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『で、この状況でお2人が私を訪ねて来られた理由はなんですか?』


先程までホークスと再会を喜んでいた、ふわふわとした雰囲気だったのに。
核心をつく問いとともに見上げる目が鋭い。
確かにな、とベストジーニストはホークスを窺い見た。

あの日、荼毘をサシで止めた仮免。
すごい子だと思ってはいたが、重傷のホークスが目が覚めた時真っ先に彼女の安否を心配していて、驚いた。


“梓ちゃんは”


ガラガラ声でそう自分に問うホークスに、ああ確か彼女も奴等に狙われていたな、と思い出し、無事であることを伝えたのだが、


“ベストジーニストさん、オールマイトさんと緑谷君のところに行く時、もうひとり会っていきたいんですけど”


そう言われ、連れてこられたのがこの病室だ。
あの解放戦線との衝突の日、2人の間にやり取りがあったことは知っていたが、ただのお見舞いのためにわざわざ訪問するほど自分たちは暇じゃないはず。
不思議に思いながら着いてきたのだが、


「リンドウ、質問を返してしまってすまないが、まず、2人の関係を教えてもらってもいいか」

『……関係?あ、ベストジーニストさんはホークスさんに連れてこられただけですか?』

「そうだな」

《大した関係ではないですが、一応お互い公安繋がりでして》

「!」

『公安?いやいや、ホークスさんがスパイをしてくれてる間、私が捕まらないように根回ししてくれていたんです。スパイ活動大変なのにありがたいなってずっと思ってて』

「そうか。…、ん?知っていたのか?」


ホークスの公安繋がりという発言をしれっと否定しながら説明された内容にベストジーニストは混乱した。
ホークスがスパイをしていたことは、トップシークレットのはず。なぜ彼女は知っている。

ぎょっとしてホークスを見れば、彼は肩をすくめていて、


《バレちゃったんです、彼女に》

「どうやって」

『わかるようにしてくれたじゃありませんか』

《したつもりはないよ。そういえば、何きっかけで気付いたんだ?》

『ホークスさんが配ってた、布教用の本。と、あの時の仕草で。なんだろうなぁって。確定づけてくれたのは、側近たちです』

「側近?」

《彼女、半分裏の人間です。東堂一族って知ってます?》


聞かれて、昔に会った堅物の男を思い出した。
まさか彼とこの子が血縁だと思えなくて、でも苗字一緒だ、とベストジーニストは目を白黒させた。


「君が、あの人の娘か?」

『父のことを知ってるんですね』

「…ヒーローを長年している者で、知らない者はいないだろう」


彼の思想と行動は常軌を逸している。
無個性同然の身体で、ヒーローでもないのに人のために命を賭けるだなんて。
知らないはずがない。
まさか彼女が。確かに噂で娘がヒーローを志していると聞いていた気がするが、目の前の少女とそれが結びついていなかった。

