中継を見ていた生徒たちは騒ついていた。
「緑谷、どうしたの…?なんか黒いのが、うわ、広がった!」
「物間は、避けたか…!何あれ、新しい力?」
耳郎と上鳴は戸惑ったように目を見合わせる。
急速に成長する彼の新しい力だろうか、咄嗟にそう思うが、画面の中で梓が間一髪で心操を助けたのを見て、ああ違う、と悟った。
「訓練に真面目なあいつが敵チームの心操を助けたってこたァ、」
「梓ちゃんは異常事態って思ってるってことだ!緑谷くん、コントロールきいてないよ、多分!」
同じように悟った瀬呂と葉隠の言葉にB組の面々も騒つく。
全員が食い入るように画面を見つめていた。
心操と少し言葉を交わした後、嵐を纏って黒い鞭を避けながら緑谷に接近し、2人が言葉を交わす。
必死の形相の緑谷に対し、梓は眉を寄せ大きな声を出していたが、
彼女の口角が、好戦的に上がったのを見て、
切島「よっし、くるぞ!!」
耳郎「いけ、梓!!」
常闇「やはり、修羅の道を。この異常時でも微笑むか、東堂…!」
葉隠「梓ちゃん頑張れ!!どうにか緑谷くんを鎮めて!!」
A組が沸き立ったのを見て、B組の面々は思わず息をのんだ。
A組の面々も今フィールドで何が起こっているかわかっていないはずなのに、画面にちらりと映った梓の表情に無条件で信頼を置いていて。
なんだこの現象は。
そもそも、何故彼女はあの状況で笑えるんだ。
あの笑みは、自信から湧くものなのか。
思わず骨抜は隣の轟に「あの子、なんで笑ったの」と聞けば、轟は視線こそ梓から離さないものの、少しだけ誇らしげに笑みを浮かべて、
「さあな。でと、あの顔をした東堂に、みんな救われて、引っ張られてきたからな」
「……」
「ほら、見ろよ」
促され画面に視線を戻せば、梓が空中で大きな雷撃を落としているところだった。
その蒼い光は目をチカチカとさせ、暴風が定点カメラをグラグラと揺らす。
円場「東堂ちゃんの破壊力…ヤバ」
回原「緑谷、あれ完全にコントロール失ってるよな!?東堂に黒い鞭が集まってんぞ!仲間割れか!?」
戸惑う回原たちに轟は「集まってんじゃねえ。あいつが集めたんだよ」と呟く。
彼もまた、情報不足の中ではあるが梓の意志を汲み取っていた。
「は!?何のために…、」
「緑谷に何が起こってるかはわからねえ。だが、現状、アイツの個性が暴走して敵味方関係なく危害を加えてんのは事実だ。そして、東堂の行動はいつも一貫して、守護の為」
「なに、どういうこと…」
戸惑う拳藤。ほかのB組の面々も同じように戸惑っているようで、見兼ねた八百万は轟の言葉のあとを紡いだ。
「つまり、梓さんは…周りに危害を加えるあの黒い物体の敵となるため、緑谷さん自身に攻撃したのだと思いますわ。一言二言会話を交わしたことで、緑谷さん自身にコントロールの意志がないことに気づいたのでしょう」
「圧倒的な力を見せつけて敵になりゃあ、全ての黒い鞭が自分に向くかもしれねえ、って考えたんだろうよ」
「つまり、囮って訳だ。そうすれば、緑谷がコントロールするまで東堂が時間を稼げるし、もしコントロール出来なくても次の手をうつまでに他のやつに黒い鞭が牙を向くことはないからねェ。ここで冷静に見てっから、そこまで分析できるけどさァ…あの場でそれができるって、ほんとあいつ戦闘脳だよなー…」
俺、あいつがいつか死ぬんじゃないかって怖くなってきた。と顔を青ざめさせる瀬呂に隣の尾白も冷や汗を流しながら強く頷く。
骨抜を始めとするB組の面々も、顔を引きつらせていた。
とんでもない量の黒い鞭を空中で避け切りながら破壊力抜群の攻撃を繰り出す彼女の戦闘スキルの高さと、
