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轟と爆豪は自らの歯を自在に伸縮・分岐させる変幻自在の素早い刃を持つ敵、ムーンフィッシュと交戦していた。

口以外の全身を黒の拘束着に包んだ男は、会話が成り立たないあまりにも危険なサイコキラーだった。


「地形と個性の使い方がうめぇ」

「見るからにザコのひょろガリのくせしやがってんのヤロウ…!」


B組の円場を背負い、後ろはガスが発生し、前には狂人の強敵。
そしてこの地形では爆豪の爆破や自分の炎は使えない。
わかりやすく縛りがかけられている状況に轟は苦虫を噛み潰したような顔をした。


「おい、おまえ狙われてんだからあんまり前出るな」

「アァ!?るせェ、喋んな!」

「やべえ…ッ」


変則的に襲ってくる歯刃に対し氷を盾にし防御するが、少しでもずれれば分岐して襲ってくる上に自分は円場を背負っているせいで両手が使えない。


(右半身に霜も降りてきやがった…)


轟も爆豪も防戦一方で焦っていた。


「近づけねえ!!クソ、最大火力でぶっ飛ばすしか…」

「だめだ!」

「木ィ燃えてもソッコー氷で覆え!!」

「爆発はこっちの視界も塞がれる!仕留めきれなかったらどうなる!?手数も距離も向こうに分があんだぞ!!」


その時だった。
ガス溜まりだったはずの後方から駆けてくる音が聞こえた。


『どいて!!!』


その声の持ち主は、爆豪と轟が後ろを振り返るよりも疾く、2人の真横を通り過ぎて氷を飛び越える。


「「!!」」


鋭く光る刃に纏うバチバチとした蒼い雷。
月明かりに照らされる金色の「漢気」という文字。


(梓!?)

(東堂!?)


小柄な少女は突風とともに現れ、分岐しているムーンフィッシュの歯刃をダンダンダンッ!と身軽に駆け上がると、薄く嵐を纏わせた刀を振り下ろした。


ーガキィンッ!


まるで稲妻のようなそのスピードは分岐した歯刃によってギリギリで受け止められた。
が、梓は止まらない。


「肉だァ…、血ィ、見せて」

『くそ、ブーツ履いてくりゃよかった!』


感覚を思い出すように足に風を纏わせぐわりと体を回転させると


ードガァッ、ザシュッ


ムーンフィッシュの後頭部に膝蹴りを食らわし、その勢いのまま刀を肩に突き刺すが、

歯刃が分岐し木に刺さった勢いでムーンフィッシュが勢いよく横に動き、梓は空中でバランスを崩した。


「ッ、やべェ、梓!!」

「!」

『ええぇぇ歯で移動もできるの!?』


空中に投げ出され身動きの取れない状況で、
歯刃が一斉に分岐し、梓を串刺しにせんと四方八方から向かってくる。
思わず悲鳴をあげるが、
その割に彼女の挙動は落ち着いていた。

腰に差していたもう一振りを抜刀し二刀流になるとどちらも薄く嵐を纏わせ、


ーズガガガッ!!


逆さまの状態で体を回転させ四方八方から襲ってきた歯刃を全て2振りの刀で防ぎきった。


((すげえ))


あまりにも戦い慣れしたそれに流石の2人も開いた口が塞がらなかった。
まるで触れたらズタズタに切り裂かれてしまう鋭利な竜巻である。

梓は、歯刃の隙間に体を滑り込ませ、勢い任せに風で自分の体を一旦後方に滑り込ませるとそのままズザザッと地面に着地する。


『ッ…2人とも怪我は!?円場くんも無事!?』

「梓お前、最後の組だったのになんでここにいんだ!?つーかなんで毒ガスの中から!?」

「爆豪、いつのまにか毒ガス消えてるぞ」


氷壁に隠れたまま後ろを向いた轟はいち早くそれに気づいていた。


「東堂が、倒したのか」

『いや…私だけじゃない、てか、なんでかっちゃん狙われてるの?あと、あの敵…脱獄した死刑囚だよね、』

「しるか!」


他の生徒とともに毒ガスの元凶を倒したのだろう。
珍しく息が切れている彼女に壮絶な戦いだったのだろう、と轟は眉間にしわを寄せた。


「大丈夫か?」

『う、ん、問題ない。轟くん、またあの時みたいに、後ろ守ってくれない?』

「え?」

『あんな強敵相手じゃあ、君頼るしかないや』


そう言って苦笑した梓に轟は思わず頬を赤く染め、爆豪は怒りで赤くなった。


「俺がいんだろうがァ!!」

『かっちゃん、狙われてるし…なにより、この状況で爆破は不利だもん、私の雷だったら、そこまで規模を大きくしなければ轟くんは火事を防いでくれるし、万が一は、私が水で、』


