肋骨が折れているし、裂傷も酷い。
自分の身体の具合は自分が一番よくわかるからこそ、梓は重傷具合を悟られないように、痛みで顔を歪めることはしなかった。

麗日に引っ張られて仮設事務所に戻ってきたときも、
轟達と再会した時も、『平気だよ』と頑なに首を振る彼女に、周りは気になりつつも、それ以上追求することはなかった。

それは、彼らの梓に対する甘えでもあった。


「梓ちゃん、大丈夫かな…?」

「大丈夫って言ってたし、表情も普通だし信じようよ」

「でも青山くん、轟くんの話じゃ肋骨折れてるって」

「……でも彼女、平気って言ってた。それに、」


困った顔のまま言い淀んだ青山。彼が言わんとしていることがわかる葉隠も、そのまま黙ってしまって。
繋げるように峰田が「動けるんなら、動いてもらうしかねーだろ!」と半泣きで大声を出した。


「轟達が勝てなくて、爆豪と緑谷があんなにやられちまう敵なんだぞ…?奴らがいつまた攻めてくるかも湧かんねーんだぞ…!」


横で聞いていた瀬呂は(それは全員、頭をよぎってるよ)と微妙な顔をする。
たしかに彼の言う通り、彼女と轟だけは戦える状態であってくれ、と願わずにはいられない。

特に、こういう危機的状況で彼女の思考と危機察知能力は、重宝される。
だからこそ、正直彼女が『大丈夫』と言ってくれて、みんなホッとしたのだ。
よかった、まだA組の矛は死んでない、と。

しかし、1人納得がいってないようで、


「安静にしてねえと駄目だろ」

『、轟くん、しつこいよ。応急処置は自分でした。動けるってば』

「…、お前が平気そうな顔してる時は、大抵平気じゃない。いくら俺でもそれくらいわかる。あの2人がいない分、全部背負い込もうとしてんだろ」

『…確かに2人の戦力減は痛手で、それをできる限り補うつもりではあるけれど、それ以上にこの場には私が必要だろ。轟くんが何と言おうと私は安静にはしないよ』

「………」

『そもそも骨なんてすぐくっつかないし怪我がすぐ治ることもないんだから、安静にしたって意味ないよ』


半分喧嘩のような言い争いをしている2人。
間に立つ八百万はオロオロとしていて、珍しい光景だった。

不機嫌そうに眉間に皺を寄せた轟はもうそれ以上何も言わず、見兼ねた飯田が「轟くん、東堂君に無理をさせてはいけないのは、僕もわかってるよ」と宥めるように肩に手を置く。


「…轟さん、最優先は避難ですわ。この島のどこに避難するのか、これからのことを考えなければなりません」

「……わかってる、が」

「勿論、安静にしなければ傷が悪化してしまうという轟さんの心配は当たり前ですわ。ただ…、」


これからの事を考えるのに、彼女の思考を頼りたい。
負担をかけてしまうことを申し訳なく思うが、心苦しくもそうつぶやいた八百万に当の本人である梓は『大丈夫だよ』と何度目かわからない言葉と共に優しい笑みを見せた。





仮設事務所の協議テーブルの上には、島民が持ってきた島の地図が広げられていた。
それを真剣に見るのは、1年A組のブレーンである八百万と、委員長である飯田。

そして、


『……、地形的にはここが良いな』


東堂梓。
いつも頭を使うことは得意ではなくて作戦班には滅多に混ざらない彼女だが、島の地図の1箇所に目をつけるとぐるりと丸を描く。


「ここか…理由は?」

『周り海だから、警戒をしやすいし…』

「ふむ…」

『ただ、警戒しやすいってだけで、まだ地図上でしかここを見れてないからデメリットがどれだけあるかはわからないよ』

「確かに…地形だけで判断すると、仮の避難場所とするのには良い条件が揃っているということですわね?」

『うん…、建物自体にどういった設備があった方がいいとか、防犯対策は…たぶん飯田くんと百ちゃんの方が良くわかると思う』


私がわかるのは、地形の良さだけだ。
あとはこの地を見て見ないことには何とも。と眉を下げた梓に「十分ですわ」と八百万が笑うと、飯田が早速周りに指示を出し始めた。


「皆、仮の避難場所が決まった。日が暮れる前に島民の皆さんを全員この場所まで避難誘導しよう!」

「「「「おう!!」」」」

『あ、飯田くんごめん、言い忘れたんだけど』

「なんだい?」


気合の入った仲間達が動き始めたのを横目に梓は申し訳なさそうに側にいた耳郎と八百万の腕を掴んだ。


『百ちゃんと耳郎ちゃんは、私と別行動してほしいんだけど』

「「え?」」

『飯田くん、人足りてないときにごめん。2人を借りてもいい?』

「…何か理由があるのかい?」

『うん、本州に伝達できる何かを百ちゃんに作ってもらって、それを飛ばしてくる。耳郎ちゃんは索敵要員、私は護衛』

「なるほど。わかった。そちらは頼む」


飯田が神妙な顔でこくんと頷き、八百万と耳郎が「お任せください」「了解」と了承してくれたことに梓は少しだけ笑みを見せると、『じゃあ急ごう』と3人で本州への救援要請をしに行った。





その後、1年A組の彼らは、島民達と共に島の奥にあるサトウキビの製糖工場に避難していた。

島の中心部は壊滅状態。
漁港のフェリーは大破していて、村や畑も半壊している。
ナインの個性、落雷のせいで島のほぼ全域が停電にもなっている。

そんな中、本州へのドローンによる救援要請を終え、戻ってきた耳郎と八百万、そして梓。
避難所に戻ってきてすぐに八百万は防犯グッズをドドドド、と作り始め、梓はどこかにいなくなった。