その行動に出た思考回路に、
畏怖を感じていた。
「……ちょっと、舐めてた。あの子の戦闘力が爆豪・轟と張るとは聞いてたけど…いやはや、あの子の強さってそこだけじゃないね…。あの一瞬で…!自分が的になるって考えられる…!?」
「つーか…、カッコ良すぎるでしょ、何あの子。どんな人生送ってきたの…!?」
骨抜と取蔭を始めとするB組の驚愕の声に、最初こそA組はドヤ顔をしていたが、戦況は少しずつ梓に不利な状況になっていた。
見守る彼らの手にも力が入る。
少しずつ、梓は黒い鞭に押し込まれていた。
ー
直接刀を交わらせた梓は気づき始めていた。
この黒い鞭の異質さ、ワン・フォー・オールの暴走の訳を、鍔迫り合いの末、肌で感じ取り始めていた。
ワン・フォー・オールは、紡がれてきた個性だと聞いた。
その過程に、同じ意志を持ってきたであろう歴代保持者がいるという。
もしかして、この黒い鞭は、その歴代保持者の個性なのではないか。
(オールマイト先生ではない、別の人の個性が…ワン・フォー・オールの中に眠っていた、とか…!?)
確証もないただの勘ではあるが、直接戦っているからこそその個性の違和感を感じ取れてしまう。
ーガギィンッ!!
横からブォンッと襲ってくる黒い鞭をいなし、次々襲ってくる其れを弾こうと刀に嵐を纏わせ斬撃を食らわせる。
と、その時だった。
大規模攻撃の連発で彼女の握力が緩んだ。
『っ…しまった!』
黒い鞭を弾こうと振り下ろした刀は、逆に弾かれ遠くに飛ばされる。
ーキィンッ!!
白刃が飛んでいくのを思わず視線で追ってしまう、その一瞬の隙を黒い鞭は逃さなかった。
ぐわりと大きく波打つと、梓を捉えてタンクに向かってぶん投げる。
ードガァッン!!
『ぐあッ!!』
その勢い凄まじく、左腕が折れた。
「梓ちゃん!!」
麗日の悲鳴が木霊し、彼女が緑谷に抱きついて動きを止めようとしてくれているのが見える。
梓は痛みを堪えつつ立て続けにくる攻撃を瞬足で避けた。
(くっそ…、左腕イッたな!ミスった…!できればいずっくんのコントロール力を引き出したかったけど…、これじゃ無理だ。私じゃとめらんない!)
次々と襲う黒い鞭を避けながら大きな声で叫ぶ。
『お茶子ちゃ…ごめっ、片腕じゃ止めらんないわ、あれ!!』
「〜っ、わかった!心操くん!!洗脳を!!デクくんを、止めてあげて!!」
『心操!!あとは頼んだ!!』
名を呼ばれ、心操はグッと手に力を込めた。
梓が黒い鞭を一手に引き受けて、地上から戦いを見守っていた彼は、彼女がせんとしていることを汲み取っていた。
そして、第二段階作戦に自分が組み込まれているであろうことも。
不思議と、先ほどまで感じていた戸惑いと恐怖は忘れていた。
それどころか、奮い立つ想いを感じていて。
慕う少女に、主人に、頼むと言われて、
舞い上がらない訳がない。彼女に頼りにされたい、と、ずっと思っていたが、いざ頼りにされるとこうも奮い立つものなのか。
心操は緑谷に声が届くところまで捕縛布で移動すると、叫んだ。
「緑谷ァ!!」
相手は、体育祭で負けた緑谷出久。
梓と出会うキッカケとなる戦いをした相手。
彼と戦い、梓との特訓の成果を見せたいとずっと思っていた。原点に返る気持ちで、ワクワクしていたのだ。
彼に届くように声を張り上げる。
「俺と、戦おうぜ!」
「〜〜っ、んんう゛おおお!応ッ!!」
答えた瞬間、ビタッと黒い鞭が止まった。
突然止まった攻撃の手に梓はやっと戦闘態勢を解くと、ドサァッと配管の上に勢いよく倒れこんだ。
『はぁ〜…!!キッツ!連発したの、治崎戦ぶり…なんだけど…!ゲホッ』
っていうか左腕痛ぁ!?
