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爆豪に背負われていた少女は、ごめんとありがとうを繰り返していたが、しばらくして極度の疲労と個性の使用過多によって気を失うように眠った。


「寝たな」

「おー…、俺こいつに謝られんの苦手だわ」


ごめん、と言われるたびに、悲しくなるのだ。
切島くん、刀をむけてしまってごめん、と言われるたびに、彼女の後悔と自責の念がありありと伝わって。
悲しくなる。

USJの敵連合相手にもヒーロー殺し相手にも怯まないほどの武勇が、仲間に刀を向けてしまった事実でここまで憔悴するとは。
あれは仕方なかった。土蜘蛛の糸に操られていたのだから。
誰も怒っていないし、寧ろすぐに助けてやれなくてごめん、と思っているのにその声は梓には届かない。


「東堂にとって…、一番されたくねえことだったんだろうな」


ぽつりと切島が呟いた言葉に轟は少し考えるようにして、こくん、と頷いた。


「……守らなきゃならねえと思ってんのに、逆のことしちまったら、そりゃ…しんどいよな」

「いっつもすげェ幸せそうに笑うから、あんな顔されるとマジでこっちにダメージが…」

「お前、顔真っ青だったな」

「轟もな」


何も言わない爆豪の後ろをついて行きながら2人でそう話していれば、ふと爆豪が振り向いた。うざったそうな目。彼は眉間にシワを寄せたまま口を開くと、


「次こいつが起きたとき、そんな情けねェツラしてみろ。ぶっ飛ばすからな」

「「は?」」


いやお前の方が情けねーツラしてたじゃん。
つられて泣きそうだったじゃねえか。
と言いたいことはあったが、彼の言葉を真意を汲み取った2人はぱたりと口を閉じた。

情けない顔をせず、気を使うこともなく、普通に接しろということなのだろう。
普通に接することが梓のためにもなると。


「流石幼馴染だなァ」

「…少し長く一?にいるだけだろ」

「ああ゛?」

「轟、東堂のこととなると珍しくムキになるよな」

「そうか?」

『んう…』

「「あ、起きた」」

『ハッ…、ご、ごめん。私寝てた…!こんな非常事態に!』


喋りすぎてうるさかったのか、爆豪の背で飛び起きた梓は顔を青くすると周りをサッと見た。


『うう、夢じゃない…私がみんなに刀を向けた事実は変わんないのか、ごめんみんなぁ…!』

「わ、そんな顔すんなって。怒ってねェから!」

「そうだ。怪我もしてねえし、」

「テッメェはずーっとメソメソメソメソしやがっていい加減にしろや!!うざってェんだよ!!あんな心身揃ってねェ鈍刀向けられたところでどうってことねー!なめんじゃねェぞ!!」

『ひい…!!』

「次謝ってみろ、ぶっ飛ばすからな!!」

『えええ…かっちゃん何でこんなに怒ってんの怖い…』


爆豪は不器用だからなー、と苦笑する切島にだからってこんな怒る?と梓は微妙そうな顔をしながらもキュッと爆豪の首に腕を巻きつけ、こてんと肩に額を立てた。


『怒んないで。もうメソメソしないから』

「……、落ち着いたかよ」

『うん。ごめ、あ、いや…。うん、大丈夫。もう歩けるから、みんなを追いかけよう』


謝ったらぶっ飛ばされることを思い出し、モゴモゴと謝罪の言葉を誤魔化した梓はよいしょ、と爆豪の背から下りた。
すかさず轟が寄り添うように側に陣取る。


「痛えところはないか」

『ん、身体中軋んでるけど、さっきよりマシ。轟くんは大丈夫?』

「俺は大丈夫だ」

「んじゃ、東堂も走れるようになったことだし、最上階目指すか!」


にかっと笑って上を指さした切島の呼びかけに全員異論なし、と頷くと、4人はスピードを上げて階段を登っていくのだった。





闇雲に頂上を目指していた4人は、先に行った仲間たちとは別ルートを辿っていた。
やっとのことで監視センサーの付いていない扉を見つけ、切島が鍵を力任せに壊し、ガゴンッ!と扉を開ける。


「開いたぞ、って外!?」


ビュウッと吹き込んできた風と景色に一瞬屋上に出たかと思ったが、外に出て、薄暗い闇の中、辺りの設備を見渡して爆豪はすぐに「風力発電だ」と状況を把握した。


『風力、発電。まだ上に行かなきゃいけないのか』

「東堂、息切れてるぞ。大丈夫か」


さっきの激闘の後遺症だろう。
時折ふらつき息を切らす彼女は病弱そうで危なかったしくて轟は心配でたまらないと眉を下げると彼女の支えになろうとするが、


『っ、やばい!』


この4人の中で先に夜に目を慣らしたのは梓だった。
今までのふらつきが嘘のようにドンッ、と地面を蹴ると一目散に塔の端に向かう。


そこには、警備システムに襲われそうになっている麗日がいて、


『お茶子ちゃん!』

「え?」


抜刀し、その白刃が月明かりに煌めいたかと思うと、すぐにバチチ、と青白い雷光を宿し、


ーガギィィン!!


