16

靄が晴れ、視界が開いたら空中にいた。


『うわぁ!?』


突然襲った浮遊感に焦って周りを見渡せば、道着を着ている強靭な尾を持つ尾白が一緒に落ちているのが見える。

そして、下は、


『うわっ!火災ゾーン!?』

「東堂さん!落下地点に炎が!!せめて炎のない道に行かなきゃ!」


俺じゃどうにもできない!と焦る尾白の顔を見て、梓は腹を括るように歯を食いしばった。


『私がやる!!』


慌てて尾白の手を掴むと、体の周りに風を起こし落下の軌道をずらした。
が、このままでは地面に叩きつけられてしまう。


『尾白くん、つかまってて…!』


空中でくるんと体勢を立て直すと、刀を抜いてかろうじて燃えていないビルの壁に突き刺し、


ーガガガッ!!


地面数メートル上で落下は止まった。


『あ、ああぶなかった…』

「ま、前から思ってたけど、東堂さんってかなり運動神経いいね…」


俺1人だったら死んでたよ。
と青い顔でつぶやく尾白に梓は苦笑するが、すぐに周りを見渡して表情を変えた。

建物が密集し、そのほとんどが燃えている。
立ち込めた黒煙がまとわりつき、息をするたびに喉の口が焼けつくようにヒリヒリと痛む。

高温。そして炎の壁。


『火災ゾーンえげつない…。三方向炎だよ』

「しかも、唯一通れる道には、ヴィランか」


炎から逃げるように見つけた唯一の道には、複数の敵がいて、梓と尾白は高温の中汗をかきつつ厳しい表情を見合わせた。


『尾白くん、この環境じゃ短期決戦するしかない』

「わかってる、けど」


「来た来た!おめーらに恨みはねーけど、死んでもらうぜ!」

「ヒャハハ!嬲り殺せって命令だからな!」

「恨むんならオールマイトを恨むんだな!」


炎の中でも平気そうな彼らは敵意むき出しで今にも襲ってきそうで、尾白は緊張気味の表情で構える。

ちらりと隣の少女を見れば、怖いはずなのに一つ深呼吸をしていて。
確かに彼女が言った通り、短期決戦に持ち込むしかない。


(東堂さんの戦闘スタイルからして、俺と同じ近接型。この炎の中動ける時間なんて限られてるよな…)


だからといって、子供の自分達に目の前の敵が倒せるのか。
震える手を抑えるようにギュッと握る尾白の隣では、梓が敵をジッと見つめたまま刀に手をかける。


『尾白君、』


呼ばれ、ちらりと小柄な少女を見下ろせば、彼女の目はぎらりと殺気を帯びていて、
その口角が頼もしげにゆっくりと上がり、


『はじめての戦闘訓練のとき以来の共同戦線だね』

「……」

『生きて!13号先生の元へ戻ろう!!』

「…ああ!」


大きな声ではっきりと言い切った瞬間、抜刀の金属音が炎の中で綺麗に聞こえ、それに呼応するように尾白の震えはいつの間にか止まっていた。

女の子相手にこんなことを言うもんじゃないかもしれないが、随分肝の座った男前な子だな、と惚れ惚れし、

そして、


「死ねェ!」

『死なない!』


戦闘が始まった。




殆ど個性を使わずバッタバッタと敵をなぎ倒していく梓に尾白は口をあんぐり開けた。
見た目小柄で華奢でほんわかしているのに、目が殺気でぎらついたかと思えばこの戦闘力である。


「なんだこいつ!本当にガキかァ!?」


とんでもなく戦い慣れしている身のこなし。
轟との戦いの時も思ったが、刀身スピードが尋常じゃない。


ーガキィン!


デタラメな敵の攻撃を難なく受け止め受け流すと首元に峰打ちを食らわし、後ろのヴィランめがけて後ろ足で蹴りをいれ顎下にヒットさせ、
そのまま体を倒すと逆立ちでぐるんと回転し、周りのヴィランをなぎ倒す。


ーダァン!


