「おい、屑っ!!!!」


身体の変化があってから、約二ヶ月半後。

アッシュ及び他の仲間達一行がやって来た。



  第三章   世界



アッシュは玄関の扉を開けるやいなや、声をあげた。
入り口は客人を待ち受けるメイド達がいたが、追い討ちをかけるようにして周りの者を睨んだため、彼女達はすっかり怯えてしまった。


「アッシュ!いい加減、ルークと仰って下さいな!!」

「ご主人様はご主人様ですのっ!」

「うるせぇっ!あんな奴、屑で十分だ!!」


ナタリアとアッシュの声が邸中に響き渡る。

二人の後ろには、ティアとアニスが呆れた表情で歩いていた。
更に後方では、ジェイドと、苦笑をしているガイ。
ジェイドに至っては、面白そうといわんばかりの表情をしている。


「名前を呼んであげたら出てくるかもしれませんよ♪」

「や〜ん、大佐ったら〜☆」


長年『大佐』と呼び慣れているので、どうしても副将軍では違和感がある。
長い間、アニス達もそう呼んでいたので、今でもつい大佐と呼んでしまう。
ジェイド自身も『大佐』と呼ばれる方が慣れているので、それを快く受け入れた。
おかげで、それは定着してしまった。


ちなみに地位が上がったと共にアニスのターゲット内に、ジェイドの名が新たに書き加えられた。
数打てば当たる。
その概念の元に、アニスから放たれた大量のハートマークがジェイドにむかって飛んでいる。

それを素早くジェイドが避けると、隣にいたガイにハートマークが直撃した。
ガイは寒気を感じ、身震いをしている。


「おいっ、ふざけてねぇでさっさと……」

「あら?」


アッシュとナタリアが突如立ち止まる。

応接間の扉を開けると、姿を現したのは赤髪の女性だった。

王家の証である赤髪と緑の瞳を持っていて、かつ同年代の男ならば知っている。
しかし、アッシュにとってもナタリアにとっても女性の知り合いはいない。


その女性というのは無論ルークなのだが、やはり気付いてもらえていない。


結局、二ヶ月経過しても身体は元に戻らなかった。
玄関口で声が聞こえたため、様子を見に来たが、まさかアッシュ達だとは思いもしなかった。
心の準備ができておらずに、とりあえず沈黙をしてみる。


「…まさか……新たなレプリカ?!」


ナタリアの頭にある答えが浮かんだ。
自分達が知らない間に、また新たなレプリカが作られてしまった。
今度は女性として、と。

一瞬でルークは呆れ顔になる。
細かい事に敏感な女性なら直ぐに気付いてくれるかもと、少しでも考えた事を後悔した。


「ははは、面白いですね〜」

「いや、笑い事じゃないだろ;」


ジェイドに素早く突っ込みをいれるガイだったが、『有り得るかもしれない』と頭の隅に浮かんでいた。
しかし、見れば見るほど、ルークに生き写しといってもいいような少女だ。
この少女なら自然に触れるかもしれない。


「誰だ、てめぇ」


痺れをきらしたアッシュが一睨みしたため、ルークは一歩後ずさった。

傍から見れば一種の虐めにも見える。
これが公衆の場なら『か弱い女の子を苛めている』と噂されるところだ。

ここが私邸でよかった。
ルークは、心底、そう思った。


しかし、いつまでも黙っているわけにもいかない。
このまま黙っていたり、逃げ出してしまえば、今にもアッシュは追いかけてきそうなオーラを出している。
もしアッシュに追いかけられたとしても、体力が劇的に落ち込んでいるルークは直ぐに追い付かれてしまうだろう。


「………ク」

ティアがぼそっと呟いた。


漏れるような微かな声だったため、ルークはもちろん、隣にいたアニスでさえも聞き取れなかった。


「ル――ク!!!可愛すぎるわぁぁあ!!」

「はぎゃああああぁぁ!!!!!!」


風のような勢いで、ティアはルークに抱きついた。
突然の事に驚いたルークは咄嗟に逃げようとしたがティアのスピードに追い付けず、されるがままだ。

身長が縮んだ結果、ティアよりも少々小さくなってしまい、ティアの胸がより目線に近くなってしまった。
ティアは力の限りに抱き締めているため、胸に圧迫死されて呼吸が止まってしまいそうだ。


「も〜〜〜〜〜、可愛い〜〜〜〜〜!!!」

「くる…苦し、い……」

「あ、あら、私としたことが…ごめんなさい;」


本当に限界になる寸前で、宙に手を伸ばした。
こんなにもティアの腕力が凄いものだったとは知らなかった。
その限界を感じ取ったティアは、ぱっと手を解放した。

解かれると同時に、新鮮な空気が入ってきた。
吸い足りなかった酸素を、数回に分けて深く吸い込むと、それまでバクバクと悲鳴を上げていた心臓がが、段々と落ち着いてきた。


「はぁ…死ぬかと思ったぁ…」


金輪際、ティアに隙を見せてはならない。
突撃の仕草を見せたら、すぐさま、避ける。

今後の教訓が一つ出来た。


「ごめんなさい!痛いところは無い?!」

「うん…大丈夫…」


慌ててティアはルークの肩を抱いたが、未だに目が輝いているのは気のせいだろうか。
そう信じたい。

念には念を入れて、いつでもティアから逃げれるよう体勢を整えた。


「本当に……ルークですの?」


戸惑うナタリアの声が聞こえた。
きっと他のメンバーも戸惑っているだろう。

過去、軟禁状態を盾にして、無知である己の身を守っていた。
その時に周囲の信頼が下落した事にひどく孤独を感じた。

再び、彼らの信頼を失うのが怖い。
そんな思いを味わう位なら、現実を見たくはない。

小さく肯定の言葉を絞り出したが、どうしても顔をあげる事ができなかった。


「色々試してみたんだけど、やっぱり元の身体に戻らなくてさ」

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