ードサッ


毒ガスの影響でぐらりと視界が揺らぎ思わず尻餅をつく少女に轟と爆豪はわかりやすく焦った。


「やべえ」

「梓!?」


すぐさま梓を守るように立った轟はムーンフィッシュの攻撃を氷壁でガードし、爆豪は慌てたように少女のそばに駆け寄る。

左腕に滲む血、顔色も悪い。
労わるように首の後ろに手を置けば、


『銃で腕掠っちゃって…、あと、すこし毒吸っちゃった』

「は!?」

『ちょっとふらつくだけ。大丈夫…!』


歯を食いしばって立ち上がった梓に爆豪はふざけんなと目くじらを立てた。


「そんな状態で戦えるわけねェだろ!!」

『戦える…!かっちゃんは狙われてるんだから下がってて。私と轟くんで、円場くんとかっちゃんを』

「ハァァ!?半分野郎ばっか頼んなクソが!!」

「来るぞ!!」


喧嘩になりそうなところでムーンフィッシュの歯刃が4人を襲う。
梓はトンッと轟の背中を跳び箱のように使って氷の上に躍り出ると、雷を纏った刀で向かってきた歯刃を粉砕した。


ーズガガガッ!


『くそ、手数が多すぎて後手に回る…!』


一瞬の隙をついてムーンフィッシュ目掛け斬撃を飛ばすが分岐した歯刃に相殺される。
空中で自在に動ける相手に地上から攻撃するのはあまりにも不利だった。


「東堂、無理するな!」

『ここで無理しなきゃあ、どこで無理するんだよ轟くん左抑えて!!』

「!!」


その時だった。
「いた!氷が見える!あれ、雷も!?交戦中だ!」と聞き覚えのある声が横の森の中から聞こえ、思わず手が止まった瞬間。

物凄い勢いで木をなぎ倒しながら近づいてくる化け物と、追いかけられている障子が見えて梓は『へぇ!?』と素っ頓狂な声を上げた。


「爆豪!轟!東堂!頼む、光を!!」

「肉…」


訳がわかっていないながらもムーンフィッシュが障子に矛先を向けたので雷光ついでに応戦しようとするが、その必要はなかった。
障子を追っていた黒い化け物がムーンフィッシュを一撃で地面に叩きつけたのだ。


『えええ!?』

「障子と緑谷と…常闇!?」

「早く光を!!常闇が暴走した!!」

『そ、そういうことね!!』


その後も障子や自分を狙ってくる常闇のダークシャドウに見境なしか、と慌てて刀を仕舞って両手に雷を纏おうとするが、


「肉〜駄目だぁああ、肉〜にくめんんんん駄目だ駄目だ許せない」

『肉麺?』

「バッカ…!」

「違うし、危ねえ!!」

「その子たちの断面を見るのは僕だぁあ!!横取りするなぁああ!!」


なにそれ美味しいの?と首をかしげる少女に歯刃の矛先が全部向いて、轟と爆豪は慌てて少女の肩をそれぞれ引っ張って自分の方に抱き込んだ。

2人に抱えられるように後ろにひっくり返った瞬間、「強請ルナ、三下」と、暴走したダークシャドウがムーンフィッシュをなぎ倒す。
とんでもない破壊力のそれに3人とも目が点になった。


「アアアア暴れ足リンゾォオオアアア!!」

『やばっ』


矛先が自分たちに向いたことにヤバイと顔をしかめて轟は炎、爆豪は爆破、梓は雷を発生させ常闇を囲めば、「ひゃん!」という小さい悲鳴の後、ダークシャドウは常闇の中に引っ込んだ。


「ハッ…」

『とっ、常闇くん大丈夫!?』

「てめェと俺の相性が残念だぜ」

「…すまん、助かった」

「俺らが防戦一方だった相手を一瞬で…」


轟は地面に下ろしていた円場を背負いなおすと梓の側までいく。


「東堂…わりぃ、また無理させた」

『全然大丈夫。円場くんは、意識戻りそう?』


おーい円場くん!と頬をペチペチすれば彼は呻きながらゆっくりと目を開けるが、焦点は合っていなかった。
霞む視界の中で、隣のクラスの面々がいることをやっとこさ認識する。


「…あ…東堂ちゃ、」

『円場くん!あ、大丈夫じゃないよね。必ず君を守るし、君が守りたいと思う人たちも守るから、安心して休んでて。こっちは任せて』


毒ガスの所為で意識が混濁する中でも気になっていたのはクラスメートたちのことだった。
それを見透かした少女の言葉と、強い光の灯る透き通った瞳とカチリ、目が合って。


「…、」


悪い、ありがとう。伝えようとしたのに声が出ず、ぐっと下を噛むが、


『円場くん、いいよ。大丈夫!』


天使のような笑みでそれだけ言われ、円場は心が震えた。まるでヒーロー。
何故だか安心して、円場は轟の背で眠るように意識を失った。

それを見届けた梓に、黙って聞いていた轟はハァとため息をつく。


「大丈夫じゃねえだろ」


気丈に振る舞った彼女は苦笑していた。


『あは、バレてる…大丈夫じゃなくても、大丈夫って、言わなきゃ』

「これでも一回背合わせて戦ってるからな」

『だったら、止まらないのもわかってるでしょ』

「…あぁ、だから俺が守るよ」

『……』

「何びっくりした顔してるんだ」

『、守るとか、言われたことあんまりないし』


面食らった梓は少しだけ赤くなった頬を隠すように轟に背を向けると障子の方へ歩いていった。


(なんだ今のすげえ可愛い)

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