体勢を立て直す間も無く次のヴィランが向かっていったのを見て、尾白は慌てて割り込み尾で敵を殴った。


ーバコッ


『っ、と、尾白くんありがとぉ!』

「東堂さん、めっちゃ強いね!?個性使ってないよね!?」

『ああうん、』


使わない方がいいかと思って。
背中合わせで構えたからこそ聞こえる小さな声だった。
尾白がえ?と聞き返せば、梓はふぅ、と息を整えながら、


『やつら、火に強そうな個性が何人かいる』

「あぁ、あそこのヴィラン、さっき頭から突っ込んでも平気そうだったもんな。ん?…もしかして、ここの設計を把握した上であいつらをこの火災ゾーンに?」

『うん、私もそうかなって思う。そして、ぱっと見で個性がわかる尾白くんはともかく、やつらが私の個性を知った上でここに飛ばしてきたのであれば、対策もされてるのかもって警戒してて』

「なるほど」

『私の個性、嵐なんだけど、体内の水を使うことはできるけど、この規模の炎じゃすぐ蒸発しちゃう。風の操作も、炎を助長させるでしょ』

「雷も、炎に対抗できるものではないし大規模なものは爆発を起こしてしまうかもしれない、か。もしかしたら、東堂さんの個性を知った上で、一番個性の使いづらいここに飛ばしたのか?」

『わかんないけど、そうかもしれない。敵の攻撃をしのぐことはできるけど、一網打尽にできないからなかなかここを抜け出せないっ』


ぎりりと唇を噛む梓は『熱いのにごめんね』と悔しそうで。
「何をコソコソ喋ってんだァ!」と武器を振りかざしてきた男の攻撃を頭を下げて避け、下から刀の峰でアッパーを食らわしながら、


『個性使いこなせてないせいで、できることが少なくて…』

「えぇー…東堂さん、俺十分助けられてるし、驚いたよ」

『えっ?』


ばこん、と回し蹴りで敵を倒しながら尾白は梓の手を掴んだ。


「でも、確かにしんどくなってきたし、息もしづらい。一旦逃げよう」

『うん、でも、どうやって、』

「東堂さん、俺の合図で周りに風を起こしてくれ。炎を大きくしよう!」

『えっ、は?』

「信じて、3、2、1!!」


尾白に真剣な目で見下ろされ、
言われるがままに自分を中心に、体の周りの風をぶわっと円状に起こした梓は一気に周りの炎がうねり始めたことに青ざめた。

周りの空気の流れも影響して炎の渦が出来上がっていく。


『うわっ、やば』

「東堂さんこっち!!」


慌てる梓をよそに、尾白は想定内のようでぐいっと彼に体を引き寄せられ、一瞬の内に横抱きにされる。


『わぁ!?』

「舌噛むから、黙ってて!」


瞬間、強靭な尾で地面をダァン!と叩いた尾白は炎の渦を追い風に、ヴィランの頭上を軽々越えるジャンプ力で背炎の陣から脱した。


「待てェ!!」

『わわわ尾白くん追いかけてきそう!』

「大丈夫、渦が、!」


尾白の言葉通り、自分達が炎から抜け出した瞬間に炎の大渦が完成し、敵の足止めをする。


『すご!?なにあの炎の渦!』

「ははっ、君のおかげだけど」


その隙に2人は火災ゾーンから一気に抜け出した。







炎ゾーンから命からがら逃げ出した尾白は梓を地面に下ろすと、はぁ〜と大きなため息とともに腰を下ろした。


『お、尾白くんすご。さっきの炎の竜巻なに?』

「火災旋風だよ。前に身体能力テストした時にさ、東堂さんの風って少し渦を巻いていたなーと思って。もしかしたら火災旋風できるんじゃないかと思ったらできた」

『あれ私か!』

「そう、あれを追い風に、俺が尾で跳躍して逃げたんだ。ヒットエンドランじゃないと、あの地形であの数を相手にできないから」


強引に引っ張ってごめん。
と謝れば、梓はいやいやありがとうと、笑みを浮かべながら刀を仕舞った。


『私たちはなんとかなったけど、他に飛ばされたみんなは大丈夫かなぁ』

「わからない。とりあえずセントラル広場に行こう」

『そだね。尾白くんまだ動ける?』

「全然動けるよ。走る?」

『うん、そっちが水難ゾーンみたいだから、水辺沿いに広場まで向かいたい!』

「そっか、東堂さんは触れている水は操作できるんだったね。キャパとかあるの?」

『さぁ、限界までいったことないからわかんない』


尾白と梓、意外と息のあった武闘家と剣術家は軽快な足取りで激戦のセントラル広場へ向かった。

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