と叫ぶ梓のそばに、ぽかんとしている緑谷をふわりと浮かした状態で麗日が着地する。
黒い鞭はすでに彼の中に引っ込んでいた。
「大丈夫!?ビンタ痛くなかった!?」
「麗日さ…離れて、危ないよ!!」
「心操くんの洗脳でおさまった。何ともない?」
「…麗日さん、傷がっ!ああ、何てことを…、あ、そういえば、梓ちゃん!!」
『はぁーい…、ごめんいずっくん、できればお力添えしたかったんだけど』
振り向けば、傷だらけでしんどそうに左腕を抑える幼馴染の少女がいて、緑谷は息をのんだ。
麗日も心配そうに眉を下げており、
「梓ちゃん、腕…」
『あー…イッた。でも、折ったの左だから、まだ戦えるよ。あんまり無理できないけどねぇ』
肩をすくめ、ホルスターから三角巾を取り出し手早く腕を固定する少女は流石に怪我に慣れていて、
『大丈夫』と笑うが、緑谷の目からは涙が溢れそうだった。
「梓ちゃん〜…!ごめん!!僕が、」
『いや、最初っから心操に頼れば怪我なんてしなくて済んだんだけど…私がね、できればあの力をコントロールしてほしいって思っちゃって、ごめん、いずっくんの気持ち無視した』
「いや、僕が悪いよ…、あの梓ちゃん、ごめん!!えっと、さっきね、いろいろあって…あとでまた話さなきゃ、」
『え、なにが?』
梓ちゃん刀落ちとったよ。と持ってきてくれた麗日から刀を受け取りながら、しどろもどろの緑谷に首を傾げて柔らかく笑う。
『いずっくん、慌てすぎ。よーし、いろいろあったけど…中断の合図出てないし、続きやるか』
「あっ、確かに。まだ続行していいんやね」
『んー、心操のこともあるし、できれば続けたかったし、よし立て直そ』
なぜ今心操くん?と頭にハテナを浮かべる麗日だっが、
次の瞬間、その緩い目が鋭くなり白刃がガギィンッ!!と何かを弾いた。
「え!?まだ終わってないんだけど!!」
梓が弾いたのは物間から飛んできた大きなナットだった。
彼は勢いよく特攻すると気を抜いていた緑谷に触れ、立て続けに梓に鉄の塊をぶつけようとする。
「主軸が片腕とは好都合!だね!」
『おおっと、』
ーガギィンッ!
立て続けに襲ってくる巨大なナットやボルトを避けたり刀でギィンッ!といなし、
『片腕だからって、』
飛んでくる鉄の塊の間をスルリと抜け、
刹那、
物間の眼前まで迫ると逆刃に持ち帰え峰を打ち込もうとする、が、
ーガギィンッ!
「片腕だからって…、アンタの剣筋は衰える筈もないよな…!!」
物間と梓の間に割り込んだ心操の脇差によって、梓の打刀は受け止められた。
真剣同士がぶつかり合った甲高い音に物間ですらハッと息をのむ。
(くると思った!!)
一気にギラついた梓の目に心操も応えるように刀を構え、息を吸う。
「梓、敬意を払って…左腕、狙わせてもらう!!」
いいねぇ、武者震いするよ!!