麗日を襲おうとしていた警備システムを真横から刀でぶった斬った。


「っ、梓ちゃん!?」

「テメェ先走ってんじゃねェ!」


先鋒になった梓に続くようにドガァン!!と爆豪も爆破で参戦し、その隙に麗日を守るように切島と轟が現れる。

「梓ちゃん!かっちゃん!」と上空から声が聞こえ、見上げれば緑谷とメリッサがいて、ああ、と状況を理解した爆豪と梓は立て続けにバッタバッタと警備システムを後退させ始めた。


「みんな、来てくれたん!?」

「怪我はねえか、麗日」

「うん平気、デク君とメリッサさんが今最上階に向かってる」

「ああ。爆豪、切島、ここでこいつらを足止めするぞ。東堂、無理せず一旦下がれ!」

「俺に命令すんじゃねえ!」

「でもコンビネーションはいいんだよな」「誰が!」

『む、りしてない!大丈夫!こんな機械、土蜘蛛に比べたら余裕!』

「土蜘蛛!?なに?よく見たら梓ちゃん結構怪我しとるよ!?大丈夫!?」


バク転で警備システムを避けつつ近接格闘でガンガン退けていく彼女は頼もしいが、爆豪の爆破の明かりで見えた怪我に麗日はギョッとした。

が、ピンチは立て続けにやってくる。
上空から聞こえた小さな悲鳴。ハッと見上げれば、無重力状態の緑谷とメリッサが風に飛ばされていて。


『っ、どうしよ』


自分の風はコントロールがうまくいかない。雷が混じってしまうから二次災害が起きるかも、と梓が迷ったところで轟が駆け出した。


「爆豪、プロペラを緑谷に向けろ!」

「だから命令すんじゃねえ!!」


文句は言いつつも、ドォンッと爆破でプロペラを2人に向け、すかさず轟が炎を放出し、ブオォッ!と熱風が噴き出し、緑谷たちの追い風となる。


「熱風!」

「すげえ!」


そのまま、警備システムの中枢を司る塔に2人がぶつかりそうになるが、


『いずっくん!!』


プロペラ音に負けないように張り上げた声。


『私がヒビ入れるから、そこに打ち込んで!!』


しんどそうに顔を歪めているのに。
梓は今できる全力のコントロールで嵐を刀に一気に纏わせると、突きの構えをし、

ギリギリまで狙いを定めるように集中すると、


『いけぇ!!』


ズガァンッ!!と斬撃を突きの構えで飛ばした。
それは雷のように一直線にタワーにぶつかり、すかさず緑谷はそこにワン・フォー・オールの全力をドガァァンッ!!と撃ち込む。


「梓ちゃんっ…ありがとう!!」


小さなお礼はけたたましい音とともにタワーの外壁が崩れたことで聞こえなくなり、
麗日は2人がタワー内に入ったことを確認すると、無重力の個性を解除した。


『っ…うう、』

「梓ちゃん!?」

『お、お茶子ちゃん、耳郎ちゃんたちは』

「みんなは、向こうで警備システムの足止めをしてくれとって」

『そっか、助けにいかなきゃ』


体に走る痛みを堪えるように蹲る彼女に麗日は「無理しちゃいかんよ」と声を震わせる。
最近習得したばかりの必殺技を乱発したのか手のひらからは血が出ていて、頭に巻かれたスカーフも血が滲んでいる。
露出の少ない服を着ているせいで怪我の具合はわからないが、切島が心配そうに梓に声をかけながら戦っているのを見るに重傷なのだろう、と麗日はますます心配になった。

プロペラを操作していた2人も余裕のなさそうな顔で駆け寄ってくる。


「舐めプ野郎!切島と警備システム抑えとけ!」

「お、おう」

「梓!」


轟に指示を出し、自分は一目散に梓の側までくると膝をつき、彼女の顔をぐいっと自分の方に向ける。


『うあっ』

「こんのクソ分からずや…!身体バラバラになりてえんか!」

『わああ怒んないで怒んないで』

「その顔すんじゃねェ!キレづらくなんだろが!」

『ごめんってえ』


今日何度目だろうか。爆豪に怒鳴られ、へにょりと眉を下げる梓は『でも』と刀から手を離していなくて、ますます爆豪の眉間に皺が寄る。


「安静にしてろっつってんだろうが!!」

『ひん』

「爆豪くん梓ちゃんビビっとる!」

「しるかァ!!こいつが無茶しまくってんのが悪ィんだよ!!」

「そうやけど!でも!言い方ってものが…」


『…かっちゃん、でも、安静にしたところで、目的を果たせなければ私たちは死ぬかもしれないよ』


ぽつり、と小さな声で呟いた梓に麗日と爆豪は思わず口を閉じた。
突然、核心をついてくる彼女に何も言えなくなる。


『大事な人達が、理不尽に命を奪われる未来があるかもしれない。それを避けたくて、私、ここまで登ってきたから…』

「「……。」」

『確かに、体はボロボロだけど、でも……私まだ戦える』


ゆっくりと立ち上がった少女の目は、ぎらりと光を帯びていて。
爆豪は本当に嫌そうに顔を顰めたまま黙り、
しばらくして、


「だとしても、やっぱギリギリまで安静にしてろ」

『……』

「じゃねーと俺の手元が狂っちまうんだよ」


そこまで言われて、爆豪に反論するほど梓は考えなしではなかった。
乱暴な彼の言葉の真意を汲み取り、ぐっと唇を噛む。


(手負いの私が無理すると、かっちゃんに迷惑がかかる…。だから、ギリギリまで手を出すなってか)


どうしても加勢が必要な時は、爆豪も梓に何も言わないのだろう。
不機嫌そうだが動かなくなった梓に爆豪はホッと息をつくと、轟と切島とともに制御システムに応戦し始めた。

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