1 ヒーローズ:ライジング
お家騒動後のある日のこと。
1年A組では担任である相澤によってホームルームが行われていた。


「本題に入る前にひとつ。東堂、爆豪、緑谷、轟、傷は治ったか」


相澤の気だるそうな目が自分をチラリと見、ああ先日のお家騒動でバンディット強盗団を相手にした時のことを言っているのだろう、と梓は慌ててコクコクと頷いた。


『私は大丈夫です。ご迷惑をおかけしました!』

「僕も完治してます」「大丈夫です」


緑谷と轟、そして無言だが爆豪がコクッと頷いたことで相澤は「なら問題ないな」と呟くと、


「先日、公安委員会と学校との間で、とあるプロジェクトが発足した。先日、爆豪と轟が合格したことで晴れてクラス全員が仮免を取得したため、このプロジェクトに参加することとなった」


その名も“ヒーロー活動推奨プロジェクト”


「お前らの勤務地は、はるか南にある《那歩島》だ。駐在していたプロヒーローが高齢で引退。後任が来るまでの間、おまえたちが代理でヒーロー活動を行う」


相澤から淡々と説明されたプロジェクト内容に、クラス中が「ものすごくヒーローっぽいのキターーッ!」と沸きたった。
それもそのはず、今までの職場体験やインターンとも違う、本物のヒーロー活動ができるのだ。

活発になっていた敵連合関係の事件のせいで、インターン見送りになっていた分、嬉しさが倍増する。

そんな中、周りとは対照的に少しだけ戸惑う表情を見せる梓に相澤ははて、と首を傾げた。
すぐに彼女の表情の変化に気づけたのは、常日頃から相澤が庇護対象として見守っているが故である。


「東堂、お前も例外なく参加できるよ」


もしかして自分は敵連合に狙われているから参加できないと思っているのか?と思い、そう補足すれば彼女はハッと顔をあげ、コクコクと頷いた。


『あ、ありがとうございます』

「……なにか言いたげな顔だな。言ってみろ」

『…いや、こんな時期に公安がそんな提案をするなんて、なんだか…早く成長しろと言われているみたいだなぁと、ちょっと緊張してしまって』


もごもごと呟いた彼女に、周りのクラスメイトたちは「テンションあげてこーぜ!」「ヒーローみたいなことできるんだよ!?みんなで!」とあっけらかんと梓を励ましていて。
それを放っておきながら、相澤はふむ、と梓を観察した。


(……察しがいいな)


そう、このプロジェクトの目的は、簡単に言えば彼女の言う通りである。

活発化している敵に対抗する為、次世代のヒーロー育成が急務と考えるヒーロー公安委員会上層部が打ち出した案だ。
生徒からすれば気分の上がるプロジェクトだろうが、真意は重いものがある。


(危機への敏感さ故、公安の考えを汲み取ったか)