洗脳を警戒して声には出さないが、梓の目は嬉しそうに輝いていた。
そして、彼女の剣戟が、疾風の如く心操に襲いかかった。
それを画面で観戦していたA組B組のクラスメイトたちは沸き立っていた。
「左腕ヤってんのに物間の奇襲に対する反応早いな…!」
「凄い、個性使わずにあの身のこなし…物間、避けろ…って、ああ!」
「「「心操!?」」」
物間に梓の刃が迫る寸前、まさかまさかの心操に彼女が止められた。
彼が持つ脇差ももちろん真剣で、激しい鍔迫り合いが始まる。
その姿に、A組の面々も口をぽかんと開けていた。
「凄いわ…心操くん、梓ちゃんの剣戟を止めるなんて」
「え…あいつ何者!?」
物間が緑谷と麗日に向かう間、ガキィンッと心操と梓の一騎討ちが続けられる。
片腕ながらにとんでもない手数を打ち込む少女に防戦一方の心操ではあったが、
「刀で防戦してんのが、凄いのよ…」
感嘆した瀬呂の言葉に尾白も頷く。
「あの滑らかな剣術と柔らかい身のこなし…、型は荒いけど、まるで東堂さんと同じ戦い方だよな」
「俺、剣道詳しくねェけど、同じ流派なのか?」
砂藤の問いに切島はぐるぐると梓との会話を思い出し、いや、と首を横に振って否定した。
確か彼女は、「我流って言ってたからそれはねーわ」と言って、ますます周りが混乱する。
その時、舌打ちと共に苛立ちを表に出した爆豪が吐き捨てた。
「当然だろ、あんくらいやれねーで…門下名乗れるか」
「「「は?」」」
「あの野郎、梓ん家の…門下生だっつってんだよ」
「「「はぁーっ!?!?」」」
A組の絶叫が響いた。
尾白「心操のやつ、東堂一族の門下生なの!?」
切島「あの東堂一族の!?」
上鳴「イかれた戦闘集団の!?いつから!?」
爆豪「るせェよ!!体育祭の次の日からだわ!俺もさっき知ったわ!耳元で叫ぶなアホ面が!!」
葉隠「っていうか、門下生って何ぃ!?」
八百万「東堂一族の守護精神や戦闘術を学ぶ為、入門したれっきとした派閥の一員ということでしょう…、つまり、形上、梓さんの弟子ということになりますわ」
驚きはあるものの、不思議と皆納得していた。
第1戦目から心操の体の使い方に既視感を覚えていたが、なんてことはない。梓である。
彼女の動きと被って見えていただけなのだろう。
まさか彼が、4月当初からA組の話題に上がる率の高いあのイかれた一族の門下生だとは思わなかったが、
今日感じた全ての違和感に説明がついた。
「心操が参加するってなった時に…梓がああも、喜んだのって…、そりゃ喜ぶよね。体育祭の次の日から今日の、この日を待ちわびて特訓してたんだもん」
「想いの乗った言葉でしたもの。お二人にしかわからない感情がありましたのね」
納得したように画面を見る耳郎の肩に八百万が優しく手を置く。
画面では未だ真剣による一進一退の攻防が続いていた。
「ははっ、梓笑ってる。個性も使わないで剣術勝負してる。まるで、」
「ワザと剣術に持ち込んで心操の凄さをアピールしてるみたいだな!なに、当主心ってやつ?」
「へー、上鳴にもわかるんだ」
「俺のことなんだと思ってんだよ。意外と見てんだぜ?俺。ほら、梓ちゃんも笑ってるけど心操も…口角が上がって目がギラついてる」
「「門下に入ったら目まで似るのか」」
思わず吹き出した瀬呂と尾白。
まさかクラスメート達に似ている部分を見つけられ笑われているとは思っていないだろう梓は、
心操の脇差を勢いよく弾き一気に距離を詰め峰を叩き込もうとした時に横からポルターガイストに邪魔をされ大きく舌打ちをしていた。
(心操くん、君凄いね!?)
(…っ、片腕なのに防戦一方になった、ごめん!)
(いいや、彼女がまだあれだけ動けるってことがわかっただけで十分だよ)
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