驚くと同時に、
今までの彼女の行動に納得がいった。


「…成程道理で。君の常軌を逸した行動の根幹がわかった」


常軌を逸した行動!?とショックを受けている梓のとなりでホークスは“俺の苦労わかりました?”と端末を触っている。


「あの戦場に現れたこと、荼毘を止めたこと、仮免とは思えない行動の数々の原点がわかった。そしてホークス、お前がなぜ彼女を訪ねたかも」

『?』

「あの一族はこの状況で必ず動く。止めたかったのだろう?」


ベストジーニストがホークスにそう問う中、梓は図星を突かれたようにギクリとした。
が、ホークスはゆるりと首を横に振っていて、


《止めるなんて無茶な》


あっけらかんとしていて、ベストジーニストだけでなく梓も目を丸くした。


《福岡の空ですら、飛び出してしまったような阿呆が、この事態で忠告したからといって飛び出さん訳がないでしょう》

『……』


わかっているならなぜここに来たのだろう。
「福岡!?」と驚いているベストジーニストを横目に梓が怪訝な顔をしていれば、ホークスは肩をすくめた。


《闇雲に飛び出しても意味がないと理解できてる?》

『……』

《どうやって行動するつもりだった?》

『……、いずっくんを護衛したら、奴らにぶつかるんじゃないかと』

《君は、彼がなぜ狙われているかを知ってるんだな》

「ワン・フォー・オールか」


「君も狙われているが、確かに彼の方が優先順位は高いだろうな」と納得しているベストジーニストに次は梓がギョッとした。


『知ってるの!?』

「先程オールマイトに聞いた」

《ここからは総力戦だからね。秘密は無しにしていただかないと》

『……確かに』

《梓ちゃんの作戦、緑谷君を護衛するっていうのは、少し乱暴だけど1番の近道のような気がする。でも、彼はまだ学生だから、学校に戻るだろ?》

『戻って欲しいですけど、いずっくんのことだから戻らないって選択をするかもと思ってて、』

「なるほど。そこはオールマイトから情報提供をもらい臨機応変に対応しよう」

《むしろ俺の気掛かりは緑谷君の今後の行動より君だった。君が飛び出してしまわないか。どうせ飛び出すつもりなら、こっちのチームアップに参加してもらったほうがいい》


どうせ止められないなら監視下に置くべきだ。
彼女に対して説得など無駄。壁をぶち壊してでも外へ出るだろうし、それをできるほどの実力がある。

ホークスの諦め半分の提案はベストジーニストの表情を心配で曇らせた。


「あの一族とはいえ彼女は仮免だ。まだ子供だぞ」

『この状況で本免仮免なんて、あってないようなもんでしょ。やれる人間がやらないと。こんな状況で、頼れる人なんていない』


心配するベストジーニストに向けたとは思えない、雰囲気に似合わない刺々しいその発言は彼女の余裕のなさを表していた。


『世界がめちゃくちゃで、いずっくんが狙われてて、この状況を挽回するには死柄木たち倒すしかないじゃないですか』

「「…」」

『やれる人間がやらないと。すぐにでも』


不安定に揺れる瞳。部屋には殺気が溢れていた。
どうやら彼女はこの感情を、不安、怒り、焦り、そして覚悟を、綺麗に仕舞い込んで同級生たちとお喋りしていたらしい。
ホークス、ベストジーニストと本音で話すことで溢れてきた感情に、
ホークスは予想していたように眉を下げ、ベストジーニストはホークスの心配事に納得した。


(確かにホークスの言う通り、どうせ飛び出すなら監視下に置いておいた方がいいな)





次の日、トップ3による会見が行われた。
エンデヴァーが己の過去を滔々と語り、ホークスは抱かれている疑念について認め、説明をした。

批判が噴出する中、ベストジーニストによってヒーロー科の学校を指定避難所とすると発表された。
ヒーローが減っていく中、守る範囲を削減するためだった。

ヒーローが篩にかけられていく日々。


そして後日、梓の予想通り、
緑谷はオールマイトに対し退院と同時に雄英を出ていくと宣言した。
オールマイトはすぐさまベストジーニスト達と連絡をとり、各自準備を始める。

そして、とうとう緑谷が病院を出ていく日になった。
夜分遅く、緑谷は母との別れを済ませ、コスチュームと携帯端末を持ってオールマイトと共に病院の裏口から出る。

予定では、裏口で待っているのはエンデヴァー、ベストジーニスト、ホークスのはず。

だが、


「……なんで」


トップ3に囲まれた見慣れた後ろ姿に、緑谷は愕然とし、同時に涙で目元が潤んだ。
リンドウの家紋を背負った羽織、群青のコスチューム
そして見慣れない、短くなってしまった髪。

ふわりと少女が振り返る。


『いずっくんは、こうすると思ったから』


火傷を負った顔。
最後に会った時と見た目は変わってしまったが、全く変わらない優しげな目の光に緑谷はポロリと涙をこぼした。


「だからって、」

『トップ3はいずっくんと少し離れて行動するんでしょ?オールマイトさんは戦えないし』

「……」

『じゃあだれがいずっくんを守るの?私しかいないでしょう』


そう完璧に言い切った幼馴染の少女に緑谷はもう声が出なかった。
ホークスとオールマイトが「やっぱり来てしまったか」「言っても絶対聞かないですもん」と肩をすくめるのを横目に、梓は緑谷に歩み寄る。


『それに、いずっくんのことを利用させてもらいたいとも思ってる』

「え…?」

『私より君が先に接触されると思うから』

「……」

『いずっくん、もう泰平の世は戻ってこない。でも、嘆く暇も泣く暇も後悔する暇も私達にはない。私達一人一人がどんなに足掻いたって命を賭したってこの状況は直ぐには覆らない。最短で安寧を取り戻すには、やっぱり、死柄木を倒すしかない』

「そう、だね」


ひしひしと梓の覚悟が伝わってくる。


『奴らを倒すために、奴らからいずっくんを守るために、そして、世論からいずっくんを守るために私も同行させてもらう』


そう宣言した梓に、緑谷は一瞬理解ができなくて、涙が引っ込んだ。
さっきまでは(梓ちゃんらしいや)と思っていたのに、「世論からいずっくんを守る」発言で何のこと?と思わず後ろにいるトップ3達を見上げる。

