平穏なヒーロー活動を行っていた1年A組の生徒たちであったが、その日の午後のこと。

那歩島の平穏な日常は何の前触れもなく突然崩された。





那歩島の漁港を皮切りに、島に敵組織の襲撃があった。
商店街に現れた敵に、唐突で戸惑いつつも青山たちが交戦している頃、

ビーチにも敵が現れていた。
頭は狼のようで、様々な動物の特徴を併せ持つ異形系の個性で、名をキメラと言った。

ビーチにいた尾白と蛙吹、それに障子も、海の家に現れたキメラに襲われ、逃げまどう人々を誘導していた。


「フロッピー!テンタコル!みんなの避難を最優先に!」


尾白にヒーロー名で呼ばれた2人は頷いて、すぐ行動を開始する。


「こっちだ!」

「早くここから離れて。誘導するわ!」


困惑し、不安で顔を青ざめさせている人々を安心させるように2人は努めて冷静な声を出すが、
目の前に大柄のパワー系敵がいるとあっては安心もできず、「は、早く逃げなきゃ」「仮免の、子供を置いて逃げんのか?」「君らが敵うわけ、」と不安がどんどん伝播していく。

そんな不安をどうにかかき消さなければ、と尾白は一足飛びにキメラへと跳躍し、すばやく回転しつつ自慢の尾を振って、必殺技をお見舞いする。


「尾空旋舞!…クッ、」


けれど、強靭なしっぽは容易くキメラに受け止められ、逆にドゴッと弾き返されてしまった。


「何が目的だ!なぜこんなことを!!」

「ヒーローにしては若けーな」


尾白の問いには答えずにキメラは近くの瓦礫を軽々と持ち上げ、ブォンッ!とぶん投げ、
それが尾白にぶつかる直前。

黒影を纏って飛来した常闇が間一髪で彼を上空に引き上げた。


「っ!」

「遅くなった。テイルマン」

「ツクヨミ!」

「戦闘に長けた敵のようだな…リンドウは?」

「それが、多分遠くまで橋本さんと浜辺の清掃に行ってて…」

「すぐに呼び戻したほうがいいな。テンタコル!リンドウに、連絡を!」


障子のヒーロー名を呼びながら、常闇は黒影をグアッとキメラに放つ。
闇色の鋭い嘴がキメラを飲み込まんばかりに大きく開く、が、


ードゴッ!


「ぐっ…、がッ!!」


キメラの放った強力な拳打で黒影もろとも常闇と尾白は思いっきり後ろに吹き飛ばされてしまった。

とてもじゃないが、まともにやり合えないパワーと格闘術。個性的にも恐らくまだ手の内を全て明かした訳ではないだろうに。

常闇は痛みを堪えつつ、ぐっと立ち上がると、


「テンタコル、フロッピー、リンドウを…すぐに招集、」


彼女がいれば。

ここ数日、雑用でしか力を発揮できていない少女のヒーロー名に、聞こえていた人々は「え。」と困惑した。


「リンドウって…、あの子か?」

「呼んじゃダメだろ。あの嬢ちゃんに何ができる!危なすぎんぞ!」


迷子探しやパトロールはではファンや取り巻きに絡まれ、うまく躱せないせいで使い物にならず。
だからといって裏方作業がうまいわけでもなく。
結局、かき氷のシロップかけと焼きそば作りのお手伝い程度しか役に立たなかった小柄な少女。

