..xx 紳士な大人と、一途な少年 xx..








学校帰りに、黒コート&ファーの自称『素敵で無敵な情報屋』と出会った。


「みっかどくーん♪」


サンシャイン60通りにあるファミレス前を通り過ぎている時、臨也に声をかけられた。
ぼーっとしていたため、驚いて手にしていた携帯を落としそうになる。

携帯に表示されている時刻は11時22分。
今日は午前中の終業式のみで、昼前には解散となったのだ。

明日からは2週間余りの春休みが始まる。

その事を予め知っていた臨也は、帝人の通学路で待ち伏せしていた。


「臨也さん…ここ池袋ですよ。ちゃんと分かってますか?」


うんざりした顔を浮かべるが、自己中心的な彼の前では無意味に終わる。

彼は人前など関係なく、ただの知り合いという繋がりにしては過剰なスキンシップをしてくるのだ。

現に今も帝人の肩を引き寄せ、体を密着させている。

問題は彼が引き寄せたその右腕。
徐々に腰へと降りてきている。

いい加減、分かってくれないだろうか。
人前での過剰なスキンシップに迷惑しているということを。

といっても頭の切れる臨也は、帝人が嫌がっている事を分かっているだろう。

その上での行動なのだから余計に性質が悪いと思う。


「はいはい、分かってるって〜。シズちゃんの事でしょ」

「さっき駅前にいましたよ」



平和島静雄と『死ぬほど』仲が悪い臨也。
池袋に来る度に大騒動になるというのに、ちょくちょくやって来ては街を破壊していく。

この場合正確的に言えば静雄が壊しているのだが、その原因を作るのが臨也なので、あえて彼がやっているという表現だ。


「じゃあ見つからないうち離れようよ。ランチまだでしょ?新宿においしい店が出来たんだけど一緒にどう?」

「ちょ、近すぎですって!」


腰を通りすぎた臨也の右手は、更に下って今は臀部を撫で回している。
ついでに口元を帝人の顔に寄せて、低い声で囁く。

傍から見れば、公然の場で今にもキスを始めそうな状態のイチャつくカップルそのものだ。

この場合、男子高校生と有名な情報屋(男)なため、生暖かい目で見られるが。

小さな子供と母親の「ママ、あの人達ー」「しっ!見ちゃダメよ!」な会話が聞こえてくる。

昨夜遅くまでネットを繋いで色々と作業していたので、今日はさっさと帰って早めに眠りたいのに。
臨也は帝人の意思などお構いなしだ。


「はい、そうですねって君を離すわけ無いでしょ、帝人君。ほら、うんっていいなよ」


左肩を引き寄せられ、向き合うというか、抱き合うに近い状態になってしまう。

ファッション雑誌やテレビに出演するモデルと肩を並べられる位に臨也は顔が良い。
それに彼がつけている香水の香りも嫌いでは無い。
むしろ惹きつけられる香りだ。

押し返そうとしても腕に力が入らない。


「や、臨也さん・・・離して・・・っ!」


激しい抵抗をしていないことを良いことに、調子に乗った臨也は、帝人の顎や唇のすぐ横に何度もバードキスをした。

そんな二人の周囲を、円を描くように人が避けていったため、舞台と言わんばかりに一層悪目立ちをしてしまう。

周囲の視線が本格的に痛い物になってきた。


「ハハッ。そんな赤い顔して言われてもさぁ・・・説得力無いよねぇ」

「もう・・・っ、臨也さ・・・・・・・・・あ」

「んー?なになにー?」


帝人が見えたのは、臨也の背後。

静雄が自販機を持ち上げていた。

今ならもれなく額に青筋付き。
・・・正直いらないけど。


ギギギという金音は、静雄に握りしめられて自販機が限界に到達した音だ。
静雄と自販機の接点には皹が入り、金属部分が千切れてきている。

どれほどの握力がかかっているのか、いつか調べてみたいものだ。


「げっ!シズちゃん!!?」


後方を振り返った臨也は口にして、帝人を抱きしめる力を強くした。

既に静雄は臨界点を越えていたようで、いつもの『いーざーやー君よー!』の台詞を口にする事なく、手に持っていた物を思いっきり投げた。

いつもならビルの3階4階と弧を描かれるのだが、直線状、それも近距離に対象がいたため、時速百何kmではないかと思える速度で一直線にやってくる。

避難。退避。

・・・間に合わない。
無理だ。


「ノォ―――!!」


『ガシャン!!』や『メキ!』といった工事現場やビル爆破の際に聞こえる音が響く。

帝人は悲鳴をあげたが、きっとその音に掻き消されただろう。

静雄が投げた自販機は缶やペットボトルの清涼飲料水の自販機だ。

有り得ない衝撃でそれらの中身が破裂して水飛沫が立ち上がったり、通りに沿った店舗のガラスが割れたりで、辺りは一瞬白くなった。


「おい、静雄!来良んとこの生徒の…竜ヶ峰だったか?あの子も下敷きになってんじゃねーのか?!」


取り立て最中だったが、臨也を見つけた静雄がまっしぐらに向かったおかげで、ようやく追いついたトム。

遠目だが確かに、記憶していた少年がそこにいたはずだ。

静雄の行動を阻止しようにも、既に自販機が投げられたので間に合わなかったが。


「え、マジっすか?!!」


