「…わらっちまうよな」
「…?別に、何も、面白くないわ」
「面白くて笑いたいんじゃないんだ…可笑しくて笑っちゃうんだよ」
そう自分は言い、目の前の少女の髪を撫でた。
さらさらしていて、とても繊細。それはきらきら光っていて…。きょとんとした顔で見上げてくる愛らしい瞳。
まるで天使。いや、確かに天使だった。
「…よくわからないけど、どうして貴方はわたしを呼んだの?」
「とりあえず、謝っておこうと思ってな。だって、天使じゃなかったろ。俺は男なのに、沢山の人の力でお前と戦って…本当に悪かった。…言葉にすると本当に悪役みたいだな」
そう冗談混じりに笑えば、かなでは小さく頷き小さな口を開いた。
「別に気にしてないわ。確かに少し嫌なことも沢山あったけど、わたしは…嫌いじゃなかったわ。そんな生活が」
「…」
「だから、泣かないで」
初めて気付いた。自分の頬を濡らす、透明な雫に。
…なんだよ、それ。
泣いていいのは目の前の少女なんじゃないのか。
どうして自分が泣いているんだ。
…それこそ可笑しくて、笑ってしまいそうだ。
でも溢れるのは笑みじゃなくて涙ばかりで、ああいい年をした男なのに情けないなとか思っていた。
「でもっ…許せないんだ…!なんで…どうしてっ…神は理不尽だ…こうして過去は俺を責める。いや、責めているのは自分自身だ。わかってる…わかってるんだ…けど!俺は神に復讐するんだ。天の使いなんて初めからいなかった。それでも…戦い続ける…」
酷い有り様だった。
此処は死後の世界。そこになくてもいいような、暗闇夜を照らす満月が浮かび、校舎の屋上では男が膝を折って泣いている。そして、ただの少女に復讐を誓っているのだ。誓う必要なんてなかったけれど、わかっていたけど。
自分の落とす影に潜んでいるのは、いつも妹だった。
「…戦いは、いつも何かを奪っていくだけで生まれるものはないわ。だから、貴方が今出来ることは、妹達を忘れないこと…だと思う」
ほら、貴方はわかっている。
そう言って俺の頭を指差した。いや、正確には頭に身に付けているカチューシャリボンを指差した。
「そうやって、忘れないように」
いつも妹と一緒だった。戦線の仲間とバカやっている時も、天使…じゃなかったが、天使と戦っているとき。男だけど、リボンの付いたこれをわざわざしているのにも、意味がないわけじゃない。
…妹にあげる筈だったのだ。
あの日のすぐ後には二番目の妹の誕生日で、これをあげる筈だった。
それは叶わなかったけど。
「なんで…知ってんの?やっぱりあんたは天使なんじゃないのか?」
「わたしは天使なんかじゃない」
「ははっ…だよな」
苦しい笑いだった。どうしようもない脱力感が渦巻き、何だか重いものを抱えている気分だ。
すごく重たい。
「…ここから飛び降りたら軽くなるのかな」
ああ、視界がどんどんぼやけていく。柵の上に立って、両手を広げてバランスを取る。でも、落ちることは怖くないから。星空を眺める余裕まであった。
「…保証はないけど…何か、変わるかもしれない」
「あは…どうせまた目を覚ます。気持ちが変わることなんてあるのかな」
「…どうかしら」
彼女は曖昧に答えた。そりゃそうだ、断言なんて出来ない。自分次第…なんだから。
ほら、こんなにも夜空は綺麗だ。
この暗闇を、飛んでいけたら。
星に見送られて飛んでいけたら。月に照らされて落ちていけたら。
「止めようとはしないんだな」
「…だって、貴方はまた目を覚ますわ…それにわたしに貴方を止められる力もない」
ふわり、浮遊感。
あ、俺、かなでに背中を押されたんだ。
長い、空中滞在時間。
くるりと振り返って空を見上げると、そこには確かに天使がいた。
温かい翼があって、ふわふわしていて、俺を包み込む。
俺を見つめるその瞳はとても穏やかな表情をしていた。
かなでは俺に追い付くと、腕を伸ばし、しっかりと抱きついた。自分よりも幾分か小さな身長に可愛らしさを感じながら、自分もかなでを抱いた。
ああ、この安心感は言葉で形容出来ない。
地面が迫ってくる中で、かなではいつものような調子で言った。
「おやすみなさい」
がつん、頭が熱い。ぬるぬるする。
…即死じゃないなんて、自分でも驚いた。あ、もう死んでるからこういうのは…何て言うんだ?
…まぁどうせ、もう意識も無くなるけど。
かなでは隣にいて、赤いベッドの中に眠ってた。それはとても優しげな表情で、妙に神々しかった。
…次目が覚めたら、こんな気持ちも吹き飛んで、かなでと笑いあえるだろうか。…戦いにも少しぐらい休みがあってもいいだろう。
そういえば、まだ言っていない言葉があった。
起きたら、もう一度伝えよう。
「ありがとう」
100623
ぴえろ様に提出させていただきました!
なんか…だらだら続いてすみません。♂ゆりの口調がアレなもので…安定せず申し訳ないです。
♂ゆりかな流行らないかな…えへへ…流行らせたいな←
鳥夜って聞くと、やっぱり月に照らされていく天使ちゃんが浮かびました。羽補正アリで。
敢えて解説すれば…本当に翼はないけど、きっと鳥のように軽く空を飛べたんじゃないかなって感じの雰囲気話です。重たいものを一緒に持ってあげる天使ちゃんマジ天使。