何をするにも『尾白くん、これこうやってしていい?』とか『梅雨ちゃん、パトロール行きたいから一緒について来て』など、誰かを頼ってばかりだった。

それでも一生懸命頑張る姿が可愛くて、皆のアイドル的存在になっていたのだが。


「連絡したいけれど、携帯が繋がらないのよ」

「アイツの事だ。奴の最初の攻撃による衝撃音を察して、駆けつけてくれるはず」

「…、悔しいけど…、俺らにアレは倒せない。リンドウが来るまで、持ち堪えるしかない!!」


ずっと梓のフォローやサポートをしていた仮免ヒーローの彼らが、なぜかこの状況で、彼女の事を待ち望んでいるようで。


「リンドウが来るまでは俺が持ち堪えてみせる!ツクヨミ、君は事務所に戻って応援を!!」


信頼しきった目で、1人の少女を待ち望む尾白たちに、海の家の人々は困惑した目を向けるのだった。





キメラは圧倒的強さだった。


「ぐぅ…っ、」


しっぽの攻撃を躱された尾白が重たいパンチで吹っ飛ばされ、身体中に走る痛みと激しい衝撃でうめく。

尾白だけではもたず、避難誘導を蛙吹に任せて障子も応戦していたが、


「オクトブロー!」


素早い動きで腕を逃れたキメラは、逆に左手で障子の顔面をガシリと掴んだ。


「そのなり、おまえ、相当虐められたクチだろ。両親を恨まなかったかぁ!?あ!?」


キメラの手にさらに強い力が入る。
まるで何かの怒りをぶつけているかのような強い口調。


「うッ……ぐぐ…」


割れそうな頭の痛みに障子が呻き、
彼らの戦いを見守る人々も「ひッ…」と思わず悲鳴を押し殺す。

と、その時、

猛スピードで現れた群青の影。
それは人々の頭上を軽々と超えると、


ーダァンッ!!


稲光を纏った足でキメラの顔面を思いっきり蹴り飛ばした。


「「「なっ!?」」」

「リンド、ウ…」

『遅くなってごめんッ!!』


ふらりと体を傾けた障子を守るようにキメラとの間に入ると、手を掛けた打刀にギュルルッと嵐を纏い、


『誰に手ぇ出してんの、おまえ』


ゾッとするほど殺気を帯びた目。


ーズガァァンッ!!


周りが畏怖するほどの殺気を出した彼女は、奴が反応できないほどの抜刀スピードで疾風迅雷をお見舞いした。

それは、キメラを数メートル吹っ飛ばし、砂浜に倒れ込ませる威力。
襲来してきて初めて、キメラは後ろに押し戻され、背中を砂を付けた。






「ガキにしては多少やる奴が来たか」


下半身の反動でダンッ、と体を起こしたキメラは、口元を拭う程度でピンピンしていた。
『…、本気だったんだけどな。傷ついちゃうよ』と動揺を隠すように笑った梓は、後ろ手でパッパッと払うような仕草をする。

そのジェスチャーをしっかり受け取ったのは蛙吹だった。


「頼むわね、リンドウちゃん」


「なっ、フロッピーちゃん!?あの子に戦わせんのか!?」

「それはちょっと荷が重いだろ…!下手すりゃ死んじまうぞ!」

「避難を急ぎましょう」


蛙吹は出来るだけ冷静な声で避難を促しつつも、島民たちのリアクションに無理もない、とため息をついた。

小柄な背中が、どれだけ頼りないことか。
特にビーチにいた人々は昨日からの彼女の働きぶりを見ている分、より一層頼りないだろう。

でも、


「悔しいが、リンドウがこの中で一番強い」


怪我した部分を抑えながら立ち上がった障子の言葉に周りは信じられないと耳を疑う。
尾白も、悔しそうに眉を顰めてはいるが、同意するように頷いていて、


「だからといって、リンドウだけに任せるわけにはいかない…。リンドウは強いが、敵が…強すぎる…!!」


それが聞こえていた梓は確かに、と心の中で尾白に同意した。
1発、キメラと交戦しただけで奴の強さが途轍もないと分かった。

加えて、
島民の避難が終わるまでは個性を使用した派手な戦闘は出来ない。


(これは、一筋縄じゃいかないな…)


後ろに何人もの命を背負っている状況。
梓はキメラがいつ動いてもいいように姿勢を低く保ち刀を構えつつ、己の命を懸ける覚悟をした。


(なりふり構ってらんない、な!)


キメラの重心が前に来たのを察知し、先手を取るためにダンッ!と砂浜を蹴る。
一瞬で距離を詰め、右から振りかぶられた拳を身を低くして躱し、もう一度真正面から疾風迅雷をぶつけようとする。

が、


ーズザッ!!


キメラが脚を砂浜に叩きつける衝撃派で一瞬体が浮き、砂によって視界も遮られ、


『ま、じか!』


大きな図体とパワーの割に小細工使ってくるじゃん、と梓は顔を引き攣らせつつ、浮いた身体を捻って間一髪でキメラの攻撃を嵐を纏った刀で防いだ。


ーガギィン!!


瞬時に受け流し、刀を片手に持ち変え、
懐から出した脇差を振りかぶるがギリギリで逸らされスパンッ!とキメラの腕に傷を作った。

視界不良にも関わらず砂埃に紛れて向けられた刃にキメラは「妙に戦い慣れてんなァ?」と口角を上げ、
立て続けの攻撃が梓に迫る。


ードガガガガッ!!