ノミ蟲と呼んでいる人物の姿を見た瞬間でキレてしまった静雄。
その視界に一般人が映っていても、脳へ認識されなかったようだ。

慌ててボロボロになった自販機をどかすと、下敷きになった二人が立ち上がった。
どちらともジュースまみれで、水滴が滴り落ちている。

臨也の腕の中いる帝人は、どうやら自販機が飛んできた際に臨也に庇われたようで傷一つなかった。

反して臨也は顔や手の甲に擦り傷がいくつかついていた。
トレードマークとなりつつある黒いコートが所々破れていたり、真っ白なファーには汚れが付いている。

後者は怪我に慣れているから放っておいても大丈夫だ。


「りゅ・・・竜ヶ峰、大丈夫か?」


立ち上がったものの反応のない二人に近寄り、肩を掴もうとした。


「僕は大丈夫です。臨也さんは・・・大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫だよ。帝人君」

「よかった…臨也さんに何かあれば僕は…っ」

「帝人君…。俺こそ、君に傷一つでも付いていたらと考えるだけでも怖いよ…」


――何かおかしい。


野生の勘に、静雄は動きを止める。

行き場のない手はそのままの状態で。


「臨也さん…僕の事…ずっと抱きしめてて下さい。僕、本当はあなたの事が好きなんです」


その言葉を聞いて、一線引いていた周囲の野次馬が一斉にザワめいた。
『あの折原臨也に告白した!』と。

偶然その現場に居合わせた、通りすがりの狩沢や遊馬崎が『生BL、ktkr!!!』と騒ぎ、カメラで撮影し始めた。
狩沢に至っては携帯でムービーモードにて撮影している。

そんな引きかけた周りの事を気に留めずに、帝人は臨也の背に腕を回しすと力いっぱい抱きついた。
それだけでなく、彼の胸に頬を摺り寄せて、彼なりの愛情表現をしている。

密着していた事で、来良学園の制服についた微かな移り香が鼻先をかすめた。


「臨也さんの香りだ…。このまま一つになれたらいいのにな」

「み、帝人君…っ!…っだ、だめだって…こんな公然の場で!」


つい先程まで周りの事など関係なく、過剰スキンシップをしていた臨也は腕を伸ばし、帝人との距離をとった。

頬を赤く染めて俯くその姿は、普段の自信過剰な彼からは考えられない姿だ。


「嫌いですか…僕のこと…?」

「え、いや嫌いじゃないよ!ただ、こう…人前でベタベタする事は良くない事でしょ…?」

「でも嫌いじゃないなら…離さないで下さい・・・っ!」


うっすらと涙を浮かべる彼に、臨也はハンカチを取り出して、涙を吸わせた。

また、髪についた砂に気付き、優しく掃う。


「落ち着いて、帝人君。俺は嫌いじゃないよ。大切だからこそ…君が大人になるまで待つから、ね…シズちゃんも、ゴメンね」

「ぁ゛……はぁ゛??!!」

「来ちゃダメだと分かってても…帝人君がいる池袋にどうしても来ちゃうんだ。本当にゴメン。あ、怪我は無い?大丈夫?」

「あ、ああ。え、まぁ…いや、その、なんだ…」


大丈夫そうだね、とやんわりと笑みを浮かべた。

滝のごとく冷や汗を流し、みるみる青ざめていく静雄は、『頭を打ったのか』と考える余裕さえもなかった。
あり得ない、考えられない彼の言動に今にもショートしそうだ。

今までこんな態度を見たことない。

トムも周囲の者達も、開いた口が塞がらないといった感じで呆然としている。


「じゃあ、帰るね。仕事がもう少し残ってるし。明日から寒くなるそうだし、みんな風邪に気をつけてね」

「え、ヤダ!臨也さん、行かないで下さい!ずっと側にいて下さい・・・っ」

「…帝人君…そうしたいのは俺も同じだよ。でも…」


桃色のオーラを出し、完全に二人の世界になった。
互いの腕に触れ、見詰め合う。
甘い空気が辺りに立ち込める。

騒ぎを聞きつけた警官は、幻覚だろう、と来た道を帰っていく始末だ。

静雄は寒気を感じて全身に鳥肌がたち、今にも倒れそうだったが、二人に背をむけた。


「お、おい、静雄…?」

「トムさん…もうダメっす……コレは…夢だ―――!!!」

「静雄!頼む、置いていくなー!!」


突如として駅へと走り出した静雄を、慌てて追いかけた。
周囲の者達も同様に、四方八方に散り散りになっていく。

日中とは思えないほど閑散としたサンシャイン60は、二人の世界状態の臨也と帝人。
その行く末を動画・静止画に撮影している狩沢と遊馬崎の4人だけだ。



この後、掲示板を見たセルティは新羅をつれ、現場へと駆けつけた。

何とも声を掛けにくい雰囲気だったが割り込み、一時的なショック状態と診断した。

数日経てば元に戻るだろうと思っていたが、それを治すのに帝人は春休みを半分以上使うことになるとは知らずに――。


おかげで池袋では情報屋と男子高校生による桃色の空気な光景が何日も続いたため、池袋の喧嘩人形と呼ばれる静雄は体調が悪くなり、トムが神社へ毎日祈願に訪れることとなった。



END.





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