いつもより表情が硬い梓に相澤は少しだけ心配そうに眉を顰めると、


「早く成長するに越したことはない。経験が乏しいお前らにこのプロジェクトはうってつけだ。東堂、」

『ハイ』

「お前は戦闘に関する経験値は余りあるが、その他、救助や避難、そして一般常識に関する経験はダントツで乏しい」

『い、一般常識も、ですか…!?』

「家とは関係ない所で、学友たちと共に乏しい部分を学び身につけろ」


いいな、と念を押され、
梓は一般常識も乏しいと言われたことに若干ショックを受けながら『ハイ…』と返事をするのだった。
クラス中から笑われたのは言うまでもない。





夕飯後、寮のソファで幼馴染の少女が瀬呂の携帯を覗き込んでいるのを発見し、爆豪は青筋を立てた。


「これ?」

『ん。どうやってするの?』

「ここ押して、決済したら終わりよ」

『そんなに簡単なの!?』


驚く梓に瀬呂が「何も知らねんだな」とゲラゲラ笑っている。


「ホント箱入りだよな、東堂は。昼も相澤先生に一般常識云々言われてたし」

『あれ結構ショックだったよ。私常識ないの!?って』

「ぎゃははは!」


彼の操作する携帯を梓が覗き込んでいるせいで2人は密着しており、爆豪は苛立ちをドスドス足音に反映させながら2人に近づいた。


「テメェら何しとんだコラ」

「げっ爆豪。俺じゃないからね。誘ってきたの東堂だから」

「言い方が気に入らねェ…!」

『瀬呂くんに、服の買い方教えてもらってたの。那歩島行くでしょ?私の持っている和服は荷物になってしまうから、普通の服を買いたいなと思って』

「……」

『瀬呂くんおしゃれだし、携帯で買えるって言うから、教えてもらってたんだよ』


梓の丁寧な説明で爆豪の苛立ちが少し緩和される。
眉間にシワは寄ったままだが、彼は無言で瀬呂とは反対側の梓の隣に座ると、ポケットから携帯を出した。


「俺がやってやるから」

『かっちゃんもできるの?』

「できるに決まってんだろ」


だからこっちに来い、と梓の服を引っ張り自分の方に引き寄せる。
一部始終を見ていた上鳴は、ぽかんと口を開けたままの瀬呂に「アイツ独占欲強すぎだよな」と笑いを押し殺した。

その後、2人が仲良く服を選んでいるかと思えば、それに気づいた緑谷が「いいなあいいなあ」と羨ましげに梓の隣に座ったことで爆豪と緑谷の喧嘩が勃発し、結局梓は避難すると、芦戸にチャチャっと服を選んでもらうのだった。


(この服可愛いからこれ頼んじゃうよ?いい?)

(うん、三奈ちゃんが選ぶのなら何でもいいよ)




青い空とエメラルドグリーンの海がきらきらと輝き眩しい。
雄英高校ヒーロー科1年A組は本州から遠く離れた南の島、那歩島に来ていた。

季節は秋から冬に変わったとはいえ、南の島である那歩島は夏さながらにビーチが盛り上がっており、
そのビーチの安全を守るのも、仮免ヒーローである1年A組の役目である。

個性的にあまりどの分野でも役に立たないと判断された梓は、轟に誘われビーチに来ていた。


『聞いておくれよ、轟くん。事務所に来た依頼をこなそうとするけど、いっつも私より適任がいるんだよ』

「そうか?」

『だってね、おばあちゃんがぎっくり腰になったら飯田くんの出番だし、迷子探しや迷いペット探しは耳郎ちゃんと口田くんでしょ?重いものを運ぶのだって、切島くんや砂藤くんがやってしまうんだ』

「梓がどうにかする前にみんながどうにかしちまうんだな」

『そうなの!それでウロウロしてたら、かっちゃんに役に立たねェエセお嬢様は座ってろ!って怒られるし』

「ひでえな」

『しまいには百ちゃんが、苦笑い気味にパトロールを提案してくれたんだけど、いずっくんが、梓ちゃん1人でパトロールなんて迷子になるか誘拐されるに決まってる!って心配しだすし』

「そうか」

『私ちょう強いのに誘拐とかないだろ。そもそも私がこんなに役立たずに育ってしまったのって、もしかしてかっちゃんといずっくんのせいでもあるんじゃない?』


真理に気づき始めた梓に思わず轟は吹き出しそうになった。
家のこともあり戦闘面以外はお嬢様のように育てられ、外に出れば爆豪と緑谷の過保護を受け、
たしかに彼女の一般常識が少し欠けてしまっているのは、家と、2人の幼馴染のせいかもしれない。

メディア露出が少ないながらにコアなファンが多い彼女。
加えて何でも信じる、人への警戒心というものが殆どない。
たとえこんな南の島だろうと、心配で出来るだけ何もさせたくないという2人の感情は少しだけ理解ができる。