彼らも困惑していた。


「リンドウ、世論からとは?デクは隠密行動をする。デクに飛び火しないために、俺たちも離れて行動するんだぞ」

『エンデヴァーさん、どうせそのうち漏れます。事情知ってるヒーローがぼろぼろ辞めちゃってるし』

「そりゃ時間の問題かもしれないけどどうやって梓ちゃんが守るんだ」


少し慌てた様子のホークスに梓は緑谷だけでなく周りの大人を見渡すと、


『もしものときは、私がいずっくんの影武者になります』

「「「「!」」」」

「それって、僕と一緒に行動して、もし僕がワン・フォー・オール保持者だから狙われてるってバレた時に、梓ちゃんにみんなの視線を向けさせるってこと…!?」

『うん。私、相澤先生や心操、A組のみんなの存在に心を守ってもらってるから大丈夫。誰に何言われても平気だよ。ばりぞうごん?あの手の言葉は分家連中にコソコソと言われてきたから、慣れてる。興味がない。背を見せるだけだからね』

「…いや、だからって」

『奴らの大本命のいずっくんが、世論に足を取られるのは良くない。この役割は、知名度抜群のこの人たちじゃできない』 


確かに。
思わず頷いてしまいそうになってオールマイトは思考を振り払うように首を横に振った。


(確かに、緑谷少年への飛び火は懸念事項だった、そこはプロヒーローではカバーしきれない。東堂少女は特殊な家系、緑谷少年よりも対外的な物やこういった状況への対処は心得がある、という彼女自身の分析はごもっともかもしれないが…)

「東堂少女、今の君の提案を聞いたら、相澤君が悲しむぞ」

『……』

「そもそも、今回の件、相澤君には話しているのか?」


すい、と視線を避けた梓にオールマイトは眉を寄せた。
今の彼女の行動は、今まで相澤が矯正してきた考えとは全く逆。一族古来のものだ。

やはり話していなかったか、とオールマイトはため息をつき、「一族との今後の関わりについても相澤先生に報告したかい?心操少年には?2人とも君のことを、」と咎めようとしたが、梓は『相澤先生と心操の話はしないでください』とオールマイトを突っぱねた。

「東堂少女、」「梓ちゃん…!?」

『会いません。相澤先生にはとても感謝してるし、心操にも感謝してる、けど。思い出したんです』

「……」

『自分が弱いと感じた時、命を賭けるのは最低限の努力だと父に習いました』


相澤という庇護者から離れて、思い出した。


『あの2人は私を優先する。でも、そんな余裕私にはない。私を優先する余裕がないから。話したくないです』

「「「「…。」」」」


梓の発言に一同は言葉を失った。
齢16歳の少女から出てきたとは思えない言葉だった。
どんな育て方をしたんだ、とエンデヴァーが自分を棚に上げてゾッとし、ベストジーニストとオールマイトは言葉を失う。
ホークスだけは、梓に寄り添うように近づいていて。


「もう、そんなこと言わんで」

『公安も同じでしょ?』

「そうやけど。梓ちゃんの口から聞くのしんどい」


思わずホークスが頭を抱える。
ますますベストジーニストが、この子は監視下において正解だった、放っておいたら1人で死にに行ってしまう、と改めて納得する中、
ずっと黙っていた緑谷は、きゅっと梓の羽織を握った。


「命を賭けるのは最低限の努力、とか、2度と言ってほしくない」

『……』

「そんなこと言っちゃえる梓ちゃんと一緒にこの先に進みたくない。一緒に行きたくないはずなのに、」


裏口から見えた彼女の姿に酷く安心してしまった。
この期に及んで自分を守ると言い切る彼女に涙が出てしまった。
もう緑谷は、梓を拒めなかった。


「梓ちゃん、ごめん。ほんとごめん。一緒に…」

『行くよ。最前線は私の専売特許だ』


月に雲のかかったいつもより深い闇の夜。
対照的に花のように笑う梓は幼い頃から見てきた幼馴染の姿で、緑谷は久しぶりにへにゃりと眉を下げた。

少しだけ肩の荷が下りた様子の愛弟子の様子に、オールマイトは相澤に後ろめたさを感じつつも何もいえなくなってしまった。
もうしょうがない、2人まとめて自分が守らねば、とオールマイトなりに腹を括り、緑谷から預かったA組への手紙が入った袋の紐をギュッと握る。

とそこで、ふと疑問がよぎった。


「東堂少女、」

『?』

「君はA組のみんなに手紙か何か残さなくてもいいのかい?」


手紙?
オールマイトに聞かれ、彼が手に持っている袋を覗き込んで梓は(いずっくんマメだな)と感嘆した。
同時に、自分はいいやとも思った。


『大丈夫です』

「…どうして?」

『なんて書いたらいいかわかんないし…』


またね、って書いても、またねがまたくるとは限らないので。
戦場を正しく理解している彼女だからこそ導き出された答えに、オールマイトはますます心配が募るのだった。
_211/261
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