それから数日が経過した。

あの後、自室に籠もっている間に自然解散となったそうで、部屋から出てきた頃には既に邸は静まり返っていた。
カッとなって勢いに任せて言ってしまったばかりにジェイドは元より、ティアにもコンタクトを取れるはずがなかった。


(…全然…進歩ないなぁ)

「…………ルーク様、お邪魔してもよろしいでしょうか?」

「あ、ご、ごめん。すぐ出るよ」


ベッドの上に横たわっていたルークは、清掃に来たメイドのノック音で飛び起きた。
慌てて部屋を出ていこうとすると、すれ違い際に、メイドは恒例の会釈をした。

行き先は決まって中庭だ。
清掃が始まり、ここのベンチで腰を落ち着かせているうちに、癖になってしまったのだ。

春と言えども、降り注ぐ光はまるで初夏のよう。
かと思いきや、昨夜は小雨のおかげで急激に冷えこんだ。
冬の名残の冷たい北風の息吹に身震いをすると、ふと、チーグル達が浮かんできた。

大樹があるといえども、あそこは空中。
今までとは違った環境下で寒くはないのだろうか。


「今度は何についてお考えですか?」


聞き慣れた声に顔を上げる。
逆光で確かな表情は見えないが、間違いなくイヴリアルだ。
アッシュと行き違いでレプリカの街、通称ヴァル・クロスへ向かっていた彼が帰ってきたのだ。


「イヴリアルっ…おかえりっ!!」

「ただいま戻りました」


ルークの視線の高さに腰を落とし、柔らかい笑みを浮かべる。
難しいことを考えなくてもすむ彼と過ごす時間はとても落ち着く。
きっと世間的に『甘やかしすぎ』というのは彼が良い例だろう。

ハッと首元を飾る宝石の存在に気付いた。

セドナは『乖離から守っている』と言っていたことが正しいとは限らない。
それでも、もし微弱でも効果があるのなら試してみたい。

イヴリアルに経緯を話すと、『ぜひに』と奨められた。
…ただ彼は予想の更に上を行く。


旅の道中で見掛けたという様々なアクセサリーを胸元から取り出した。
どれも派手なだけでなく、華やかさの中に静寂や神秘さえ感じられるアンティークもののようだ。
宝石部分や金属部分が曇っているが、磨けばそれこそパーティーのアクセサリーとしてもおかしくはない、とても輝かしい逸品になるだろう。


「だ…だからこういうのは困るって!!」

「…………乖離遅延の効果があるかもしれませんよ」

「うっ……;で、でも逆の効果もあるかもしれないだろ?」

「そんなことあり得ません」


一体その自信はどこからくるのだろうか。
…やはり話術は苦手だと、改めて思い知らされる。

たじろいでるうちに、イヴリアルは布袋から一対のイヤリングを取り出し、そそくさと耳に取り付けた。
今まで感じたことのない耳に纏わりつく重りと同時に、ピリピリとした痛みが伝わってくる。


「ちょ、痛いって!」

「慣れれば問題ありませんから」

「慣れるまでが長いんだって〜!」

「大丈夫です。すぐに気にならなくなりますよ」


手先が器用な彼は、ものの数秒間で取り付けてしまっている。
更に銀色をした金属製のブレスレットを右の手首に通し、とりあえずは満足したようで袋をルークの手中へ預けた。