『轟くんがビーチに誘ってくれてよかった。私何しよかな。轟くんは主にどんなことしてるの?』

「かき氷屋の氷作ってる」

『それヒーローの仕事?』

「わからねえが、喜んでくれる」

『ならいいや。じゃあ、私は障子くんの手伝いでパトロールしてくる』

「ああ。遊泳区域だけ見廻ったらまた俺のところに来てくれ」

『はあい』


少し心配そうではあるがすんなり行かせてくれた轟に梓は満面の笑みを浮かべると、ビーチを駆け出した。
日焼け防止に、と無理矢理爆豪に着させれた羽織がひらりと海風に舞う。
その下はもちろんヒーローコスチューム。群青と檸檬色のハイネックのノースリーブとショートパンツ、そして相澤特注の膝上ブーツだ。
ヒーローや他のクラスメイトと違いとても簡素で、しかも羽織で帯刀している2本の刀も隠れており、一見ヒーローには見えづらかった。

そんな彼女が当てもなくビーチを歩いていると、


「お嬢さん何してんの?」


ひょい、と男が視界に現れ梓は目を丸くした。


『?』

「ほら、当たりだって!後ろ姿で可愛い子って思ったもん」

「わ、ホントだ。君、那歩島の子じゃないだろ?」

『…あ、私ヒーローで、仮だけど』

「ああ…!聞いてるぜ!仮免ヒーロー!おじいちゃんひーろーの後釜か」

「確か来てんのって雄英の1年だろ?」

「待って待ってもしかして君東堂梓!?あの敵連合に攫われた!」


最初に声をかけた男の友人達だろうか。わらわらと集まってきた彼らに囲まれて、梓はどうしたものか、と首を傾げた。

囲まれることなど初めてなのだ。

物珍しげにジロジロ見てくる彼らに困って、『パトロール中だから、もう行っていい?』と眉を下げれば、いや待って、と腕を掴まれた。


「パトロール中ってことは暇っしょ!?」

「俺らと一緒に遊ぼうぜー!」


困ったように眉を下げ、どうしたらいいかわからない、と感情を表情に出す梓に周りの男達は強気でいけば押し切れる、と調子に乗っていて、
ぐいっと引っ張られ、
『だめだよ、サボりになっちゃう』と梓がクラスメイトに怒られることを心配し、慌てていると、

自分の腕を掴んでいる男が白いテープでぐるぐる巻に拘束された。


「なっ!?」

「ごめんねお兄さーん、そいつ俺らのクラスメイトなんだわ」

「パトロール中ゆえ、離してもらえると助かる」


ごめんなァ、と気さくな笑顔で割って入ってきたのは瀬呂と常闇だった。


「だ、だからってテープ巻きつけることないだろ!」

「いやすんません。こいつ人に腕掴まれても振り払えないタイプなんで」


しゅるり、とテープを解きながら瀬呂がさりげなく梓の前に立つ。
隣には常闇が来ていて、どう言う状況だ、と梓はますます首を傾げた。


「瀬呂くん、常闇くん、遊泳禁止区域見てなくていいの?」

「ん?ああ、テープ貼り終わったからひとまず大丈夫だろ。パトロール、俺らも一緒にやるよ」

「東堂1人では些か心配だ」


肩をすくめた常闇に(そんなに私だめだめ!?)と少なからずショックを受けていれば、周りにいた男たちが不機嫌そうに「だったら、お前らがパトロールすればいいじゃん?」と口を尖らせた。

「「は?」」と瀬呂と常闇の疑問符が揃う。


「こんな機会でもないと、俺らが東堂梓にお近づきになる機会なんてねェからな」

「サインや写真もらったら、転売できそうだし」

「これも奉仕活動だと思って!」


「いやいやいや、コイツまだ仮免だし学生っすよ。流石に冗談キツイです、お兄さん達」


「聞きたいことも色々あんだよ。なァ、敵連合に攫われた時、どんなことされたんだ?」


仲間の1人が、少し興奮気味の表情でぶつけた容赦のない問い。
思わず常闇のダークシャドウがうねり、瀬呂は笑みを消す、が、
当の本人は目を丸くすると、大したことではないよ、と口を開いた。


