもいい加減にしろよ? ああ?」
「ず、ずびばべん」

 きっちり正座させられるハル。これではどっちが年上かわからない。もちろん立場的には平隊士と一番隊隊長とでは月とすっぽんほどの差があるが。
 頭やら頬やら鼻などやたら痛むところはあるのに手が足りない。色々理不尽だァと泣きそうになるが、ぐっと堪える。

「そ、そういえば自分に何か用ですか?」

 日記その他諸々の件を誤魔化すように聞く。ハルの問いに沖田はきょとんと目を丸くしたあと、ぽんと手を打った。

「アンタをいじめるのに夢中で忘れてた」

「オイイイ!! アンタ隊長だろ!? しっかりしろよ!! このドS野郎!!」と言いたいことは沢山あったが、これ以上口を開くと今度は目を潰されそうだと思いとどまった。

「奇襲だ。支度しろ」
「ええっ!? いきなりっすか!?」
「さっさとしろ。じゃねえと次はその目ん玉ほじくるぞ」

 心を読まれた挙句に某アニメの某セリフのように陽気に言うものだから急いでハンガーにかけてあった上着を羽織る。がっしりした作りの隊服は皺がつきやすいが、着始めてそれほど経っていないので目立ったものはない。

「ういっす! 芹野ハル準備完了であります!!」

 ぴしっと敬礼まで決めたその姿は意外にも似合っていた。さりげなく胸元に水色、黄色、青紫色のヘアピンが留められていたが、彼女なりのせめてものおしゃれである。それについて特に見咎めることはしなかったが、ある一点に置いて沖田は口を開きそうになる。

「ん? 何かありました?」

 言おうとした言葉を飲み込み、「何でもないでさァ」と踵を返して廊下に出る。慌ててハルはその背中を追う。背後から聞こえる小さい足音に、本当の意味で刀なぞ持てるのだろうかと沖田は思ったのだ。

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