「他にも色々と用意致しましたので、ぜひお試し下さい」

「あぁ、ありがとう;」


冬の置きみやげと言わんばかりの冷たい風は一段と強くなり、イヴリアルは空を見上げた。
藍色の長い髪は、風と共に流れるように靡いている。


「……風が強くなりましたね。早く入りましょう」


応接間でレプリカの街について聞こうと思ったが、玄関先で何やら話し声が聞こえる。

応接間と玄関を繋ぐ扉の入り口に立っている白光騎士団によると、どうやら城の使いの者が来たらしい。


「何だろうな…?」

「……………行かれてみますか?」

「…いいの?」

「お止めした所で、後からメイドに聞かれるのでしょう」


ため息をつく彼は、的確にルークの行動を予想していた。
反論する言葉も見当たらず、苦笑してみせる。


「ならば、私の目の届く所で動かれた方がよろしいと思いましてね」

「ははは、ごめんな;」


扉を開けた先には、鎧を身に纏った城の兵が2人。
彼らと話していたのはシュザンヌだった。

彼女の側へ足を進め、ルーク達に気付いたシュザンヌに何事か問う。
しかし彼女は難色を示し、言葉を濁した。


「母上、お願いです。どうか隠さず教えて下さい!」

「……城に参上するよう、ルークへ伝達があったそうです」

「城へ……?」

「どうにも兄上はあなたの体調が気になってるようで……」


日差しは暖かくとも、今日は風が冷たい。
外へ出れば体調に影響するかもしれないと思ったシュザンヌは、兵達にルークの体調が以前よりも快方へ向かっていると伝えていた最中だった。


「城までほんの少しの距離ですし、ちょっと行ってきます」

「ですが、もし風邪をひいたりなどしたら…」

「母上、大丈夫です!イヴリアルもいるし、もしオレが無理するようなら止めてくれますよ」

「……そう、ですね……。彼がいるのなら…大丈夫ですね」


おまかせ下さい、とイヴリアルは笑みを浮かべると、シュザンヌは安心したように肩の力を抜いた。

それから簡単に身なりを整えて、邸を出た。


やはり風は冷たかった。
空模様も灰色の雲が現れはじめたし、もしかすると一雨降るかもしれない。


「降る前に邸に戻りましょう」

「…………うん」


……何故だろうか。
どうにも嫌な感じがする。


「早く行って、早く帰ろう。母上も心配するし」


何もないことを祈り、城へと向かった。



***********



相変わらず、城内はとても静寂だ。
耳に届く音といえば自分達の足音と、遠方から微かに足音と話し声がする位だ。

近くの警備の者に陛下への謁見を頼み出ると、すぐに案内してくれた。
ルークといえども大抵は、謁見するための手続きは多少時間を取られていた。
それが今日に限って手続き無しで通された。
もしかすると、陛下が来たらすぐに通すよう伝えていたのかもしれない。

だがどちらにしても不用心にも程がある。
もし機会があれば、もう少し警戒心を持つように伝えておかねば。


「どうぞ、こちらへ」


謁見の間では、既に上座に陛下とナタリアが腰を落ち着かせ、また壁に沿って上層部の者達が並んでいた。
陛下とナタリアの明るい表情に反して、周囲はなんとも重苦しい空気だ。


「ルーク!」

「ナタリア…!」


ガタンと音を立ててナタリアは立ち上がった。
そのまま席を離れようとするが、側にいる上層部の一人に止められ、しぶしぶ再び腰を下ろした。

気落ちするナタリアを横目に、陛下の近くにいる伯爵ら数人がこちらに睨みつける。


(何だか……俺達悪者みたいだな)


イヴリアルに小さく話しかけるが、彼らを警戒しているのか言葉は帰ってこなかった。


(イヴリアル………?)


そこまで警戒する理由が分からず、彼の視線の先に目を向けた。


(……………セドナ……っ)


ナタリアに目がいってて気付かなかったが、漆黒の艶やかな髪をした彼は何食わぬ顔で、貴族達の間に紛れていた。

だが彼はルークではなく、隣のイヴリアルの方を見ている。


(………知り合い…なのか…?)


「ルーク・フォン・ファブレ」


インゴベルト陛下の声が、鐘を鳴らすが如く、重く響きわたった。
はっとして、陛下へと視線を向ける。


「もう耳にしているかもしれないが……ナタリアの結婚式の日取りが正式に決まった」


陛下はとても嬉しそうな表情を浮かべた。
隣に座っているナタリアも同様に至福の笑みを浮かべる。


「急にすみません。ルークに一番に伝えたくて」


唯一無二の仲間の祝いだ。
…喜びたかった。

その相手というのがアッシュでなければ、戸惑うことなく喜んでいただろう。
"諦める"と言ったはずなのに…。
本心から喜べないということは、つまりは諦めきれていないのだ。

…つくづく、こんな自分が嫌になる。


「おめでとう、ナタリア!」


それでも、無理に笑顔を浮かべるしかなかった。

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