「……」


残された耳郎は電気室で防犯カメラとセンサーを抱えたまま、心配そうに中を見渡す。
立て続けに創造をしている八百万もそうだが、上鳴も発電機のコードに次々と放電して電気を溜めており、


「2人とも個性使いすぎだって…」


けれど疲れ切っているはずの八百万は腕や背中からも蓄電器を出す手を止めない。


「いつ敵が来るかわかりません」


隣の上鳴も放電しながら力強く親指を立てる。


「ここで無理しなくていつするんだウェイ」

「ウェイウェイしてきたじゃん」


それこそ敵が襲ってきたら一番先に役に立たなくなりそうな上鳴の様子に耳郎が小さくため息をついていれば、「耳郎、東堂は?」と尾白に聞かれた。

彼は、どこにもいないんだけど、と心配そうな表情をしていて、


「キメラって敵とやり合った時の怪我が酷いはずなんだ…。避難も一段落したし、緑谷や爆豪と同じように治療に専念してもらいたいと思ってるんだけど」

「……、ウチもそう言ったけど、すぐどっか言っちゃった。“音”聞いたら、外をぐるぐる回ってるみたいでさ、」

「まだ動いてるのか…」

「うん、戻ってきたらキツく言っておくよ。轟もさっき梓のこと探してたんだけど、結局会えたのかな」

「探してる途中に氷嚢出してくれって島民に呼ばれて行ったよ」


じゃあまだ会えてないか、と少し轟の様子が心配になりながら耳郎と尾白は防犯グッズを抱えたまま炊き出しスペースとなっている作業場に戻った。

その後、炊き出しスペースで
尾白と切島が熱々のみそ汁をよそって島民に渡していると、


「兄ちゃんら、リンドウちゃんは大丈夫か」


心配した様子の男性に声をかけられた。
その周りにはお年寄りから若い子まで。他の島民達も心配そうな顔をして立っていて、


「怪我してただろ?あの子。…情けねェ、俺ァあの子があんなに戦えるなんて知らなくてよォ。随分“弱っちぃ”ってからかっちまって。その上、守ってもらっちまった」

「わたしもだよ。あの小さな体であんな化け物相手に奮闘してて、泣きそうになっちゃってねェ…」

「あの子、無事なのか?」


ビーチでもっぱら梓の相手をしてくれていた海の家や屋台の人達やビーチで遊んでいた若者達、一様に心配そうな顔をしていて、尾白と切島は眉を下げて目を合わせると、


「大丈夫だと、思うんすけど」

「どこにいるんだい?せめて一言だけでもお礼が言いたいんだけど」

「それがちょっと今どこにいるかわからなくて、」


と尾白が言葉を濁した時、
作業場スペースの扉が開いて、梓が入っていた。
激しい戦闘があったことが窺えるほど痛んだ羽織、手には折れた刀を持ったまま、荒んだ目でカツカツとブーツを鳴らして歩いて行く。

ビーチでの年相応なはしゃぎっぷりが見る影もなく、切島は顔を顰めるとみそ汁を尾白に任せて梓に駆け寄った。


「梓、今までどこに…!」

『あ、ごめん。そうか…炊き出しとかしてくれてたんだね』


私サボっちゃった、とばつの悪そうな顔をする彼女に切島は「別にいいんだけどよ」と言いながらも歩みを止めない梓の隣に並ぶ。


「どこに行ってたんだよ」

『……地形を見てきたんだ。奴等に対抗する為には、地の利を武器にしないと。ごめん戦うことで頭がいっぱいで、こっちのこと考えてなかった』

「こっちのことは俺らに任せてくれればいいけどよ…つうか、怪我。治療しようぜ」

『診療所の先生でどうにかなる問題ではないよ。痛みに耐えるのは得意だし』


肩をすくめた梓に切島は(ああもう)と頭を抱えた。何でこんなときにストッパーとなり得る幼馴染2人がいないんだ、いや、きっと2人がダウンしているからこの子はやらねば、と奮起しているのだろう。

それは彼女の目が物語っている。
まだ戦いの最中の目をしている。
2人をこてんぱんに傷付けられたことに対する怒りと、この島民達すべてを守り切るという決意でギラギラとしていて、


「梓、落ち着け。爆豪たちは命に別状ないからさ」

『でももう戦えない。ならあの2人の分まで私が、』

「それは俺もだ。俺らみんなで奴らを迎え討つんだろ」

『…そうだけれど、でも、私が矛にならなきゃでしょ?』

「……」


確かに、皆で戦うにしても彼女が示唆する通り戦力は大幅減だ。
否定ができなくて次の言葉を言い淀んでいれば、頼りにしてないわけではないよと梓が少しだけ笑みを浮かべる。


『無鉄砲になってるわけではないよ。もちろん、いずっくんとかっちゃんをあそこまで追い詰めたことに心底怒ってはいるけれど。私ががんばれば、少しは確率が上がるんじゃないかなと思っただけで』

「確率?」

『うん、誰も死なせないことや、敵を撃退する確率』

「そうは言ってもよ、」

『今日はかっちゃん並みにお小言が多いな、切島くん』

「そりゃ爆豪いねーからな。俺が代わりにって思ってるよ」


むすっとすれば、梓は少しだけ目に宿る闘気をゆるめて、笑った。




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