『っ!』


風圧で体が浮きそうになる程のパワー攻撃連打を紙一重で躱しまくり、あえて距離を取らず刀でキンッキィンキィン!拳や脚を逸らしていく。

とんでもない数の連撃だが、それを全て躱し受け流した梓に周りは空いた口が塞がらなかった。



「あれが…あの子の個性?」

「え?嵐じゃなかったっけ?」



個性と見紛うほどの近接格闘術。

彼女はキメラが瞬きした瞬間を見逃さない。
息をする間もなく敵の懐に入ると、ゴウッと一瞬で刀に嵐を纏わせ反撃を図る。


『ッ紫電、一閃』


ーズガァンッ!


「ぐっ、いいねェ!!上手だな、お嬢ちゃん!!」


まともに食らったのにも関わらず、キメラは少しふらりと後ろに重心を逸らしただけで、
しかもその勢いのままガバリと口を開けると勢いよく炎を吐いた。


ーゴウッ!


『はぁ!?』


流石に近づき過ぎた。
後ろに近づかせないことばかりを考えてしまって。
柔軟さに欠けた。

目の前まで炎が迫り、咄嗟に身体を大きく後ろに逸らした不安定な体勢のまま真横一文字に刀を振り抜き雨ベースの嵐を発生させる、が、


(熱量強すぎ、全部蒸発する!)


だめだ、燃える。
致命傷を覚悟した梓は反動でバク転をすると、着地と同時に地面を蹴って、炎に飛び込もうとした。


(蒸発し切る前に、この炎を目眩しに1発叩き込んでやる!!)


倒せなくても気絶させれば後ろの人々の安全は守られる。
どうせ致命傷を負うなら、自分から飛び込んで有効打を打ち込んでやる。

その思考は、生い立ち所以。無意識だった。

気づいた尾白が咄嗟に梓の羽織を掴もうとするが間に合わない。
と、その時、


「レシプロバーストッ!!」

「梓!!」


炎に飛び込もうとした瞬間。
後ろから現れた飯田の強烈な蹴りによりキメラの後頭部をドガン!と蹴り飛ばした。

と同時、現れた轟が梓の前に氷壁を張り炎から守る。


『っ、轟くん』

「おっ、まえ…今何しようとした!?」


振り返った轟は怒りの形相だった。
轟にとって炎は因縁がある。そんな炎に自ら飛び込もうとした彼女に思わず怒りが溢れるが、梓は少しだけ驚いたような顔をしただけですぐに刀を握りなおすと『怒んないでほら来るよ!!』と戦闘態勢のまま刀を振りかぶった。

瞬間、


ーズガァンッ!!ギィンッ!!


厚めに出したはずの氷壁が砕かれ、風圧と共にグンッ!と迫ってきたキメラの拳を梓が両手持ちの刀で思いっきり逸らした。
が、


『っ!!』


攻撃は逸らせても風圧だけは避けきれなかった。
いずっくんのエアフォースかよ、と舌打ちしつつ、まともに風圧を食らって身体が浮く。

そんな中、轟くんだけは守らなければ、と梓の意識がブレたのをキメラは見逃さなかった。


「やっとまともな隙見せたなァ!?」


ードゴォンッ!


『ああ゛っ!』


いつもなら空中でも身体をひねらせて避けるか逸らすかしていたが、飯田も轟も、常闇も近くにいる状況で考えなしに避けるなんてできなくて、まともに食らった。

刀の側面を攻撃されたことでパキン、と刀が折れ、拳がモロに体に入り、吹っ飛ばされた。


「「「「リンドウッ!(梓ッ!)」」」」


仲間たちも見守っていた島民たちも一瞬彼女の致命傷を覚悟するほどの威力。
小さな身体がゴム毬のように吹っ飛ばされ、全員肝を冷やすが、


ーダンッ!


彼女はゴホッと血を吐きながら、砂浜で受身を取ると同時にキメラに向かって地面を蹴った。


「ほう!腹に穴ぶち開けるつもりでやったんだが、嬢ちゃん、あの状況で勢いを殺しやがったか…!」

『ゲホッ!力逃しきれなくて肋骨何本か折れたわクソ…!』

「梓…!」

『轟くん!力技では私たちが不利だ!あと、ここに現れたってことは他の場所でも…!こいつだけに手を焼いているわけにはいかないから、連携して動きを止めよう!!』

「っ、けど、お前肋骨が」

『呼吸を合わせよう、連撃行くぞ!!』


戸惑う轟を無視して強引に前を向かせた梓は、「いいねェ!殺し甲斐がある!!」と目をぎらつかせるキメラを止めるべく、折れた刀を振りかざすのだった。

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