※来神


ジリジリとアブラゼミの鳴く声と、じわりと滲む汗。高い空にはこれでもかというほどに熱い太陽が浮かんでいて。
汗がシャツに張り付いてとても気持ちが悪い。

(あぁ、夏だ―)


後ろでかつんという音がする。靴がアスファルトを叩く音。わざとそれを鳴らしながら近付いてくる音の主―…ああ、イラつく。


「シズちゃん」

「…なんだよ、失せろ」


振り返るとやはりそこには胡散臭い笑顔を浮かべている男がいた。


「ひどいなぁ、何もしてないのに失せろだなんて」


肩を竦めながら仕方ないとでも言いたげに此方を見上げてくる。


「…"まだ"何もしてないの間違いだろ」
「"今日は"何もしてないの間違いだよ」
「…」
「"今日は"何もしないよ」


あーうぜぇ。何もしないとか言ってもこの胡散臭い男は信じられない。見ているだけでイライラしてくる。これ以上ここにいるのは穏やかではないと判断し、立ち去ろうとしたときだった。


「うち、近いんだよねぇ」

「…」

「来ない?」
「誰が」
「シズちゃんが、折原家に」
「死ね」
「死ねはさすがに傷付くなぁ」


先程と似たような展開になり、歩みを止める。あーうぜぇうぜえうぜえうぜえ!なんなんだ、コイツは。微塵も傷付いてなどいないくせに、


俺が胸の内で不満を今にも爆発させそうになっていることも知らず(否、知っているのかもしれない)横を並行して歩いてくる。この男が憎たらしい。今すぐ殴りたい。
だが、今は都合の悪いことに右腕は骨折しており(あと2、3日で治るだろうけど)とても左手を使ってまで殴る気にならなかった。

「鞄、持ちにくそうだねぇ」
「うるせぇ。来んな」


俺はそう言い捨てると、足を早めた。
すると臨也は少し考える素振りをして、言った。


「駅前のさぁ…なんていったかな…ほら、よくテレビに出てるじゃない。行列のできるケーキ屋」

「…」


思わず、歩みを止める。
静かに振り返るとまるで待ってましたと言わんばかりのいやらしい笑顔の臨也が立っていた。



「そこのプリンがうちに3つあるんだよね」
「…」
「1つは…まぁ、食べるよねぇ。ああでも俺、あんまり甘いもの好きじゃないんだよなぁ…」

わざとらしくアクションをつけて一人言にしては大きすぎるそれを道の真ん中で話し始める。

本当によくもまぁ聞いてもいない話をぺらぺらと話すものだ。


など、心の中で悪態を吐きながらも話を真剣に聞いてしまっている自分がいることは否定出来なかった。


「あと2つは…そうだね、誰かに振る舞おうか。1つはお土産に渡してもいい。あぁ、誰を呼ぼうかな。新羅とかかなやっぱり」

「…っ!」


新羅という名前が出てきた瞬間、思わず声をあげそうになってしまった。いや、少し出ていたかもしれない。


「シズちゃんは家に来たくないみたいだしねぇ」


ちらりとも此方を見ない奴がなんだか無性に腹立たしい。普段なら、見られるのは遠慮したいところだが。

「…ぁ、」

「ん?なぁにシズちゃん、大嫌いで死んでほしい俺に何か用?」


くそ、コイツはわかっていてこの態度をとっているのだ。あぁ本当に腹立たしい。
大きな舌打ちをすると、わかったわかったと肩を竦めながら言った。


「改めて問おう。シズちゃん、うちに来ない?」


黙ってゆっくりと頷くと、元々弧を描いていた口元が更に深く弧を描き、なんだか満足そうな様子だった。






「その辺に座っていなよ。ちょっと制服着替えてくるからさ」
「…あぁ」

臨也は、普通に客を迎えるようにソファーに座らせた。なんだか、違和感を感じて仕方なかった。普段、敵対しているのだ…周りから見たらそれは不可思議な光景だろう。自分でもよくわからなかった。


(やっぱり何か企んでいるのか?)


家の中は広かった。小綺麗で大きな外見に反せず、洋風でなかなか日当たりもいい。

家族は今はいないようだ。

部屋は広いのに、自分しかいないからなんだかがらんとしている。それが少し寂しくて、光の入ってくる窓へ視線を向け、思わず笑ってしまった。


「悪かったね、こんな部屋に風鈴があって」

「!」

いつの間に戻ってきていたらしく、冷蔵庫を少しだけ屈んで覗き込む臨也の姿があった。

妹たちが親と旅行に行って買ってきたんだ、と言葉を続けた。


「別に…いいじゃねぇか」

そう言って臨也を見ると、くすりと普通の高校生みたいな無邪気な笑い方をしていた。なんだか、違和感を感じて調子が狂う。そうかなと笑った奴は上機嫌そうに尋ねてきた。


「シズちゃん何か飲む?」
「…麦茶とかで、いい」
「紅茶とかコーヒーを選ばないで麦茶、か。シズちゃんらしいや」
「うるせぇ、殴るぞ」
「そんな腕してるくせに」

(どうせお前が裏で手を回しているんだろう)

そう思うと無性に腹が立ったが、目の前にことんと麦茶を置かれてしまえば、殴ることもかなわない。


「どうぞ」



からんと中の氷が音をたてた。
そっと口をつければ、ひんやりした液体が喉を通り気持ち良い。


「…うめぇ」




「シズちゃん、プリン食べさせてあげようか」

「…死ね」


俺は左手で臨也の手からスプーンを奪ってやった。






100905

ごめん。麦茶の話がプリンの話になった。無駄に長いし。
これはあれだなあ…
臨→静→プリンだな…笑
しかしこの臨也ドSだなあ…


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