『壁に、拘束されてた。すでに大怪我を負ってたから、酷く痛めつけられることはなかったけれど』

「「「へぇ!!」」」

「バカ、言わなくていい…!」


平然と答えた梓に周りは沸き立ち、思わず瀬呂はぐいっと少女を引っ張り完全に自分の背に隠した。
「他には?」「拘束されてたんなら、抵抗できなかったんだよな?」と下衆な笑みを浮かべる輩もいて、常闇もマントを広げると、彼らと梓との距離を空けようとする。


『瀬呂くん?』

「お口チャックしとけ!常闇、」

「ああ。すまないが、これにて失礼する」


ぶわり、とダークシャドウが道を遮る。
男達は残念そうにしつつもそれ以上追ってくることはなく、
とりあえず瀬呂は残りのパトロールを常闇に任せると、尾白が待機している海の家に向かった。





「瀬呂?どうしたんだそんな顰めっ面して」


海の家にいた尾白を見た瞬間、瀬呂はやっと危機が去った、と大きく息を吐いた。


「……、東堂…自衛できないって頭抱えてた相澤先生の気持ちがちょっとわかったわ」

「何かあったのか?東堂、は、ケロッとしてるけど」

「ちょっとな」


疲れた様子で椅子に座った瀬呂に、海の家の管理人である橋本という中年の男は「どうした坊主ども」と気さくな笑みを浮かべた。


「…東堂が…あー、ナンパ?されてたんスよ。ちょっとタチの悪いやつ」

「ヒーローをナンパぁ!?」

「あーーうちの島の奴か?ごめんなァ、海に出るとみんな気持ちが浮ついちまって」

「橋本のおじさんは悪くないっしょ」


普通ヒーローにしないだろ!?あ、でも東堂だもんな…、と頭を抱える尾白と、申し訳なさそうに眉を下げる橋本。
当の本人である梓は何故か『ナンパ!?』と自分のことなのにびっくりしていて。

瀬呂は未だ不機嫌そうな顔で海の方を見ている。


「珍しく怒ってるな、瀬呂」

「いや、怒んない方が無理。ヒーローには何してもいいと思ってんのかな」

『……瀬呂くん、ごめん』

「東堂は悪くないっしょ。あ、いや、ちっと悪いわ。自衛出来てないから」

『うう、ごめん。相澤先生いないからしっかりしないといけないのに』


めそ、と反省に入った梓をよそに、瀬呂は先程の状況をしかめっ面のまま尾白に伝えた。


「敵連合に攫われた時のこと教えろってよ」

「は?」

「何された?って興奮気味に聞いてきてさ、男らの意図なんて東堂はわかんねェから、素直に答えたら、周りが盛り上がっちまってさ」

「……なんだよ、それ」

「純真無垢なクラスメイトがそういう興味の対象で、見られて、なんか搾取されそうになってんのにすげームカついたの、俺は」

「そりゃそうだろ…」


現場にいなかった尾白でさえ、腑が煮えくり返る。
この子がどんな思いで敵連合に飛び込んだか。
幼馴染を助けんと、守ると、決死の思いで。

命からがら爆豪と共に帰ってきた彼女は平気な顔をしていたが、彼や緑谷と喧嘩し、憔悴していたと聞いて、ああこの傷は簡単に癒えるものではないとクラスメイトたちは心痛の思いなのだ。

それを、デリカシーのない問いで乱そうとするなんて。


「当の本人は、気付いちゃいねェんだけどね」


ため息混じりの笑いで肩をすくめた瀬呂の視線の先には、海の家の管理人である橋本からたこ焼きをもらって嬉しそうにしている少女がいて。


「お嬢ちゃん、海には絡んでくる輩が多いから気をつけんといかんぞ」

『はあい』

「ちゃんと兄ちゃん達の言うこと聞いてなァ、」

『待って橋本さん。同い年!私同い年!』

「ああ、すまん。妹分に見えてなァ」

『ひどい、私これでもみんなから頼りにされる方なんですよ』

「嘘は言っちゃいかん。とにかく、兄ちゃん達の言うこと聞けよ」


がしがしと梓の頭を撫でる橋本に、
瀬呂と尾白は(その子俺らより強いんだけどなァ)と微妙な顔をするのだった。


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