「河野さん」
「あら、井浦くん。どうしたの、忘れ物でもした?」
「…まぁ、そんなとこ」


小さな違和感を覚えた。生徒会で教室の戸締まり確認をしてまわっていると、教室に残っている1人の男子生徒。井浦秀。彼はいつも堀さんや宮村くん、賑やかな友人達の中心となり囲まれ、笑っている明るい太陽みたいな印象を持っていた。が。

今は花が萎れたみたいに大人しくて、何だか繊細な雰囲気をまとっていた。


「そう。あ、窓の鍵を確認してもらえる?」
「うん、オッケー」


小さくピースをして、窓の方へ歩み寄り、確認し終えるとOKのサインを送ってくる。それに応えるように私は微笑んだ。


「さて、そろそろ帰らなくちゃね。井浦くんももう出なきゃ、昇降口閉まっちゃうわよー」
「うん。あ、河野さん」
「?」
「一緒に帰ろうよ」
「うん、いいよ。じゃあ私、鞄とってくるから下で待っててもらえる?」
「わかった」


にこりと彼は笑い、教室から出ていった。


井浦くんと二人で帰るのは何度目だろう。
時々、こうして偶然会うと一緒に帰ろうと誘われるのだった。


私なんかと帰って、楽しいのかな。


ふと不安が私の胸を静かによぎった。


「お待たせ」

私がそう言うと彼はにっこりと歯を見せて笑い、歩き始めた。
ペースは丁度良い。少しゆっくりとした、散歩道を歩くような足取りで心地が良い。
会話は他愛のない話ばかりだった。最近人気のアーティストの新譜がどうのこうのだったり、堀さん達の話だったり。
彼が中心となり話すので、私は頷いたり時々自分の意見を言ったり、とても話しやすい。楽だった。レミ達ともこんなかんじだし、少し近いものを感じる。(レミの場合はパワフルすぎて疲れてしまうけど)

初めて帰ったときはこんなにスムーズに会話が出来るとは思わなかった。


「河野さんは、桜好きなの?名前、桜だよね」
「そうねー………。好き…かな。…井浦くんは?」
「俺ー?俺は、好きだよ!桜!」
「…っ。そっか、綺麗…だよね」

何故か胸が晴れた。ドキドキしていた。別に、私のことが好きと言われたわけではないのに。
…わかっているけれど。

「あれ、井浦?」
「おー、渋谷!偶然!」

どうやら友達のようだった。私は顔を見られたくなくて、背を向けていた。誤解されたら、どうしよう。きっと井浦くんは迷惑だ。


「あれ?彼女いたっけ…って河野さん…?」
「何いってんだよー俺はー彼女いないって!河野さんは、違うよ」

そうだ。
私は井浦くんの彼女じゃない。
そのまま真実だ。ほら、彼だって迷惑だろう。


「あ…たまたま、会っただけ…だから。またね、井浦くん」
「えっ河野さ…」


気付けば走り出していた。彼は私に何か呼びかけていたけど、兎に角逃げたくて逃げたくて。何から逃げているのかもわからなくなる位に、息を切らして走っていた。


(家と真逆の方来ちゃった)


落ち着いた頃にはもう、とっくに井浦くん達のいた場所とかけ離れていた。


「私、何しているんだろう」


道の中ひとり呟いてみた。勿論、誰も答える人はいない。答えを求めて呟いたわけでもないが。



レミが聞いたらきっと驚いて、怒るかもしれない。
レミはいつだって真っ直ぐだから。


「何で逃げたの?ショックを受けたの?桜、私、人の事言えないけど…バカだよ」


頭の中の親友が言う。


「傷ついたのは―」



井浦くんが、好きだから。

「河野さんっ…」
「井浦…くん」

優しい緑は、いつものように笑顔だった。
その笑顔に私は安心すると、言葉をつないだ。


「あのっ…私、ごめんなさい」
「いや…その、平気だけど。えーと…何かあった?」

普段元気な彼でも困っていた。無理ない。だって私が勝手に傷付いて逃げたんだから、彼は悪くない。


「ううん。…とても突然な話だけど、私…井浦くんが好きなの」


それはもう驚いたと目が大きく見開かれ、しかしすぐにへにゃりと目を細め、言った。


「あー先に言われちゃったー」
「…?」
「好きじゃなかったらこんなに帰ろうなんて言わないし」

そう言うとこっちまで歩み寄ってきた。耳まで真っ赤になっていた。あぁ、きっと自分の顔も真っ赤なんだろうなぁ。


「好きです、」



そしてお互いの唇が触れ合うのがわかった。私の眼鏡が彼の鼻に当たりこつんと音がした。






100607

フリリクで井浦×桜をいただいたので書かせていただきました!いや。本当にこっそり好きだったのでリクエスト来なくてもいつか書いていたと思いますが。
井浦の口調がめちゃくちゃな気がしますが、まぁ…そこは愛で。

うちの桜は自己嫌悪が特技なようです。


すれ違い…なの?みたいなかんじになってしまい申し訳ないですあわわわ…
リクエストをくれた方、ありがとうございました!



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